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10.本当の名前

 その後、リヒトは少女の名前を聞きそびれた事を深く深く後悔した。

 もう一度あの村に行っても少女には会えなかった。村の人の話で両親を亡くしてどこかの家に引き取られたと聞いた。しかし村の人もその家の名前までは覚えていなかった。


「どんなに探しても見つからないから本物の天女じゃないかと思った」


その後の苦労を思い出すと、リヒトは深いため息をついてしまう。しかしその苦労のおかげでようやく彼女を手に入れる事が出来たのだ。

 今となってはいい思い出と言えるだろう。


 その時。静かに執務室の扉が開いた。


「旦那様戻りました」


そこにはあまねの姿があった。


「あまね、旦那様に報告しなさい」

『はい。奥様……式町つむぎ様のことを報告します』


つむぎという名前に、リヒトも瀬戸も目を丸くした。

 あまねは報告し始めた。


 術師には二つの派閥がある。

 金城家のようにあやかしと共存を望む派閥と、そして人間のみの血筋こそ至高と考える保守派閥。しかし長い時の中で保守派閥は次第に力を弱めていった。そうして保守派閥は数を減らし、今となっては片手で数えるほどしかない。

 その一つが式町家である。

 つむぎの母親は式町家の一人だった。しかし彼女は術師の才がなく、駆け落ちするように家を出ていた。そうして産まれたのがつむぎだった。つむぎは幼い頃はリヒトと出会った村で慎ましく幸せに暮らしていた。

 しかし、突然両親が亡くなってしまう。

 そして何の因果かつむぎには術師の才があった。

 術師としての力が弱まった式町家にとって、つむぎは捨てるには惜しい存在だった。しかし彼らは純血を重んじる一族。式町家の人間が産んだ娘とはいえ駆け落ちした相手が何者かも分からない状況ではつむぎは受け入れ難い存在でもあった。

 それゆえ、つむぎは不当な扱いを受けていた。それはまるで使用人のような。いや。奴隷のような扱いだった。特に姉である式町きよのつむぎへの扱いは酷いものだった。

 使用人のようにこき使い、そうして八つ当たりの対象として扱ってきた。

 まともな食事は与えられず、術師としての教育も施さない。つむぎは式町家でそのような扱いを受けてきたのだった。

 そうしてようやくつむぎを見つけたリヒトの婚姻の申し出に、義父が飛びついた。これは好機とみた義父はつむぎではなくきよを嫁がせようとしたのだ。だがそんな義父の目論見もきよによって打ち砕かれる。

 純血主義のきよはリヒトとの婚姻を厭い、つむぎを身代わりにしたのだ。

 全ての罪をつむぎに着せて。

 

 そこまでの話を聞いて、リヒトは深いため息をついた。


「そうか」

「式町家も落ちぶれたものですね」


瀬戸も思わずため息が出る。しかし、リヒトは怒りに満ち満ちていた。


「俺の妻にそんな事をねえ」


滲み出る殺意に、瀬戸はまたため息をついた。


「自重してください、旦那様」


リヒトは嫌そうに顔を歪めた。美しい人が顔を歪めると、それはそれで絵になるものである。だが、それと同時に迫力も凄まじい。

 瀬戸は怯む事なくはっきりと忠告した。


「この事を知ったら貴方の奥様が喜ぶと思いますか?きっと怖がられるだけですよ」


そう釘を刺されてはリヒトはもう何も言えない。しかし、いつか必ず報復してやろうと、虎視眈々と策を練るのだった。


「仕方ない。今は少し様子を見る事にする」

「それが良いかと。式町家の動向も気になりますし」

「はあ……。俺の妻から早く本当の名前を聞きたい」


そうして愛しい彼女の名前を口にしたい。



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