73話 人質を解放せよ
勝利とともにエールは膝から崩れ落ちた。背後にいたメーティスがエールを支えると、即座に治癒魔法の温かい光に包まれる。ギリギリだった。セレナが咄嗟に通信機でメーティスを呼ばなければ勝てていたかどうか。危ないところだった。
後はエールの往生際の悪さが良い方向に働いた。オルフェウスの音魔法、エレメンタル・ラプソディを食らっている時もエールはしぶとく魔力の充填を続けていたのだ。おかげで上手く不意を突いて当てることができたのである。
「一度、飛行艦に戻りましょう。エール様の負傷はじっくり治さないといけません。このエリアには転移魔法ですぐに来れますからね」
「……そう、ですね……分かりました……」
同じくセレナもスパーダもエールほどではないが負傷している。回復役としては見過ごせない。メーティスがオルフェウスを含む全員を飛行艦に転移させると、艦内の医務室に寝かされた。
メーティスが真っ先に治癒をしたのはエールだった。火傷や裂傷がとにかく酷い。応急処置はしたがこの状態で戦えたのが不思議なくらいだ。治癒には数時間かかるだろうが、すでに操られた七賢者のうち二人を無力化した。十分すぎる戦果である。
治療中もセレナがエールに声をかけて心配そうにしていた。エールは「すぐに治るから大丈夫だよ」と言っていたが、セレナは決してエールの傍を離れることは無かった。
「……ふう! エタニティモードのおかげでしょうか、思ったより早く完治させられそうです。軽く動くだけならもう大丈夫ですわ」
「ありがとうございます、メーティスさん。えへへ……痛みもだいぶん良くなりました」
「いいんです。これが仕事ですからね。今のうちにアグリッパ様とオルフェウス様の容態を確認してきますわ。少しお待ちください」
エールのベッドからメーティスが離れると、入れ替わるようにバルカロールが医務室に飛び込んできた。
「大変だ! 七賢者のフィアンマって奴から通信が来てるぞ! 操縦室まで来れるか!?」
「え……はい、動くだけならもう大丈夫だってメーティスさんが……」
言われるがまま、エールとセレナ、スパーダが操縦室まで移動すると、大画面のモニターに金髪の少女の姿が映っていた。見慣れない服装をしている。極東の国で着られているという和服が一番近い。この少女こそが、七賢者の最古参である占い師フィアンマなのである。
「この私を待たせるとは良い度胸じゃ、侵入者ども。エールとかいう小娘もちゃんと来たようじゃな」
「何言ってるの、この子。エールより小娘じゃん……」
セレナの呟きを聞いたフィアンマは露骨に不機嫌そうな顔をした。
「黙れクソガキ! 私はこれでも200歳を超えとるんじゃ! 七賢者で一番古株なんじゃ! 年上をもっと敬わんか!」
「えっ……あー……はぁ……すいませぇん」
「全然すまんとか思っとらん返事をしとるな。まぁよいわ。お前と話したくて通信したわけではない」
フィアンマの映像が小さくなったかと思うと、どこかの街の映像が大きく映し出された。鋼鉄の壁に囲まれており、天井がある。その様子には見覚えがあった。まさか、これは要塞内の映像ではないのだろうか、とエールは思い至る。
「勘づいたか。これは要塞内の居住区の映像じゃ。このノーアトゥーンが天蓋都市を解体して造られたのは知っておるじゃろう。この居住区はその時、都市で暮らしていた人間をまとめて収容しておるのじゃ」
「何が言いたいんだよ。もったいぶってないでちゃちゃっと言ってくれねぇか」
バルカロールがそう言うと、フィアンマは邪悪な笑みを浮かべて告げた。
「こいつらは人質じゃ。カノンの妹、エール。今から10分以内に一人で居住区まで来い。でなければ人質を一人ずつ殺してやる」
「な……!?」
「そう驚くほどのもんじゃなかろう。ラフィーネ様から指示があってなぁ。エールとか言うのを最優先で殺せと言われておるんじゃ。手段は問わないともな。いいか、一人じゃぞ。一人で居住区まで来るんじゃ」
「……分かりました」
そう言われて拒めるエールではない。フィアンマは外見年齢らしい無垢な顔で笑った。
「うむ。よい返事じゃ。居住区は要塞の最下層にある。急いで来るんじゃぞ。制限時間は10分じゃ」
通信が終わると、バルカロールは頭を抱えながらでかい声で叫んだ。
「どっ……どーすんだよ! 天蓋都市の住民が人質って……! 人質がいるんじゃあ何もできないだろ!」
「そうですね……それにエールはまだ万全じゃない。今戦うのは厳しいですよ……サポートしてくれる仲間もいない……」
「でもー……とにかく行かないと人質が死んじゃうかもー……」
加えて残された時間も少ない。たった10分しか猶予はないのだ。エールたちが方針を立てられずまごついていると、アレイスターが口を挟んできた。
「いや……人質は気にするな。俺が何とかする。転移魔法陣を組めれば住民をディーヴァに移動させることができるかもしれん」
「アレイスターさん……本当ですか!?」
「だが少し時間が必要だ。10分では足りん。一人で作業しなければならんからな……なんとか粘って時間稼ぎをしろ」
「その話、聞かせてもらったよ。私も手伝おう。二人ならもっと短時間で済む」
「二人? 三人の間違いだよ。僕も……身体が動く今のうちに手伝うよ」
「あっ。そういうの得意。私も手伝いま~~~~す」
アグリッパとオルフェウスが操縦室に姿を現わした。すでに洗脳は解けており、正気である。後ろではメーティスが困った様子で立っていた。ついでにヒナも一緒にいる。研究職であるヒナにとって、魔法術式の構築スキルを要する魔法陣の作成などお手の物だ。
「医者としては、まだ動ける身体じゃないと言いたいのですが……もちろんエール様もですよ」
「良いところに来た。メーティス。転移魔法で俺たちを移動させろ。後はこっちでなんとかする」
「アレイスター様、人の話を聞いていたんですか? 仕方ないですね……」
急遽ではあるが話は纏まった。まずはエールが一人で居住区に行く。その間にアレイスター、アグリッパ、オルフェウス、ヒナで転移魔法陣を作り上げ、住民をディーヴァに移動させる。ただ10分以内に転移魔法陣を構築できるかは微妙なところだ。そこはエールが頑張って話を引き延ばすということになった。
メーティスの転移魔法でオルフェウスと戦った場所まで一度転移すると、エールはアレイスターたちと別れた。フィアンマには一人で来いと言われているからだ。操られていたオルフェウスとアグリッパは要塞内の構造を熟知している。魔力を消していればバレないように居住区まで移動できるらしい。
エールは最初と同じく、地面をフラッシュアークバスターで切り抜きながら最下層まで移動した。居住区までの移動はすぐだったが、フィアンマはどこにいるのか。と思っていると、細身のゴーレムの肩に乗って、ゆっくりゆっくりとエールに近づいて来る。フィアンマだ。
「ぴったり10分じゃったな。よく来た。さて、何となく想像がついていると思うが、お主には死んでもらうぞ」
ゴーレムから降りたフィアンマは扇子を開き、口元を隠しながらくすくすと笑った。要するに、人質の命が惜しければ抵抗せずに死ねということであろう。人質がいる以上、エールはそれを無視できない。おそらく最初はそんな手段を取るつもりはなかったのだろうが、仲間が二人やられてなりふり構わなくなってきている。
「そ……その前に!! ひとつ質問していいですかっ!?」
「なんじゃ藪から棒に。くだらない質問だったら答えんぞ」
「そ、その服装……素敵ですねっ。極東に行ったことがあるんですか?」
めちゃくちゃくだらない質問だった。エールも話を引き延ばす術がこれしか思いつかなかったのだ。それに対するフィアンマの反応は。
「ほう……ほう。分かるか、お主! 私の先祖は極東の出身でのう、故郷の文化を遺すために敢えてこの服装にしとるんじゃ!」
案外食いついてきた。これならどうにか転移魔法陣を作り上げるまで、時間を稼げるかもしれない。




