何が起きたか理解できません
悪役令嬢にされるキャラが実は全然別のキャラが好きだったらなと思ったら出来た。
突然だが、私は乙女ゲームの悪役令嬢に転生してました。
「…………」
いや、言っても分からない。というか私が理解できていないのだ。
前世の記憶があると言ったら頭を疑われるだろうから言わないけど、前世いろんな恋愛ゲームを(BL含む)をしてきた立場からすればこの世界はそのやった事のある乙女ゲームのどれかだと思うけど、タイトルも内容も思い出せない。
辛うじて思い出せたのはクラリッサという名前の悪役令嬢が居て、その悪役令嬢と顔も名前も今の私と同じなのだ。
正直詰んだ。
(悪役令嬢と言えば断罪は鉄板だったし、それを回避していけばいいんだろうけど、正直どの作品でどんな事をやらかしていくのか全く分からないんだよね)
前世読んでいた小説で覚えていて断罪されないように動く人たちは記憶チートだったよね。平凡と言っていたけど。
ゲームは現実とたまたま重なっただけで関係ないと最初は思ったけど、王家から第一王子と婚約を打診されたのだ。こちらの意思を尊重するという態だったけど命令だよね。うん。
そんなこっちは逆らえない状況なのに、その婚約者は……。
「あぁぁぁぁ!! ムカつく~!!」
思い切り、剣を振り上げて、訓練用の案山子に一撃を食らわせる。
「おいおい。荒れてるな」
「ショーン」
後ろから声を掛けられて振り向くと訓練用の木剣を持ってこっちに来ている同じくらいの年齢の少年。
騎士団の訓練場。そこには騎士見習いの子供も多くいて、ショーンはその一人だ。素朴な顔立ちの少年で、騎士団長の息子の一人だそうだ。
………それって、定番ネタだと攻略キャラだよね。と思ったのだが、顔立ちは素朴……乙女ゲームのキャラだとしてもモブポジだよねという顔で。ショーンの一つ上の兄はショーンの母親似でキラキラしいイケメンなのだ。
ああ、これは攻略キャラじゃないわね。
と言う事で、安心して傍に居られる。
「また、すとれす発散に来たのか?」
ストレスの発音がおかしいなと思いつつ、
「そうよ」
と答えながら再び案山子に一撃。
「それなら。案山子相手じゃなくて生身相手ではどうですか?」
とショーンは持っている木剣を見せてくる。
「それはいいわね」
にやり。
笑うと同時に剣を打ち合う。
こうやって、第一王子……私と結婚する事が決まった事で王太子になった第一王子の婚約者として転生してすぐに悪役令嬢の気持ちがよく分かった。
自由がないのだ。王太子の婚約者は。
いずれ王妃になるのだからと王妃に必要な知識を教養を身に付ける日々。
常に人に見られて僅かなミスも許されない。
せめて、わずかな時間で好きな事を行おうとすると我儘だとか勝手だと騒がれる。
それでまだ王太子である婚約者との仲が良好なら耐えられたかもしれないが、婚約者は自分に全く興味を持たないし、どちらかと言えば毛嫌いしている。
次期王妃として努力している内容をすべてこちらを馬鹿にしているのかと文句を言い、その努力をすべて否定してくるのだ。
正直自分が今その立場だけど同情する。自分の時間のすべて王太子妃になるために費やし、王妃としての立場を作るための日々。それなのにその努力を全否定。味方はおらず、自分が努力したのにそんな努力とは真逆の女性にすべてを奪われるのだ。
そりゃ、恨んでも仕方ないよね。ましてや、自分で望んでそんな地位を得たわけではないのに努力してそれを蔑ろにされてたら。
ああ、思い出したらますます苛立ってきたと剣を握る手が強くなって、攻撃が鋭くなる。
「すごい切れ味だな。また腕をあげたんじゃねえか」
ショーンの誉め言葉に嬉しくなる。王太子妃の教育は出来て当たり前。ミスしたら鞭で叩かれる日々なので、誰も褒めてくれないのだ。
「それはショーンの教え方がうまかったからよ。武器を持っている相手を怪我させないで教えるなんて難しいのに」
誰かを傷付ける事は誰かを守るよりも簡単だ。ましてや、武器を扱うのならなおさら。
「ショーンが居れば……ううん。ショーン達騎士団が居るからこの国は平和を保たれているわ。いつもありがとう」
剣を交わしながら礼を述べると、
「軍など金食い虫でいらないと言われているのにか」
とどこか試すような声が告げてくる。
軍は金食い虫。平和が続けば続くほどいらないと言われるのだろう。
「何言ってるの。力を見せる事で相手を退けられる。それは居るだけでも価値があるということだと思うけど。使い方を間違えた力は暴力であって、正しい使い方は誰かのためになるからね」
私のこのストレス発散も自衛手段。護身術として学んでいる範疇を超えているのだが、戦い方を知らなかったら使い方も分からないだろうと周りを納得させた。
「武器は使いよう。ってか。初めて会った時もそんな事言っていたな」
「そういえばそうだったね」
攻撃を躱されて、次の攻撃をしようと思っていたクラリッサの剣はショーンの攻撃によって弾き飛ばされる。
「あぁ!! 今日こそ勝てると思ったのにっ!!」
「守るべき存在に負けたら困るだろうが」
悔しくて声をあげるとショーンは楽しげに笑う。
「守ってくれるのね」
「当然だろう」
そんな風に告げてくる様を見て、つい微笑んでしまう。
初めて会った時はひらひらした格好で武器を振るなとか、お化粧や服を着てちやほやされてばかりでこんなところに来るなと言われた。
それでも、何度か一緒に訓練をしていくうちに仲良くなった。
「それにしても、王太子妃の教育ですとれす? というのが溜まっているのにそれでも国のために逃げないよな」
「当然でしょ」
剣を拾ってビシッとショーンの方に向ける。
「私は国を愛しているから国のために尽くす。それぐらいの覚悟はあるわよ」
この国は平和だ。だけど、王太子妃として学んでいるとこの平和は薄氷の上に立っているのが教わっているうちに判った。
まあ、婚約者とうまくいかないこのままだと婚約破棄だろうけど。
(断罪されるようなことはしていないと思うけど……)
正直どうなるか分からない。
王太子は正直ムカつくし、王太子妃などなりたくないが、この国には恩があるし国を愛してる。
「そのための武器だからね。頑張るわ……勉強も……」
ストレス発散になったし、帰るか。
「じゃあ、付き合ってくれてありがとうね。ショーン」
手を振って去る。
「ああ。無茶するな」
とショーンに告げられて、分かってるよと頷いた。
「武器。か……」
武器があれば。もしかしたら……。そんな小さな呟きをショーンが漏らしていた事を私は全く気付いていなかった。
それからも毎日毎日。王太子妃の教育が行われた。
で、私が王太子妃の教育をしている間婚約者である王太子には全く会わずに、会っても舌打ちをされて、目を逸らされる。
王太子の傍には側近らしきイケメンが控えているのが見えたので、ああ、あれが攻略キャラだろうなと思ってどのゲームだろうかと思いだそうとするが、二次元から三次元に変化した事もあって、似通ったカラーリングのキャラがどの作品のキャラなのか全く分からずに、おそらく乙女ゲームの舞台である学園生活が始まった。
で、学園生活は円滑に進んでいるかというと……。
(まただ)
窓の外を見ると数人の男性に囲まれて笑っている少女の姿が見える。その囲っている男性陣は宰相の息子。辺境伯の弟。隣国の留学生。商人の息子。そして、王太子。
そこまで来ると中心にいる少女が乙女ゲームのヒロインだというのはまる分かりだ。
(乙女ゲーム転生は私の妄想かと期待したけど、そうじゃなかったんだな……)
溜息が漏れる。
彼女の名前はミモザ・マーク。男爵の隠し子で今まで平民として暮らしてきたが男爵に引き取られて貴族になったという設定時点で、いかにもな乙女ゲームのヒロインだ。
(どの乙女ゲームか覚えていないけど、逆ハーレムルートもあったのかな)
男性陣に囲まれて揉めないと言う事は。
男性陣に囲まれている少女は可憐であどけなくて、男性の話す声に楽しげに笑っている。そんな様をじっと見ていると、ふと外にいる少女と目があった。
にたっ。
少女が一瞬だけ不気味に笑ったのが目に入った。と思ったらすぐに怯えたように王太子に縋り付く。
王太子が少女を守るように抱き寄せて視線をこちらに……私の方を向けて忌々しいと睨んでくる。
「………そんなに目つき悪いかしら」
「って、思っていないでしょう」
目元をぐいぐいいじっていると突っ込みが入る。
足下に視線を向けるとそこにはショーンと、
「パトリックさま。ハルモニアさま」
第二王子であるパトリックとその婚約者であるハルモニアが現れる。
「あの子もあざといよね。そういうハニートラップに掛かるなと帝王学で学んだはずなのに」
おかしいよねと言いながらも見透かしているような眼差しが向けられる。
「………ほとんどサボっていましたので」
王太子妃の教育は王太子である殿下も一緒に学んでいたはずだが、彼はその時間ほとんどいなかった。たまにいても不貞腐れて聞いていないか眠っているのをずっと傍で見ていた。
そんな王太子の事はすでに陛下達にも報告はしてある。その結果が後の夫になる王太子のフォローをするのが私の役目だろうと学ぶ事が増えてストレスがますます溜まっているというのが現状だ。
「あれは何か企んでいるよね」
パトリックの言葉にハルモニアも頷く。
「そう思うよね。――ショーン」
パトリックの護衛兼側近として傍で控えているショーンにパトリックが声を掛けるとショーンは主君であるパトリックに視線を向けて、躊躇いながら。
「……大丈夫か?」
と確認してくる。
王太子の婚約者である私に直接声を掛ける事が出来ないが、パトリックに促されたという形なら声を掛けられるのは確かだ。だが、この場合。
「ショーン様。お言葉が乱れております」
敬語を使えと言外に伝える。
ここは訓練場ではないのだから。訓練場ならいくらでも言葉が乱れてもいい。言葉がなくてもぶつける剣戟が、相手の攻撃を仕掛ける時の動きが、視線が何よりも雄弁で安心する。
ああ、剣を握りたい。どうして、ここが訓練場じゃないのだろうか。
「すっ、すまな……申し訳ありません」
謝罪を告げる様を見て、ここは公なのでと言葉を濁す。そう、学園の中であって、訓練場ではない。ショーンも私も周りの視線を気にして行動しないと揚げ足を取られる。
パトリックが声を掛けてくれて、そのついでじゃないと言葉も交わせないのだ。
「大丈夫です。気にしていません」
………覚悟をしてきたので大丈夫。と言い聞かせる。
断罪は避けたいので悪い事はしていないし、付け入る隙を与えないように一人にならないように気を付けてきたので大丈夫だと信じたい。
そう。大丈夫だ。
小刻みに震える手を重ねて抑え込んでいるので誰も気づかないだろう。
そう。気づいていないと思っていた。
じっとそんな様子を見ている眼差しが実はあった事を。
もともとあった王太子との間の溝はミモザの影響でますます広がってきた。
そして、
「クラリッサ・ブラウン。お前との婚約は破棄させてもらう」
と、ゲームでもお約束だった断罪イベントが行われた。
「――殿下。いったい何の権限があってそのような発言を」
怯えるな。恐れるな。
小刻みに震えそうになる身体を必死に耐えて、動揺を隠すように扇を口元に持っていく。
いずれ来ると思っていた。だが、王太子と溝こそ出来ているが、断罪されるような罪を犯してはいない。
だから、堂々と振舞う。
「お前がミモザにした数々の所業。そして、なにより」
と、見せびらかすのは数枚の書類。
「お前が行った偽造書類の数々だ。お前は王太子妃の仕事という口実でいくつもの書類を記載して、その際の資金を着服してきたのを知っているぞ」
…………はぁ!?
なんだそれは。ミモザに対しての所業すら心当たりもないし、行うのは無理があるだろうとアリバイを作ったけど、まさか書類の偽造って。
確かに王太子の仕事だと言われて、本来なら王太子が行うはずの仕事をしてきたけど。それはないだろう。
呆れてものが言えないでいると鬼の首を取ったように王太子が、
「そんな罪人のお前ではなく、ミモザを新しい婚約者にする」
「嬉しいですわ。殿下っ♪」
と衆目があるのも関わらず抱き合っている二人を冷めた目で見てしまう。
ああ、結局こうなるのかと溜息をつくと。
「――おや、おかしいですね。兄上」
とにこやかに追い詰めるように声を掛けてくるのはパトリック。そして、パトリックと共にハルモニア。そして、
「ショーン……」
が現れる。
「この書類。ドレス代となっていますが、彼女が使っているという情報は入ってませんよ」
「そんなのいくらでも偽装すれば!!」
「サイズが違いますよ。クラリッサ嬢だとしたらきつくて着れないです」
まず身長が違いますからね。とにこやかに告げて、
「そんなの……」
「後、この計画書。兄上が主導で行っていったものでしたよね」
にこやかに微笑むが目は笑っていない。
「自分の失態を婚約者に押し付ける。いや、都合悪いから冤罪を作り上げて処分する。まあ、必ずしも悪ではないですが」
パトリックの声と共に何人もの騎士が現れる。
「あまりにもお粗末すぎて、それでは反乱を起こされてもおかしくないですよ」
ねえ兄上。
騎士が王太子を押さえる。
「まあ、兄上がクラリッサ嬢と婚約を破棄してくれてよかったです」
その言葉とともにショーンが目の前で跪く。
「王太子妃になるのだからとこの想いを告げないでいようと思っていた。――クラリッサ。愛してます。俺の妻になってください」
と手を差し出される。
それに躊躇ったのは一瞬。
「………私もこの想いを告げないと抑えてました」
訓練場で何度も剣を交わした。乙女ゲームという世界で攻略キャラじゃないからと思って共に居る内にその傍に居られる事が嬉しかった。
だけど、諦めていた。
「なっ、なんで……」
王太子が混乱したように口を開く。
「クラリッサ。お前俺が好きなんじゃ……」
「……民や国を愛してます。その平和を守るためならどんなにストレスを覚えても投げ出さずに努力してきました。でも、それを評価しない人を好きかと言われると」
一度言葉を切り。
「全くありません」
断言すると元婚約者が喚くが騎士に引っ張られて去っていく。
それを見る事は出来なかった。
だって、気が付いたらショーンの腕の中に囚われていたから。
でも、どうしてこうなったのかいまだ理解できない。なんで断罪を防げたのだろうかと。
初めて会った時。ひらひらとしている服を着ていて、父上達の行いを野蛮と喚く女の一人だと思った。
だが、すぐにその考えを覆した。
彼女と剣を交わして、言葉ではない声を聴いたから。
王族に嫁ぐから。国を守る王妃になるからと努力して努力して、鬱憤が溜まってくると訓練に来る様をずっと見てきた。
彼女が王妃になるのなら彼女の守る国を守ろうと決めていた。剣があればそれだけでいいと思ったが、彼女を守るためなら剣以外の武器も必要だと気づいて、知識も情報も権力も欲した。
一生告げるつもりのない気持ちだった。だけど。
『あのミモザ嬢。どこかの国の諜報員みたいでさ』
パトリックが告げる。
『ほらさ。兄上含む方々とか留学生、あの方身分偽っているけど、隣国の王族なんだよね。女性一人で戦争は起きないと思うけど、外交で問題起きそうでしょう』
ちなみに商人は武器を取り扱っているし、辺境伯の弟はこっそり某国の諜報員をうちの国に入れているんだよね。
そんな事をあっけらかんと言われて、
『ねえ、君の秘めた想い叶えてあげるから僕に力を貸してよ』
そう告げられて、受け入れたのはクラリッサの事もあったが、彼女の愛している国が戦禍に巻き込まれる可能性があるのなら潰さないといけないと騎士としての役目もあったから。
だから、今回の茶番劇を起こすのを知りつつ見逃して潰した。
でも、それを告げるつもりはない。
彼女が今まで行ってきた努力の分だけ、彼女を甘やかしたいから。
隠しキャラとか実は攻略キャラだったという設定だが、ゲームを覚えていないから知らずに終わっている。兄はフェイク