80話 活動限界
シュタインに何度殴られても、アスクレピオスの傷は即座に癒える。殴られ慣れてきたのか、シュタインに殴られ吹っ飛ばされると、くるんと空中で一回転して器用に着地する。
そして腕を鞭のように変形させて振るった。シュタインはそれを腕で防御すると、鞭の先端にくっついていた何かが腕に噛みつく。蛇の頭だ。
「防御を選んだのは失敗だったな。神経毒を流し込んだ。君と言えども少しは動きが鈍るはずだ」
「……確かに、これはきついですね。身体が思うように動かない……してやられてしまいました」
巨躯の鬼と化しているシュタインが片膝をついた。アスクレピオスの流した神経毒は非常に強力で、竜だって動きを止めずにはいられないものだ。毒を体内で自在に調合できるのも結晶形態となったアスクレピオスの大きな特徴のひとつである。
「では動かなくていい攻撃方法で攻めるとしましょう。私の最大魔法……とくと味わいなさい」
シュタインが右手を頭上に掲げると、魔法陣が浮かび無骨な突撃槍のようなものが徐々に構築されていく。これが土魔法を得意とするシュタインの奥義なのだ。この世界でもっとも硬いとされる金属オリハルコンを創造し、槍に変えて敵に投擲する。その名も。
「アンブレイカブル・グングニール!!」
高速で発射された槍がアスクレピオスの腹を貫き、鋼鉄の壁に縫い留める。槍をニルヴァーナコラプスで相殺しようとしたが、まったく消滅しなかった。おそらくシュタインの身体と同様に恐ろしく強力な魔法耐性があるのだろう。
次に待っているのはマーリンの魔法攻撃だ。シュタインとマーリンは時間稼ぎもあるが、とにかくアスクレピオスを少しでも消耗させようと本気で連続攻撃を仕掛けている。
マーリンの全身を覆う結晶の葉のひとつひとつが光を放ち、その身体の中心に大きな花弁が咲き誇る。これは周囲の光を吸収して魔力に変換し、特大の攻撃魔法を放とうとしているのだ。やがて発射された光線はハイペリオンバスターの比ではないほど巨大で破壊力のある光線だった。
放たれた光線が制御室の壁に大穴を穿つ。光に飲み込まれたアスクレピオスは跡形も残っていない。傍で見ていたセレナとスパーダはもしやこれで勝ててしまったのでは、と錯覚しそうになったが、シュタインとマーリンはまだ警戒を解いていない。つまり戦いは終わってない。
「さすがに七賢者だな……どちらもおそろしい魔法だ。蘇生魔法が無ければそのまま死んでいた」
その光景は、無から有が生み出される瞬間だった。跡形もなく消失した身体が無から生み出され、だんだんと結晶の身体を構築していく様。数十秒かからず、アスクレピオスは死から復活した。魔力ある限り、アスクレピオスは本当に不死に近い存在なのだ、と思い知らされた気分だ。
「だが『フィロソフィアの結晶』に頼ったのは間違いだ。私は君たちよりもそれを知り尽くしている。自ら研究したからな」
「そうかしら。私たちはそうは思わないけど。倒すことはできなくても、事実貴方は手も足も出ていない」
「私の言葉の意味を理解できていないな。その気になればこういう芸当でもできるということだ」
アスクレピオスがわざとらしく指を鳴らすと、マーリンとシュタインの身体に異変が起きた。よく見ると、結晶状の白い蛇が二人の身体に噛みついている。おそらく蘇生する際に身体の一部を分離させていたのだろう。
「ぐぅっ……こ、これは……!?」
「嘘……まだ時間には余裕があるはずなのに……!?」
マーリンとシュタインの身体がボロボロと塵のように分解されていく。フィロソフィアの結晶の副作用が急に始まっているのだ。肉体の崩壊が止まらないことに、二人は焦りを覚えた。その理由は簡単だ。二人の計算上、活動限界の時間はもっと先のはずだったからである。
「『フィロソフィアの結晶』の機能を暴走させてもらった。今、君たちの全能力は数十倍に跳ね上がる代わりに、副作用もとてつもなく早まった状態になっている。死ぬまでに10秒もかからない。さらばだ、シュタイン。そしてマーリン」
ずっと時間を計って待っていたのだ。このタイミングを。結晶を暴走させるのは、決まれば確殺だが活動限界の時間まで余裕がある場合、相手をさらに強化してしまうことになりかねない。だから今までこの作戦を使わずに戦闘していたのである。
アスクレピオスが勝利を確信した瞬間、天から巨大な光が降り注いだ。犯人はエールだ。充填を完了させたエールがマーシフルストリームを放ったのである。しかし狙っている相手はアスクレピオスではない。シュタインとマーリンだ。
「間に合え……マーシフルストリームっ!!」
その光に包まれた二人は、結晶形態から元の肉体に姿を戻し、五体満足で制御室の床に倒れることになった。意識はない。副作用による影響だろう。エールは空中に浮かんだままほっと胸を撫でおろした。本来の作戦としてはアスクレピオスに撃って、フィロソフィアの真結晶を破壊するという流れだったが、こればかりは仕方ない。戦いは振り出しに戻ったのだ。
「愚かだな……味方を救うために作戦を台無しにするとは。君は選択を誤った。私を撃っておけば良かったものを」
「犠牲の上で得た勝利に価値を感じません。それに……シュタインさんやマーリンさんが死んだらルシアもきっと悲しむと思ったから」
アスクレピオスは目を細めた。胸中にどす黒い感情が噴き上がって来るのを感じずにはいられない。その偽善者のような振る舞いに虫唾が走る。
「それは……君のお姉さんのカノンならそうしたとでも言いたいのか?」
「……そうですね。お姉ちゃんならきっとそうしたと思います。だから私も同じ気持ちです」
「……魔導列車で会った時からそうだな。君はいつもいつも……口を開けばお姉ちゃん、お姉ちゃんだ。いつになったら自立する気だ? 自分でものを考えられない、頭の悪い小娘が……!」
エールが上空から浄化弾とセイントフェザーによる飽和攻撃を開始すると、アスクレピオスもまた消滅の矢、セイクリッドプファイルで反撃する。両者激しい魔法の撃ち合いとなった。ただ狙いの正確性はエールの方が圧倒的に上だ。銃士なだけあって、撃ち出す魔法の一発一発を正確にアスクレピオスの魔法に当て、相殺していく。
「君を見ているといつも苛つかされるよ! どれだけ善人を気取ろうとも人はしょせん醜いものだ! 汚い欲望、利己心、嫉妬、暴力、そして支配!! いくら人間が知性を獲得してもその根源的な薄汚れた本性だけは変わらない! 例外はないんだ!」
「だから、人間を管理しようって言うんですか!? ラフィーネと一緒に! それがアスクレピオスさんの目的なの!?」
「そんなことを君に語ってどうしようと言うのだ! これから私に殺される君に! 天使を気取る偽善者が、そこから引きずり落としてやろう!!」
アスクレピオスは自身の内側が熱くなっているのを感じていた。たとえどんな状況だろうと冷めきっていたはずの心が躍動する。エールと関わるといつもそうなのだ。良い感情であれ、悪い感情であれ、心を動かされてしまう。その理由はアスクレピオス自身にも分からない。
ニルヴァーナコラプスを照射してエールの魔法を消滅させると、アスクレピオスの背から結晶の翼が生えた。蛇の意匠が施された独特な形状をしている。そのまま翼を羽ばたかせて空中へと飛び立つ。制空権を握られたままでは不利だからである。
「……フラッシュアークバスター!!」
頭上に放った光線が制御室の天井をくり抜き、エールは空中要塞を飛び出した。これから行われる空中戦を制御室の中でやると味方を巻き込みかねない。アスクレピオスの消滅魔法を倒れているシュタインやマーリンはもちろん、セレナやスパーダに向けられて困るのはエールなのだ。
「確かに私はいつもお姉ちゃんに頼りきりで……お姉ちゃんの真似をして生きてきました。お姉ちゃんは優しいから嫌がったりしなかったけど、普通はもうこの年でお姉ちゃんのことばかり気にするのって、おかしいですよね……」
「ああ。そうだな。君には自分の意思がない。憧れの人間の真似をして自己満足しているだけだ」
「でも……私は戦いを続けます。お姉ちゃんの真似だけど、それが私のやりたいことだから! 本物にはなれなくてもいい! ただ私の大切な人たちを守るためにも、この道を進み続けるって決めたんだぁぁぁぁーーーーっ!!」
マーシフルストリームの充填を開始しながら、エールは真っ直ぐにアスクレピオスへ突っ込んだ。その揺るぎない意思と共に。




