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68話 リライティングネットワーク

「どう戦うか知りませんが……! それより速くアグリッパさんを倒しますっ!!」


 光の翼を大きく広げたエールは一気に加速して、変身直後のアグリッパへと突撃する。その速度は音速域に到達。エール自身がひとつの砲弾そのものとなる。刻印を押すがごとく敵を粉砕するその一撃は、魔法でもなんでもない単純加速による飛び蹴り。


「これがお姉ちゃん必殺のぉぉぉぉ!! スペリオルエングレイブだぁぁぁぁーーーーっ!!!!」


 単純ゆえに強力。迫りくる必殺の蹴りを前に、アグリッパは多重展開したハニカムプロテクションで防御する構えだ。エールは六重に張られた防御魔法を次々とぶち破り、結晶形態に変身したアグリッパの腹部へと着弾する。


「ふぅん。計算通りだ。君の戦闘能力はすでに数値化して見切っている。やはり問題なく防げたな!」


 直撃したのに効いていない。展開された防御魔法によって威力が減衰したせいだ。アグリッパはエールの足を掴み取るが、エールは身体ごと足を捻って回転し、拘束を脱出。即座に後方へと退避する。


「そんなこと……いつの間に……!?」

「鈍いねぇお嬢さん。君がアレイスターと戦った時にだよ! 君の使う魔法と身体能力は把握済みだ。はっきり言って人間を辞めてるレベルの数値だが、結晶形態になれば十分対処できるという確証も得ている!」


 アグリッパを中心に網目状の結界が球形に展開していく。カノンから託された経験値が告げている。この結界から逃げろと。エールは脱出しようと魔導砲に魔力を込め、結界に向けてプラズマ弾を発射する。その時、異変が起きた。発射されるプラズマの代わりに、筒先からちょろちょろと水が滴り落ちたのである。


「え……!? な、何が起こってるの……!?」

「残念だったね。この魔法が発動した時点で君の詰みだよ。結界内において、全ての攻撃魔法は無害な水魔法に書き換えられる」


 そう言ってアグリッパは肩を竦めてみせた。アレイスターとの戦いを見て以来、ずっと考え続けていた。どうすればカノンの力を受け継いだエールを倒せるか。その答えのひとつが魔導砲を封じる、というものだ。


 身体能力も恐ろしいが、さっきも実証したようにそれは結晶形態で対応できる。問題はやはり、メインの攻撃手段である魔導砲だ。いっそ魔法を無効化するか。だが結界を張って一定範囲内の魔法を無効化しようとすると、今度は自分も魔法が使えなくなってしまう。


 剣や槍などの武器に魔法無効化を付与する案もあったが、銃士相手に近接武器を装備してもあまり意味がない。ではどうするか。その答えがこれだ。エールの使う魔法をすべてアグリッパが自在に掌握できる魔法にしてしまう。つまり、魔法術式を書き換える。


 この場合は、すべての攻撃魔法をアグリッパがもっとも得手とする水魔法にしてしまえばいい。そうすればエールの戦闘能力を完全に殺すことができるだろう。


 ただ、リアルタイムの魔法術式の書き換えなど、人間の演算能力では絶対に不可能だ。おそらく『フィロソフィアの結晶』の力でも借りない限り成功しない。だからアグリッパはこの魔法を使うために結晶形態へと変身したのである。


「これが君を封殺するために開発した私の結界魔法……『リライティングネットワーク』だ。存分に絶望していいんだよ。もう私の勝ちだからね」


 結晶でできた髭をもしゃもしゃと動かし、勝ち誇るように笑った。嘘は言っていない。さっきから魔力を込めて何度も発射しているのに、ずっと水が滴り落ちてくるだけだ。魔導砲以外なら、と光の翼からセイントフェザーを発射しようとしても同じ。水がちょろちょろと零れ落ちてくる。攻撃魔法は全部使い物にならない。


「だったら……この結界を壊せば……!」

「馬~鹿~め~~~~っ! さっきの蹴り技を使う気だろう! 私がそんなことをさせると思うのかね!」


 肉薄したアグリッパがトライデントを振るい、エールに近接攻撃をしかける。無造作に振り下ろされた槍を魔導砲で受け止めた。重い。速さはないが、筋力ではアグリッパが上回っている。連続で放たれる突きを魔導砲で防御しながら、エールは反撃の隙を伺う。


「ほらほらぁ! どうしたどうした! このまま刺し殺してしまうぞ! んん!?」


 狙うなら左側だ。結晶形態に変身する前、左腕の骨をへし折っている。この攻防でも、まるで左腕を庇うかのように右手だけでトライデントを持ち、攻撃を続けている。エールは振り下ろされるトライデントを魔導砲で防ぐように見せかけて、指輪の中に収納し、紙一重で攻撃を躱す。


「なに?」


 これでアグリッパは攻撃を空振りした。その瞬間こそが隙。エールはすかさずアグリッパの左側頭部に手刀を浴びせる。命中したかに思われたその一撃は、しかし左腕によって防がれてしまう。


「そんな……折れた左腕で防御するなんて……!」

「もう治ってるよ。私は七賢者だよ? 簡単な治癒魔法ぐらい使えなくてどうする」


 隙を晒したのはエールの方だった。トライデントの刺突が来る。回避は間に合いそうにない。光の翼で前面を覆い、防御を選んだ。水魔法を帯びたトライデントが光の翼に突き刺さる。その衝撃は重たく、エールを激しく吹っ飛ばして結界に衝突する。


「ぐはっ……!」

「どうだね! 水魔法を込めた魔法槍だ、水の質量が加わった一撃はさぞ重たいだろう!!」


 それだけで終わるアグリッパではない。更なる水魔法を発動させ、エールを追い込んでいく。アグリッパのかざした手から水が大量に生成され、エールを飲み込んだ。結界内は瞬く間に水で満たされ、大渦が生じてエールを襲う。


「メイルシュトロームハザード。大渦に閉じ込めれば機動力は奪ったも同然。さらに、結界内を満水にしたからね。これで息も続かない。さてエールのお嬢さん、まだ抵抗する気力は残っているかね。敗北を認めれば楽に殺してあげるがね?」


 結晶形態に変身している時のアグリッパは、水の中でも自在に動けるし、えら呼吸もできる。このまま何もせずに待つだけでエールを殺すことができる状況にいるというわけだ。変身前にアグリッパが豪語した「絶対に自分の勝利で終わる」は本当なのである。


 魔法は使えない。接近戦でも勝てない。機動力も奪われた。水中では呼吸も続かない。いっそ笑えてしまうぐらいに、エールは窮地に陥っていた。だがそんな絶望的な状況にあっても、まだエールは諦めていない。これでも往生際が悪いのだ。


 もしカノンが生きていたとしたら、きっとこう言うだろう。まだ諦めるには早すぎると。エールの勘はまだ突破口がどこかにあるはずだと言っている。この危機的状況を打破できる何かが。そう、アグリッパの戦術は完璧ではない。どこかに穴がある。


「そう……だ……!」


 閃いた。ただ、そんなことは今まで一度もやったことがない。カノンでさえ試したことはないだろう。でも残された道はこれだけだ。一か八か、成功する可能性に賭ける。


「ん……? 妙な魔力反応だな」


 エールの異変に、アグリッパはいち早く察知した。エールから発せられる魔力が高まっている。まるで何かの魔法を発動しているかのようだ。にも関わらずリライティングネットワークが作動する気配はない。何かの悪足掻きを始めたのは理解できるが、その何かが理解できない。


「……!? どわっ!!?」


 直後、アグリッパは見えない何かに押されたように後方へ吹っ飛び、結界に叩きつけられた。大したダメージではないが、まるで抑え込まれているかのような圧迫感がある。それも非常に強力だ。結界内に満ちている水も、結界の外へ逃げるかのように押しつけられている。


「いかん、この圧力……このままでは結界が耐えられん!?」


 程なくしてアグリッパの結界魔法、リライティングネットワークは崩壊した。荒野に広がる海原に、大量の水がざばざばと零れ落ちていく。崩れ去った結界の中心だった空中には息を切らしているエールと、状況が飲み込めていないアグリッパが浮かんでいた。

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