7話 森番のエルフ
晩ご飯を食べながら、エールはポーラからこの村の話を聞いていた。
ポーラがエルフであることから分かるように、この村にはエルフが多く住んでいる。先祖代々、この村の周囲に広がる森を守って暮らしているのだそうだ。
世界が寒冷化したことで人々が住む場所を天蓋都市に移しても、この森のエルフは移り住むことを拒んだのだと言う。
「……じゃあ、ポーラさんも生まれた時からこの村に住んでるんですか?」
「もう200年くらいになる。私はこの村で森番をしていてね……森を守るのが仕事なんだ」
だからこそ森の異常を察知して、エールとセレナを見つけることができたのだ。
ポーラは不思議な力を持っている。自然の声を聞くことができるのだ。
自然と共に生き、魔法に長けたエルフゆえの能力なのだろうか。
一説には魔力を宿した自然には精霊が宿るとされ、その精霊の声を聞いているらしい。さらに力を持った精霊は、妖精となって実体化することもあるそうだ。
「最近、森が騒がしくてね。魔物かと思ったけど……人間で安心したよ」
「えへへ……私たちもポーラさんに会えて良かったです。けど魔物が現れるなんて危ないですね……」
「そうだね。最近は特に様子がおかしい……なにか不穏な気配がするんだ」
天蓋都市に住んでいると、魔物の存在を実感する機会は滅多にない。
なぜなら天蓋都市は銃士隊が24時間休むことなく常に守っているからだ。
敵わないことを理解しているのか、この地域は魔物も比較的大人しい。
それでもなお襲って来るのはドラゴンのような災害級の魔物だけだ。
「森にもよく魔物が現れる……理由は様々だが、全く懲りないよ」
ポーラは飽き飽きした、という表情でシチューを掬ってスプーンを口に運ぶ。
ちらっと彼女から視線を外すと弓矢が立てかけられている。あれで戦うのだろう。最新の魔導銃や魔導砲で武装した銃士からすれば原始的にすら映るが、この村では現役の武器のようだ。
「エール。君たちはなぜこの村に? 見たところ銃士なんだろう?」
「お姉ちゃんを探してるんです。半年前から音信不通になってしまって……」
エールとセレナは休職中にも関わらず、銃士隊の隊服を着っぱなしだった。
これは二人がものぐさなだけでなく隊服が防寒性、耐久性に優れているためである。それでいて動きやすい作りなので、魔物との戦いもあり得る外の世界の旅でも便利なのだ。
ポーラが二人を銃士だと判断したのも隊服を着ているためだった。
「それは大変だね。お姉さんの名前は何て言うんだい?」
「カノンです……冒険者をしてたんですけど……」
その名を聞いた途端、ポーラはスプーンをテーブルに置いて立ち上がった。
とても興奮した様子で身体を乗り出してぐぐっとエールに顔を近づける。
「お姉さんとはまさか『熾天使のカノン』のこと? 君は妹なのか!」
「は、はい……そうですけど……それがどうかしたんですか?」
「そうか……そういえば妹がいるって話してたなぁ……」
我に返ったポーラは椅子に座り直すと改めてエールの顔をしげしげと観察する。
エールはなんだか恥ずかしくなった。きっと姉の顔と見比べているのだろう。
客観的に見てエールと姉のカノンの顔は似ていなかった。
穏やかで綺麗な顔立ちのカノンと違ってエールはどうにも子どもっぽい。
セレナにもからかわれて、ほっぺたを触られたり引っ張られたりするほどだ。
「ポーラさん、お姉ちゃんと会ったことがあるんですか?」
「一度だけだよ。魔物が大量発生して困っていた時に現れて、助けてくれたんだ」
縁とは不思議なものだとエールは感じざるを得ない。
まさか自分たちを助けてくれたポーラがカノンと知り合いだったとは思いもよらなかった。
「瞬きほどの出来事だった。魔物が光に還る中、一人で佇む彼女はあまりに神々しくて……天使が舞い降りてきたんだと思ってしまったね」
『熾天使のカノン』という異名通りだ。姉の戦う姿を見た人間は口々に天使のようだと表現する。カノンはその評判を好んでいないが、妹のエールですらそう思えてならない瞬間がある。
もっとも、最強の冒険者と呼ばれたカノンの武勇は今に始まったことではない。
銃士隊に所属していた時期からそういうエピソードに事欠かない人だった。
万を超える魔物の軍勢を一人で殲滅したとか、国を滅ぼした魔物の王を仕留めたとか。カノン本人が語ることは決してなかったが妹のエールの耳にも自然と入ってくる。
銃士時代はあまりにワンマンアーミーすぎて、上司である隊長と軋轢があったほどだ。冒険者の道を選んだのはそういう息苦しさもあってのことなのかもしれない。
「しかし……ということはカノンが行方不明になったという話は本当なのか」
カノンが行方不明になったという情報は天蓋都市の外にも広がっているらしい。
最強とまで呼ばれた冒険者が突然消えたら、うわさになるのも無理はない。
「お姉ちゃんがくれた手紙には『最果ての楽園』へ行くとありました。きっとお姉ちゃんはそこにいると思うんです」
「なぜそんな場所を……今まで多くの冒険者が楽園を目指したけど、辿り着けた人間が果たしていたかどうか……」
おとぎ話でその地のことを知っている者は多い。
でも、実際に『最果ての楽園』がどこにあるのかは誰も知らない。
ただの古い話に過ぎなくて、本当はそんな場所ないのだろうと考える人もいる。
「でもお姉ちゃんを見つけるって決めたんです。絶対に私が連れて帰るんだって……」
「カノンに限って、死んだとは思えない。大変だとは思うけれど……頑張ってね」
夕食も食べ終わった辺りで話は終わり、エールはせめてものお返しに片付けを手伝うことにした。
セレナと一緒に雑談をしながら台所で食器を洗っていると目の端に鉢植えが映った。
「どうしたの? エール」
「ううん。ポーラさんって自然が好きなんだなぁと思って」
「自然は好きだけど、趣味で置いているわけではないよ。大切なものだ」
食器洗いが終わったところでポーラが後ろから話しかけてきたので、二人はどきっとした。エールとセレナはてっきり観葉植物かと思っていたが違うらしい。
「あれは世界樹の苗木だよ。昔はこの森にも生えていたけど枯れてしまってね」
「それでポーラさんが新しく育てるんですか?」
「そうなんだよ。いずれは森に植えたいんだけど、事情があるんだ……」
世界樹と言われても木の種類に疎いエールたちではピンと来るものがない。
ポーラはそれを理解していたのだろう、丁寧に説明してくれた。
「世界樹の葉は昔から非常に高価で、万病に効く薬の材料になる。自然を崇拝する私たちエルフにとっては、信仰の対象でもあった……と言われている。今や信仰心という意味でその価値は薄れているが」
「す、すごいんですね……何も知りませんでした……」
「世界が寒冷化して以来、枯れてしまった世界樹も多いから知らなくても無理はない」
エールが思っている以上に、世界樹の苗木は貴重なものだった。
苗木を育てることはポーラにとって人生を賭けて取り組むべき大きな仕事なのだ。
「でも困ったことに、魔物がこの苗木を狙ってる。昆虫系の魔物にとっては極上の餌だからね」
「大変なんですね……植えても無事に育てられるかどうか……」
自分のことのように心配するエールを見て、ポーラはくすくすと笑った。
「……さて、君たちを部屋へ案内しよう。ゆっくり休むといい」
エールとセレナはポーラに連れられて寝室へと入り、旅の疲れを癒すのだった。