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9話 私が道案内をしよう

 森番たちがこぞってエールを褒める姿をセレナはにやにやと見守っていた。

 そしていよいよ何かお礼をした方が良いのではないかという話になって、エールは断った。ニコラ村でも見せた遠慮する性格がここでもまた発揮されたのだ。


「お礼なんて要りません。森で迷ってたところをポーラさんに助けてもらいましたから……」

「まぁそんなこと言わないで。私たちも大したお礼はできないよ」


 ポーラがそこでエールはあの『熾天使のカノン』の妹であり、行方不明になったカノンを探して旅をしているのだと補足した。森で迷っていたのもそのためなのだと。森番たちはカノンの妹だと聞くと一斉に驚いた。


「まったく姉妹揃って助けられてしまったね。『最果ての楽園』へ行く手がかりはあるのかい?」

「今目指してるのは首都のユールラズです。お姉ちゃんの最後の手紙がそこから送られてきたので……」


 ポーラの問いに対してそう答えると、なら、と彼女は提案した。


「この森で迷うようじゃ先が心配だ。お礼というほどではないけど、私が道案内しようか?」

「えっ……いいんですか!? ポーラさんが案内を!?」


 徒歩で首都へ行くにはシキミ村の森のような場所を幾つも抜けなければならない。土地勘のある者なら普通の道のりだが、エールたちは天蓋都市の外のことをほとんど知らない。道に詳しいポーラがいてくれれば一安心なのもまた事実だ。


「助かります。いやー私たちどっちも方向音痴みたいで……ははは……」


 などとセレナが言って、この話はそれで落ち着いた。

 二人はポーラの家まで戻ることになり、今度こそぐっすりと眠ることになる。


 世界樹の苗木を狙ったアンダーワームはというと、シキミ村の森からも更に離れた、雪原地帯に逃れていた。土中を掘り進んだことでその身を焼く炎は鎮火したものの、火傷自体は治せない。

 このままじわじわと弱っていき、待っているのは緩やかな死――のはずだった。


「ずいぶん探したよ。君にチャンスを与えよう」


 雪原に転がるアンダーワームに語りかけたのは顔の右半分を仮面で覆う、白衣の男。彼は遠くからずっと見ていたのだ。シキミ村で起こった一連の出来事を。


 理由は『フィロソフィアの欠片』を持つコボルドを倒した銃士たちに関心を抱いたからだ。遠くない将来、世界を相手に戦うことになる。その時のため銃士の実力がどの程度のものか、把握しておきたい。


 いや、それは後付けの理由であって、彼のまったく個人的な興味であるのが事の真相だ。無垢なものを発見するとつい試したくなるのだ。どこまでそれを続けられるのか。


 本当にそれは純粋な感情なのか。一皮剥けば醜い素顔があるのでは、とつい考えてしまうのだ。そうでなくとも、傷つけてしまえば瞬く間にどす黒いものに変わってしまうことを白衣の男は知っている。


 『優しさ』などという感情は無意味なのだと。結局は虚構に過ぎないのだと再確認したい。人を助けたい、誰かの役に立ちたい。そんなものはくだらない自己満足でしかないのだと、その正体を暴いてやりたくなるのだ。


「この『欠片』があれば傷は癒え、強大な力が手に入る。君を焼き殺そうとした憎い敵に復讐を果たすがいい」


 懐から取り出したダイヤのように光り輝く『欠片』をアンダーワーム目掛けて放り投げる。それはアンダーワームの巨体に埋め込まれて、火傷を負った身体をみるみると癒していくのだった。


 何事もなく夜が明けて迎えた朝は心地が良い。

 春と言うには肌寒いが、本物のお日様の陽気は天蓋都市では味わえない。

 ベッドから半身を起こしてうーん、と背伸びをすると、エールは隣に視線を移した。


「すぅ……むにゃむにゃ……」


 セレナはまだ眠りの中にいるようだ。懐中時計を開くと7時を回っている。

 せっかく熟睡しているのだからもう少し寝かせてあげていいかもしれない。

 部屋を出てリビングを覗くと、ポーラが朝食の準備をしていた。


「おはよう、エール。早起きだね」

「おはようございます。えへへ……そんなことないですよ」


 銃士隊にいる頃は警備の仕事があったので朝には慣れてしまっているのだ。

 カリッと焼けたトーストにジャム、半熟の目玉焼き。ポーラは更に沸騰したお湯をティーポットに注いで茶葉をしっかりと蒸らしていく。紅茶だ。角砂糖とミルクもしっかり置いてある。

 ありがたい。お子ちゃまの舌をしているエールはまだ砂糖なしに紅茶もコーヒーも飲めないのだ。


「ううーん。目玉焼きの美味しい匂いがするぞぉ。おはようございます」


 朝食の匂いに釣られてセレナが起きてきたようだ。

 セレナは寝ぼけまなこを擦りながらむしゃむしゃとトーストを齧っている。


 朝の空腹を満たしたところで、準備が済み次第、村を出発するという話になった。少なくとも昼に出発すればシキミ村から次の村に着くという。と、いっても、それは土地勘のあるポーラが最短距離を案内すればの話だが。


「ゆっくりでいいよ。私はリビングで待っているから」


 ポーラの気遣いのおかげで、エールとセレナはゆっくりと支度ができた。

 村を出発することになったのは時刻が9時を回った頃である。


 まずはシキミ村の周囲に広がる森を抜ける必要がある。エールは再び森へ足を踏み入れた。この森でエールとセレナは迷ったわけだが、今は森番のポーラがいるのでその心配はない。


「少し……森の様子が変だね。空気が不穏だ……何かがいる」


 森に入ってすぐ、ポーラは森の中に異変が起きていることに気づいた。

 樹木のひとつに手を添えて目を瞑り、意識を集中させる。

 そうすることで自然に眠る精霊の声を、より細かく拾うことができるのだ。


「あいつがこの森で誰かを待ち伏せしている……?」

「どうしたんですか?」


 エールは状況が分からずきょとんとしていたが、弓を構えて警戒態勢に入るポーラを見て、よからぬ事態を察した。


「注意して。昨日追い払ったアンダーワームが森で私たちを待っているようだ」

「エールがだいぶ手傷を負わせたのに……まだそんな余力あるんだ」


 セレナが顎に手を添えて思案する。逃げたとはいえ火炎放射が直撃したのだ。

 普通なら重度の火傷のはずでもう戦うことができるとは思えない。


「私も同感だよ、でも森が忠告しているんだ。森番としても追い払う必要がある」

「それなら先手を打ちたいですね。エール……魔導砲の『あれ』を使おうよ」

「『あれ』? うん……今回はデコイを用意される心配もないし、有効的かも」


 ポーラを挟んで行き交う謎の会話。

 長らく村で過ごしてきたポーラにとって魔導砲は未知の武器。

 果たして『あれ』が何なのか、理解するには十分な説明が必要であった。

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