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最終話 それは少女の冒険譚

 エールの身体が不意にブレたかと思うと、その姿が五つ、六つと次々に増えていく。分身したのだ。エールとその分身はラフィーネの周囲を旋回しながら浄化弾を放ち、次々に魔法を命中させていく。命中箇所は宝石が砕けるように破片が飛び散った。効いているのだ。今までとは浄化の力のレベルがまったく異なる。


「オオオオオオオォォォォ……グゥオオオオオ…………!?」


 ラフィーネは怪物じみた呻き声を発しながら、翼から結晶の羽根を放つ。弾幕でエールを撃ち落とそうとするが、分身を掻き消すことはできても本体には当たらない。ならばと巨大な腕を振り回し、エールを掴み取りにかかる。その手を、エールは逆に掴み取って、あろうことか腕力だけで捩じ切った。


「グォォォォァァァァァ…………ッ!?」

「ラフィーネ、貴女に勝ち目はないよ。もう貴女の欲しいものは何も手に入らないし、貴女が奪ったルシアの身体も……返してもらう!」


 ラフィーネの腕を放り投げると、エールは空高くへと飛び上がり、魔導砲を下に向ける。放つのは、すべてを終わらせるための一撃。短くも長かった戦いに終止符を打つ。ありったけの魔力を込めてラフィーネの魂を洗い流す。ラフィーネもこれが最後と悟ったのか、また口を開いて光線を放つ態勢に入っている。


「これが……お姉ちゃんと私の全力! アルティメット・マーシフルストリームだぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」


 撃ち出された光の奔流は光線を飲み込み、ラフィーネも飲み込み、遂にルシアの身体に巣食うラフィーネそのものとも言える黒い靄を浄化で消し去った。ルシアの身体が結晶の天使からするりと抜け落ち、重力に従って落下していく。エールは光の翼を羽ばたかせると、その身体を受け止めて、眠るように静かなルシアを救出した。


「……終わったんだ。やっと……これで終わりなんだよね……?」


 結晶の天使が崩壊する様を眺めながら空中要塞に着地すると、エールは全身から力が抜けていくのを感じた。限界を超えた力を引き出した反動だ。痛みも何も感じないが、ただ指一本動かすことすらできない。意識はまだはっきりとしているが、それもいつか失われることだろう。


「う……ん……エール。エール……!? 大丈夫ですかっ!?」


 程なくしてルシアが目を覚ます。エールを下敷きにしている形だったので、素早く飛び起き、倒れているエールを抱きかかえてルシアはオロオロとしていた。すべて見ていた。母親のラフィーネが何をしようとしていたのか。ラフィーネに身体を乗っ取られても、精神の檻の中からずっと見ていたのだ。もちろんエールがラフィーネを倒す瞬間も。


「ああ……エール。どうしたら……」


 エールの手を握り締める。温かい手がどんどん冷たくなっていくのを感じる。もう、それだけで嫌な予感がしてルシアは取り乱したのだが、そんな場合ではない。エールは一人でここに来たわけじゃなく、仲間と来たはずだ。その人たちと合流しなければ、とかろうじてルシアは方針を固めた。命の恩人が力を使い果たして死ぬだなんてあってはならないことだ。


「姫様っ! ご無事ですか!? ああ……エール様まで……!」


 その時メーティスが転移魔法で現れてルシアは胸を撫でおろした。すぐさま飛行艦へと転移するとすぐにメーティスの献身的な治療がはじまり、エールは一命を取り留めた。制御室から飛行艦に戻ってきたセレナやスパーダが見守っていたがエールは目を覚まさなかった。


 セレナやルシアがエールの目覚めを待つ中で、動けるアレイスターが制御室で、空中要塞をフェルネ王国上空から遠く離れた海に移動させた。いつまでも頭上に物騒なものがあっては困るだろうという配慮だ。それが終わるとルシアたちは一度、飛行艦でディーヴァへと帰還した。


 それでもエールは目を覚まさなかった。長い時間が経った。月日は移ろい、七賢者たちもフィロソフィアの結晶の反動から完治し、各々がまたディーヴァのために働き始めた。ルシアも、楽園の統治者として自身の責務を全うしようと頑張っている。


 目を覚まさないエールはずっとディーヴァで保護されており、メーティスがその看護を担当していた。控えめに言っても、世界最高峰の治療を受けていると言っていいだろう。それでもエールは目を覚まさない。


 セレナとスパーダについてだが、スパーダは引き続きマーリンの助手として楽園で仕事をしている。セレナは「エールが起きるまで一緒にいる」と言って、しばらく楽園に滞在していたが、船長のバルカロールたちも引き留めてしまうことに気づいたらしく、本意ではないものの、一度故郷のフェルネ王国に戻ることになった。


 ラフィーネとの戦いはフェルネ王国にとって危機一髪の大事件であり、世界中を震撼させた。この事実は記録に残され、戦いでもっとも活躍したエールは『熾天使のカノン』にも劣らぬ英雄と評された。だが時間の流れは残酷で、誰もが日々の生活でその衝撃を忘れていった。エールだけが眠ったまま、過去に取り残された。



 ◆



 寒冷化したこの世界の厳しい冬がようやく過ぎ去り、短い春の訪れを感じるようになってきた。降り積もった雪はすっかり解けて、生き物たちが活発に動きはじめている。森に植えた世界樹の苗木も順調そのもので、すくすくと育っている。


 ポーラは沸騰したお湯をティーポットに入れて茶葉をしっかり蒸らすと、ティーカップに注いでソーサーの上に置いた。この茶葉は村で育てたものであり、ポーラ特製である木の実のケーキによく合うのだ。


 相手はシュガーポットから砂糖を三個つまんで入れると、牛乳も遠慮なく混ぜてすっかりミルクティーにした。そんな子供っぽい紅茶の飲み方をするところは、まったく変わっていないな、とポーラは内心で苦笑した。


「さて、と……どこまで話を聞いたんだったかな。ああ、ケーキも紅茶もおかわりならいくらでもある。遠慮しないで食べてね」


 その相手は遠慮がちに頷くと、紅茶を一口飲み、フォークでケーキの一角を切り取った食べた。実に美味しそうに食べる。相手の友達もそうだが、その食べっぷりもポーラはわりと気に入っている。


 ポーラの話し相手と最後にあったのは実に何年前だったか。エルフであるポーラは時間の感覚が人間と少し違うが、人間の感覚では長い時間が空いているのは分かる。それなのに相手は、時間が止まったかのように若いままだ。服装は少し変わっていたが。


「最近じゃあこの辺りも随分変わってね。魔物がよく現れるよ。でもね、どういう風の吹き回しか銃士隊が頑張ってくれてる。昔は天蓋都市を守ることしかしなかったけど、今じゃあ随分親身に村を警備してくれてるよ。いったい誰のおかげなんだろうね」


 あえてそれ以上のことは言わなかったが、ポーラは知っている。それが話し相手の友達の努力のおかげであることを。ポーラの話し相手とその友人は一緒に旅をしていたが、事情があって友人だけ先にこの国に戻ってきた。一人で戻ってきてしまったことを友人はいつも悔いていたが、その旅で得た経験を糧に、銃士として誰よりも戦い、上司に働きかけて改革を推し進めた。


 ポーラの村をはじめとする周囲の村が、魔物を恐れず生活を送れているのはそのおかげなのだ。ポーラの口からそれを話すのは容易なことだったが、それは友達から直接聞いた方がいいだろうと思ったのである。


「それにしても、私の約束をちゃんと覚えていてくれるなんてね。まったく律儀だよ。無事でいてくれれば、忘れていたって文句はなかったのに。ああ、今は元気そのもの? それは良かった」


 話し相手の語った冒険譚は、長くも時を忘れさせるように短かった。大切な人を想う気持ちが、話し相手をそこまで運んだのだろう。そして彼女はポーラとの約束通り帰ってきた。形はどうあれ、探し続けていた姉と一緒に。まるで死んでしまったように思えるけれども、話し相手の胸の中にその魂は在るのだと言う。


「……おや。珍しいな。また客人のようだ。少し待っていてくれ」


 ポーラが玄関を開けると、客人は騒がしい様子で家に入ってきた。呪文のように「春なんて嘘だよ。まだ全然寒いじゃん」と言っていた。ポーラが苦笑をしながら部屋の中へと案内する。客人は魔物退治の遠征帰りに何かの予感がしたらしく、一人でここまで来たそうだ。


 リビングでくつろぐポーラの話し相手を客人が見ると、客人は大人びた整った顔を、くちゃくちゃに歪めて泣きはじめた。話し相手も自然と涙を零し、二人は深く抱き合った。お互いに再会を喜ぶと客人は潤んだ瞳のまま笑顔を作る。


「……おかえり、エール」

「ただいま……セレナ。えへへ……」


 少女の冒険譚が終わる。

 過去に取り残され、止まっていた時計の針が再び動き始めた。

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