8話 夜にそろりと抜け出して
エールとセレナがすっかりと眠りに落ちてしまった深夜。
自室で眠るポーラは森の異変を感じ取り目を覚ましていた。
ベッドから抜け出すと装備を急いで整えていく。森番の仕事上、こういうことは少なくない。たとえ昼であろうと夜であろうと、森に異常があれば調べる必要がある。それが役目だ。
窓が小刻みに震えるのは『何か』が来る予兆か。
森の声をしっかりと聞くために、長い耳を片手で塞いだ。
樹木というのは『上』に生えるばかりではない。『下』にも根を下ろしているものだ。シキミ村の森に宿る精霊たちは、地中深くで何かが動いていると告げている。
不意に窓を叩く音が響く――同僚の森番たちも同じく異変を感じたようだ。
ポーラは窓を開いて、仲間のエルフたちと無言で頷き合った。
年月で言えば200年以上の付き合いだ。大方のことは語らずとも分かる。
「ポーラ、お客様が来ているみたいだけどどうする気?」
「もちろん。私たちだけでなんとかするよ。迷惑はかけられない」
弓と矢筒を背負ってポーラは静かに家から出た。
地中深くを進む何かは真っ直ぐこの村まで近付いてきている。
きっと魔物だろう。森番たちはそいつが何を狙っているか知っている。
示し合わせたように森番の全員が村の中央に集まっていた。
感覚に優れたエルフならばどこから姿を現すのかおおよそ予測できる。
村人の避難は完了済み。ポーラの家は村の端にあるので、戦闘の影響もないだろう。
「アンダーワーム……かな。現れるのはいつぶりだろうな」
「どちらにしてもおぞましいよ。森番の私たちにとっては天敵だ」
「違いない。そろそろ来るぞ。みんな、武器を構えろ!」
凄まじい地鳴りが起こったかと思うと、地面が大きく盛り上がる。
その巨大な威容と白濁した体躯は一度見れば決して忘れないだろう。
自然を食い荒らす芋虫めいた巨大な魔物、アンダーワーム。
戦い慣れた森番たちはその盛大な登場にも動じず、一斉に矢を放った。
魔物と森番の戦闘は激しく、眠っていたエールが目を覚ますほどだった。
ベッドから起き上がると地震かと錯覚するような凄まじい音が何度も響く。
「セレナ、起きて。大変だよ……村で何かが起きてる!」
誰もが目を覚ます状況下に置いてもセレナはある意味で豪胆だった。
隣のベッドで未だにぐーぐーと熟睡しているのだ。一度寝たら中々起きない。
セレナの身体を一生懸命ゆさぶるが、未だにむにゃむにゃとしたままだ。
「ふわっ……エールどうしたの? 何かあったの……?」
「んも~っ。やっと起きた! 外の様子が変なの!」
セレナは眠たそうに目を擦りながら状況を把握できずにいるようだ。
直後、地響きにも似た凄まじい音が響き渡り、ようやく異変を察したようだ。
「うわ……やばいよエール。ポーラさんの部屋まで行こうよ。起きてるかも」
「それもそうだね。もしかしたら魔物の仕業かもしれないもん……!」
先日、ニコラ村がコボルドに襲われた一件もあり、二人は嫌な予感がしていた。
部屋から飛び出してポーラの寝室まで行くと、なんともぬけの殻だった。
立てかけていた弓矢も無くなっている。これらが示す可能性はひとつしかない。
「きっと魔物と戦ってるんだ……セレナ、私たちも行こう。助けなきゃ!」
「分かった。ドンドン音が鳴ってるからね……私もポーラさんが心配だよ」
ポーラには森で迷ったところを助けてもらっただけでなく、一宿一飯の恩義まである。鳴りやまない音が魔物によるものというのは容易に推測できる。なら助太刀するべきだ。
エールは装備を整えて魔導砲を背負い、セレナと共に家から飛び出した。
「こっちから音が響いてる。エール、いつでも撃てるようにしといて」
「うん、分かった!」
魔導砲を構えて魔力を充填するとセレナを先頭に村の中を進む。
目指すは村の中央だ。辿り着いた瞬間、セレナとエールは思わず息を呑んだ。
森番たちは家屋の屋根など、高所を陣取って次々に矢を放っていく。
芋虫の魔物、アンダーワームはその頑丈な肉体で矢を弾きながら家屋に突進する。
巨体を生かした突撃は一瞬で家屋を吹き飛ばし、興奮した様子で何度か地面をのたうつ。だが森番のエルフたちものろまではない。俊敏に他の家屋の屋根に飛び移り、攻撃を回避している。
先ほどから定期的に響いていた凄まじい音はこれが原因だったのだ。
予想通り森番たちはアンダーワームが頑丈すぎて攻めあぐねているようだ。
弓矢がまるで効いていない。もっともたとえ剣や斧でも結果は同じだろう。
「エール!? なぜここに……!」
エールとセレナが現れたことに気づいたポーラが、屋根から飛び降りて近づいて来る。二人が異常を察して現れたことは彼女にとって想定外だ。
本来ならもっと早くに決着をつけられると踏んでいたのだ。
「何が起きてるか分からないですけど、魔物退治なら手伝わせてください!」
「あれはアンダーワームという魔物だ。樹木を好んで食べる。世界樹の苗木を狙ってきたんだろう」
ポーラは一応簡潔に説明こそしたが、退治を手伝わせる気はなかった。
森番として客人である二人にそんな危険な真似はさせられないと考えている。
「エールに任せてあげてください。私たち、これでも魔物退治の専門家ですよ」
「しかし……そういうわけには……」
自信満々なセレナの説得を聞いてなお、躊躇いがちなポーラの表情。
弓矢も通じない巨大な魔物。こういう時にこそ魔導砲が威力を発揮する。
エールもまたポーラに恩を返すためにこう言った。
「大丈夫です。すぐに決着をつけますから……!」
魔導砲を構えて、地面でのたうつアンダーワームに照準を合わせる。
コボルドとの戦闘で使ったのは雷魔法のプラズマ弾だった。
今回は敵が虫型の魔物ということから、炎魔法を放つ。
「火炎放射、ファイアッ!!」
エールがトリガーを引くと、魔導砲の筒先から火炎が一直線に伸びてアンダーワームを火達磨に変えた。森番の矢を浴びながらもぞもぞと体勢を立て直していたために、回避の暇も無く直撃したのだ。
虫型の魔物ゆえに声を発することも無く、燃え盛る火炎の中で苦しむこと以外にできない。
「更に、もういっちょ!」
魔力を再充填して何度も火炎放射を放ち、徹底的に魔物を焼き尽くしていく。
森番たちがあれほど苦戦を強いられた魔物が一瞬にして炎に蹂躙される。
その光景はいっそ痛快ですらあった。アンダーワームは堪らず自身が掘った穴の中へ逃げ込む。
それは撤退と火の消化を兼ねる唯一残された選択肢だった。
シキミ村は何軒かの家屋を犠牲にしつつも、魔物の撃退に成功したのだ。
「す、すごいな……それが……魔導砲という武器なのかい?」
「……これでしばらくは大事だと思います。倒せたら良かったんですけど……」
エールはぺこりと頭を下げると、森番たちがぞろぞろと集まってきた。
「小さいのによくやるな。これが最新の武器なのか! 銃士はすごい武器を操る」
「君のおかげで助かったよ。私たちだけならもっと時間がかかるところだった」
森番のエルフたちはエールの頭を撫でたり、肩を叩いて褒め称えた。
訓練生時代のエールの成績は真ん中ぐらいで、評価される機会はほぼ無かった。
正式に銃士となってからもまるで凡庸な人間である。
なのに急に森番たちに感謝され、エールは慣れない状況に放り込まれた。
嬉しいという気持ちと、恥ずかしいという気持ち。
その二つが混ざり合ってエールの胸をどきどきさせる。
「い、いえ……大したことはしてません……」
どうすればいいのか分からなくて、謙遜しながら俯くことしかできなかった。




