76話 奥底に隠された力
結晶形態となったフィアンマは最大1分先の未来を予知することができる。予知した未来は脳内で映像となって表現され、フィアンマはそれによって未来を自在に変えることができるのだ。どんな未来を予知するかはフィアンマが感覚的に選べる。
今、フィアンマの脳内にはマーシフルストリームに正面から挑んで敗北した未来が視えていた。賢者ともなれば自身の開発した魔法には絶対的な自信と誇りを持っている。フィアンマだってそれは例外ではない。これはその自信が打ち砕かれたという未来の光景だ。
エールのマーシフルストリームと力比べをしてはいけない、ということがよく分かる。幸いにしてフィアンマ最大の炎魔法、ナインソウル・フレイムノヴァは応用の効く魔法だ。やりようはいくらでもある。
「行け、ナインソウル・フレイムノヴァ! エールを焼き殺すがよい!!」
フィアンマの周囲を旋回する九つの超巨大火球のうち、四つがエールめがけて放たれた。火球は不規則な軌道でエールに向かい、前後左右から襲いかかってくる。マーシフルストリームの発射を慌てて止めると、光の翼を羽ばたかせてさらに上空へと退避。
「くっ……あの大きな火球、軌道を自由自在に操れるの……!?」
「理解できたようなじゃな。そういうことじゃ! この炎は私の意思で自在に操作できる! もちろん追尾も……!」
四つの火球がエールを追いかける。今のエールの飛行速度では振り切れない。フィアンマは新たに火球を二つ飛ばし、今度は前後左右に加えて上下をも埋める。これで完全にエールは包囲されてしまった。こうなっては魔法で相殺するしか逃げる方法はない。
「…………グランドクロス、ファイアっ!!」
ここでマーシフルストリームを使うとフィアンマを倒す切り札を失う。エールは試しに他の光魔法を撃ってみたが、超巨大火球の前に掻き消されてしまった。相手が勝負を決めるために選んだ魔法だけあって、生半可な威力では相殺すらできない。
「……くっ……! 一か八かで……勝負するしかない!」
前方に魔導砲を向け、火球ごとフィアンマを撃ち抜くことに賭けた。放たれたマーシフルストリームの光が前方の火球を消し去り、エールはそこに飛び込みつつ火球の包囲網から脱出した。しかし。フィアンマの末来予知はエールがそうすることをとっくに予見している。
「読めておったわ、そこじゃあぁぁぁぁぁっ!!」
空を蹴って赤き妖狐が残りの火球を操る。迫る光の奔流を寸前で躱して、残り三発の火球が左右上から挟み込むようにエールを襲う。そして未来を読む。頭に浮かんだ光景は、まさしくエールが炎に包まれる瞬間だった。フィアンマは内心で勝利を確信した。
その光景が現実のものとなる。三発の火球が命中し激しく燃え上がると、残りの火球も次々に命中し、徹底的なまでにエールを焼き尽くした。やり過ぎてやり過ぎるということはない。なにせ相手はいつ死んでもおかしくない状態にも関わらず、ラフィーネを倒す寸前まで追い込んだ怪物、カノンの能力を継承しているのだから。
「お喜びください、ラフィーネ様。ご命令通りエールを始末しました。これで…………」
脳内に未来の光景が飛び込んできた。それは自身の背後にいるエールの姿。ありえない、という表情で振り返ると、そこには身体のあちこちが焼け焦げているエールがいたのだ。なんというしぶとさだろうか。様子から考えて確実に命中したはずなのに、生きているどころか背後に回り込む余裕すらあろうとは。
「……驚いた。私の魔法を食らって耐えきれたとはな。頑丈さも人間を辞めているようじゃ」
「最初の三発だけだよ。後はがら空きだった下から脱出して避けた。全部食らっていたら死んでいたかもしれないね」
フィアンマは僅かに眉を顰めた。何か様子がおかしい。身に纏っている雰囲気が先程までと違う気がする。その答えを得る前に、エールの衣服や傷が高速で癒やされていく。自動回復を使えるのは理解していたが、回復速度が速すぎる。何かがおかしい。
「……誰じゃお主…………?」
瞬間、未来の光景がフィアンマの脳内をよぎる。飛びこんできたのはエールの放った蹴りがフィアンマの足をへし折り、妙な方向へ捻じ曲げている光景だった。やばい。本能的に後ろへ飛び退くと、瞬間移動を疑う速さで距離を詰めたエールの蹴りが空を切っていた。
「……あれ。面白いね。私の動きが分かっていたみたいだ」
「こ、こいつ……!」
次の未来の光景が脳内に思い浮かぶ。エールの浄化弾の雨がフィアンマを襲う瞬間だ。やられっ放しでいるわけにはいかない。フィアンマはエールが魔導砲で砲撃を始めるより早く、炎魔法を放った。
「舐めるなぁ! リボルバーファイア!!」
「そんな小技でいいのかな。さっきの魔法を使えば良かったと私は思うんだけれどね」
撃ち出される小さな火球の連射を、エールはセイントフェザーの連射で相殺していく。その場から一歩も動かずにフィアンマの炎魔法を迎撃しつつ、浄化弾の砲撃を開始する。とはいえフィアンマには末来予知がある。命中し得る浄化弾の軌道はすべて分かり、避けることができた。
当たらない。当たるわけがないのだ。予知がある限り自分は負けることがない。そのはずなのに、フィアンマの心の奥底に不安と焦燥が芽生えているのはなぜだろうか。エールが発する得体の知れない余裕はなんだ。フィアンマはその底知れなさに飲み込まれつつあった。
「ご所望なら答えてやろうではないか。今度は確実に殺してやる、ナインソウル・フレイムノヴァ!!」
フィアンマの周囲を九つの超巨大火球が再び旋回し始める。末来予知との併用によって、この火球を防ぎ切ることはエタニティモードでも困難だ。かといって防御しきれるほどの生半可な威力ではない。
未来を読み、エールの動きを把握しようとする。その時、フィアンマは少しだけ動揺した。エールが分身し、火球を攪乱する未来の光景が頭に思い浮かんだからである。高速移動による残像は使っていたが、そんなことまで可能とは知らなかった。
今まで分身してこなかったのは、負傷のせいで万全ではなかったからか。見る限り、今は普通に戦う程度のことはできそうなまでに回復している。いやそれもおかしいと思うのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「……5割かな。この程度まで力を引き出せれば、できることも増えるんだよね」
誰に言ったわけでもない、その何気ないエールの呟きが、フィアンマの疑問に対する答えのように思えてならなかった。末来予知通り、エールは分身した。五体、六体、七体。絶えず左右に移動して攪乱しつつすべてのエールが浄化弾を撃ってくる。
「冗談じゃろ……!?」
末来の光景が見える。分身が放つすべての浄化弾は本物だ。末来の軌道が分かったので避けることはできるが、問題は分身をどう処理するからだ。火球は九発あるから、分身体にそれぞれ一発ずつぶつけ、地道に削っていくしかない。
分身の動きも未来を読めば分かる。当てることは難しくない。ただ、分身の数に対して火球が足りない。九体の分身を火球で倒したところで、激しい衝撃と共にフィアンマは真下に落下した。一瞬で眼前に移動した本物のエールの浄化弾が命中したのである。分身に気を取られ過ぎていた、だけではない。
「こ、こいつ……私が末来を読むより速く動いて、魔法を当てたとでも言うのか……!?」
「やっぱりそうだったんだ。予想が当たっていると嬉しいな。けどもう無意味だ。ファイア」
落下するフィアンマに肉薄したまま、エールは浄化弾を連射してフィロソフィアの結晶を引き剥がしていく。密着状態による攻撃ならどれだけ先の未来が分かろうと無駄だ。なぜなら避けること自体ができないからである。
「ファイア。ファイア。ファイア。ファイア。ファイア」
フィアンマの身体が地面に激突する。エールは胸部を片足で踏みつけにして、魔導砲の筒先をその頭部へと向けた。滅ぼすのはフィアンマではない。その心に憑りついたラフィーネの精神の一部である。浄化弾一発ではそれを消滅させるのは難しいのだが、これだけ当てればさすがに効果が現れてくる。もうフィアンマはほとんど正気を取り戻していた。
「……殺してくれ。憎い敵に洗脳され、あまつさえ姫様をあんな目に遭わせてしまった。私は無能じゃ……」
「駄目だよ。姫様が正気に戻った後、誰がその姫様を助けるのかな? それはきっと君たちの役割だ」
「……お主……」
「……なにかな?」
「……やはり……エールではないな。ひとつの身体にふたつの魂が宿っておるようじゃ……」
最後の一発がフィアンマに命中すると、フィアンマは浄化の力が持つ心地良い安らぎの中で意識を失った。




