74話 灼熱の占い師
フィアンマ・ヴェルザンディは齢200を超える七賢者の最古参。賢者にして最高峰の占い師であり、いざという時は手段を選ばない残酷さも併せ持つ。そんな彼女にも意外な弱点があったのだ。おしゃべりが大好きというところである。井戸端会議など日常茶飯事だ。
エールはフィアンマの故郷のことをそこまで知らない。本で東の果ての島国の話を読んだことがある程度だ。スシ、フジヤマ、ゲイシャ。あとなんか刀とかいう武器を持ってるサムライって人がいる国。そんな認識しかないが、フィアンマは故郷のことを知っている人がいて非常に喜んでいる様子だ。
なにせエールが曖昧な相槌を打つことしかできなかったのに、我を忘れて10分も喋り倒したことからもそれは明らかである。通信機から「準備が終わったぞ」とアレイスターの声が聞こえたことで、エールはほっと胸を撫でおろした。どうやら上手く時間を稼げたようだ。
エリア全域を跨ぐ魔法陣が地面に浮かび、フィアンマは「はぁ!? 何が起こっとるんじゃ!」とキレ散らかしている。やがて光が収まったかと思うと通信機から「転移は無事成功した。後は任せる」とアレイスターの声が響いた。
「どういうことじゃ! 転移魔法陣が発動するなど! このノーアトゥーンは妨害魔法を発しておるのじゃぞ!」
「あ、それはそのー……ヒナさんが妨害魔法を妨害する魔法を作ったって……メーティスさんから聞きましたけど」
「ヒナじゃとぉ!? 魔導研究所のヒヨッコか! 味な真似を……これでは人質作戦がもうできないではないか!」
「すいません……私も帰っていいですか? まだ前の戦いの傷が完治してなくて」
「ふざけたことを抜かすな! そんなことを聞いて逃がすわけなかろう!」
フィアンマが左手で虚空を薙ぐと、エールを囲うように炎の壁が生じた。エタニティモードを発動すれば上空に逃げられそうだが、これはどちらかというと本当に逃がさないためのものではなく、フィアンマからの宣言めいたものだろう。
「お~お~。逃げようとしたら私にも考えがあるぞ。お主自身は転移魔法を使えんじゃろう。なら誰かが転移でここに来るはずじゃ。そいつを先に殺してやる。どうせそいつは戦闘要員ではないのじゃろう。殺すのは造作もないことじゃ」
「それは……困ります」
「そうじゃろう。私としても本意ではないが、タイマンで決着をつけようではないか。もっとも勝つのは私じゃがな」
メーティスに戦闘能力は無いし、増援にしたってセレナもスパーダもまだ完治していない。エールの方が重傷だったので、後回しにされたのだ。どちらにせよ今、一時撤退や誰かの助力は期待できなさそうだ。
「分かりました……じゃあ一対一で戦いましょう! でも、私は絶対に負けませんから……!」
「おお。良い返事じゃ。素直な子は嫌いではないぞ。かかってくるがよい。先手は譲ってやろう」
エールはエタニティモードを発動すると、背中に光の翼が形成され、空高くへと飛び上がった。指輪から魔導砲を取り出し、その砲口をフィアンマへと向けて浄化弾を発射する。
「ふん! チンケな魔法を使いおって……焼け死ぬがいい!」
フィアンマが左手をかざすと、蛇のようにうねる炎が浄化弾とぶつかりあった。炎は浄化弾を食い破り、不規則な軌道でエールめがけて突っ込んでくる。ランダムインフェルノ。威力の高さはもちろん、軌道が読みにくく追尾性のある炎魔法だ。
エールは光の翼による高速移動で逃げようとしたが、その背後を追いかけてくる。仕方なく減速し、光の翼で体を覆って炎を受け止めた。炎が光の翼から生み出される斥力に弾かれて拡散していくのが感覚として伝わってくる。
「こうして目の当たりにすると厄介なスピードじゃな。私の『占い』が使えれば良かったのじゃが、この状況下ではそうもいかん……」
フィアンマは占い師だ。水晶玉を使うことで未来を知ることができる。ただ、今はその能力を実質的に封じられていた。ノーアトゥーンの妨害魔法のせいだ。フィアンマの占いは繊細な魔法であり、妨害魔法の影響下では未来を見通せない。と言っても、フィアンマの占いは的中率こそ高いが、大雑把なことしか分からないので、戦闘で必ずしも役に立つわけではない。
「攻めてこない……!? なら今のうちに畳みかける……!!」
エタニティモードによる自動回復で多少軽減されてはいるが、オルフェウス戦の負傷がまだ辛い。魔導砲を撃つぐらいなら問題無いのだが、最高速も出せないし、接近戦になれば絶対にボロが出るだろう。このまま遠距離戦で決着をつけたいところだ。
エールはフィアンマの周囲をぐるぐると旋回しながら浄化弾を連射し続ける。飽和攻撃だ。このまま命中してくれれば、と思うが、やはりそう上手くはいってくれない。フィアンマは魔力を練って防御魔法を展開する。強大な炎の壁に浄化弾が阻まれていく。
「お返しじゃ。逃げ場を塞いでくれるわ、フロートクレイモア」
飛び回るエールの周辺に次々と光の球体が生み出されていく。一目見てエールにもそれが何なのかピンと来た。これは誘導弾のような爆発する魔法だ。触れたらまずい。と思った矢先、光の球体がエールに向かって集まり始める。
「うそ……っ!?」
「ふははっ。逃げ場を塞ぐと言ったではないか。そのうっすうすの翼で防ぎ切れるか試してみるがいい~?」
逃げきれない。エールは仕方なく先程と同じように翼で全身を覆い、爆発を防ごうと試みる。何百もの光の球体が一気に爆ぜた。空中を埋め尽くす激しい爆発がエールを襲う。爆風は斥力が弾いてくれるものの、衝撃が翼を貫通してエールを大きく揺らした。
爆発が収まるとエールはようやく翼を開く。爆発を凌ぎ切れたと思って油断したのだ。その瞬間カノンの経験値が働きエールの感覚に危険信号を送るものの、遅かった。一本の熱線がエールに直撃する。
炎魔法、バーニングブラスター。展開した魔法陣から強力な熱線を撃ち出す。その威力は極めて強力であり、命中すれば普通の人間は消し炭になって原型も残らない。
「油断したのう。隙だらけなんじゃその防御方法はな。翼で全身をカバーしたら視界が潰れるじゃろ。開いた瞬間に魔法を撃てば絶対に当たると思っておったわ」
一瞬、気を失ったエールが真っ逆様に落下していく。フィアンマはラフィーネの反乱も経験し、かつ生き残ったほどの魔法使いだ。非常に戦い慣れしており、勝負勘もある。扱う炎魔法は攻撃的かつ強力無比であり、遠距離戦を得意としている。ただのおしゃべり婆さんだと思っていると痛い目に遭うのは間違いない。
地面に激突する寸前で意識を取り戻すと、光の翼を羽ばたかせて方向転換し、低空飛行で地面スレスレを飛んで復帰する。フィアンマも飛翔魔法を使って空中に浮かんでおり、腕組みをしながらエールを褒めた。
「えらいのう。万全な状態でもないのにまだ戦う気概があるのか。やる気のある奴は嫌いではないぞ」
「い、言いましたから……絶対に負けませんって……」
「良い子じゃのう。お主を見ていると姫様を思い出すわい。姫様も優しい良い子じゃった……」
姫様、というのはまさかラフィーネのことではないだろう。ラフィーネに身体を乗っ取られてしまったルシアのことだ。
「ルシアと……仲が良かったんですか?」
「なんじゃ。姫様のことを知っておるのか。謁見で会っただけではなかったか?」
「少しだけ話しました……城で迷子になっちゃって。助けてくれました……その、失礼かもしれないですけれど……」
「構わんぞ。言うてみるがよい」
「……友達になれるかなって……そう思ったんです。えへへ……私、友達はそんなに多くないですけど……」
その時、フィアンマは笑っているような、それでいて悲しいような、複雑な表情をした。
「そう、か……姫様と。それは知らなんだ。残念じゃのう。そんな子を殺そうとしていたのか、私は……」




