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6話 道に迷って困ったぞう

 暗い夜はやがて朝を迎えて、降り注ぐ強い吹雪も止んだようだ。

 コボルド退治を終えたエールとセレナは宿屋ですぐに寝て体力回復に努めた。

 戦いで消耗した魔力も今ならすっかり回復したことだろう。


「あの……店主さん、これはどういうことなんですか?」


 宿屋を出ようとすると店主に呼び止められて、ぽんとお金を渡された。エールはお金の入った小袋を持ったまま困惑する。


「お客様のおかげで昨日は助かりましたから。これはその報酬です」

「そ……そんなの受け取れません……普通のことをしただけですよ……」

「ニコラ村からの気持ちだと思ってください。実際に命を救われた者もいます」


 コボルドに手足を齧られてしまい怪我人が出たのは事実だ。

 銃士隊で習った応急手当を施したが大事にならなくて良かった。


「で……でも何だか悪い気が……」

「エール、気持ちは素直に受け取っておこうよ。さぁ行くよ!!」


 セレナが強引に話を纏めて、エールは釈然としないまま引き摺られていく。

 エールは困った人を放っておけない性質の人間だが、どうも遠慮し過ぎる。

 貰えるなら病気以外は何でも受け取っておけばいいと、セレナは思うのだ。


「えっと……エール、次はどこへ行くんだっけ?」


 村の外までエールをずるずると引っ張ってきたのはいいが、行き先が分からない。エールは地図を取り出して広げると、次の目的地を確認する。


「シキミ村ってところだよ。距離から見ても、ちゃんと今日中には着くと思うよ」

「ふーん……ならいいか。春なのにえらく冷えるからね。本当寒くって寒くって」


 エールは平気なのだが、寒がりのセレナはいつもそんなことを言う。

 シキミ村は森の中にある村なのだが、この時二人は『森』を完全に舐めていた。

 土地勘が無くても地図があれば大丈夫だろうと高を括っていたのである。


 どんよりとした雲に覆われた空が、だんだんと暗さを増していく。

 もう何時間彷徨っているのかすら二人には分からなかった。

 シキミ村があるはずの森に足を踏み入れてしばらく経つ。

 もう言い訳はできない。二人は完全に迷っていた。


「はぁ、はぁ……疲れた。道に迷って困ったぞう……」

「ふざけてる場合じゃないよセレナ……もう夜になっちゃうよ……」


 夜になれば気温が下がり、魔物も活発に行動を始めるだろう。

 野宿の用意があればテントを張って寝袋の中でやり過ごすこともできた。

 だが残念なことに、村を経由するつもりだったので野宿の準備をしていない。

 凍えるような寒さと風、あるいは吹雪が二人をダイレクトに襲うだろう。


「やだエール……私まだ死にたくないよ……こんなにピチピチで若いのに!」

「ま、まだ死ぬって決まったわけじゃないよ……きっとなんとかなるよ」

「ああ! どうせ死ぬならウィンターベルの喫茶店で一番高いパフェ食べとくんだったぁ!」


 薄っぺらな後悔を曝け出して、セレナは五体を地面に投げ出して叫んだ。


「……そうだセレナ、こういう時は雪洞を掘れば良いって聞いたような……」

「穴掘ってどーすんの!? こんな装備じゃ自分の墓穴にしかなんないじゃん!」


 というより、ショベルも何もない状態で雪洞を掘るのは至難の業だろう。

 セレナは未だに雪の降り積もった真っ白な地面をごろごろと転がっている。


「ねぇエール……死ぬ前にぎゅってさせて。ぬくもりが欲しい……」

「うん……いいけど……まだ諦めないでね……希望はあるよ……」

「希望を持たずに生きることは、死ぬことに等しい……ってヤツだね……」


 エールはそうしてセレナを励ましながら湯たんぽ代わりとなっていた。

 セレナの暴れる体力が尽きた頃、どこか遠くから雪を踏みしめる足音が聞こえる。二人はそれを逃さなかった。


「助けだ! 助けが来たよエール! おーい! おーい!」

「た、助けてくださぁい! 道に迷って困ってたんです~っ!!」


 二人はその場で飛んだり跳ねたりして必死にSOSを送った。

 必死の想いが届いたのか、足音は確実にこっちへ近づいて来る。


「……こんな夜に何をしているんだ。凍死したいのかな。君たちは何者だ?」


 姿を現したのは驚くほど均整の取れた顔立ちに、長い耳を持つ女性だった。

 防寒着をしっかり着込んだその女性は呆れたように頭を掻いた。

 人間ではない。かといって魔物でもない。亜人、いわゆるエルフだろう。

 ウィンターベルでも滅多にお目にかかれない他種族の一人だ。


「わ……私エールです。ウィンターベルから来ました。シキミ村に行こうとしてたら迷っちゃって……!」

「私はシキミ村のポーラ。森が騒がしいので来てみたけど……原因は君たちか」


 なんと幸運なことだろうか。神はまだエールたちを見放していなかったのだ。

 ポーラと名乗ったエルフの女性が人差し指で森の奥を指差した。


「見捨てるわけにはいかないな。ついてきて。村まで案内するよ」


 ポーラはそう言って、エールたちの二メートル先あたりを歩いて道を案内する。

 特に言葉を交わさず、黙々と歩き進むポーラを信じてエールたちも後を追う。

 やがてエールとセレナは森の樹々がふっと消え失せた地点に到達した。

 そここそが、森の中に切り開かれたシキミ村なのだった。


「シキミ村へようこそ。君たちが良いのなら、私の家に泊まるかい? お代は取らないよ」


 宿代が浮くのでもちろんエールとセレナはその厚意に甘えることにした。ポーラの家は普遍的な木造建築で平屋になっている。ちょうどバンガローのような感じだ。家の中にお邪魔すると、ポーラは部屋の明かりを点けて防寒具を脱いでいく。


「荷物はその辺に置いて。今から食事を作るから」

「い……いいんですか? 食事までご馳走になっても」

「構わないさ。久々のお客様だ。そういう時はもてなしてあげたいだろう?」


 エールとセレナは言われるがままにテーブルに座って、ポーラが料理するのを見ていた。隊舎の食堂でご飯にありつくのが常態化していた二人にとって、それはとても手際のよい作業に感じた。もう16歳になろうというのに、エールもセレナも料理が得意ではないのだ。


「お待たせ。粗末な料理だけど味は悪くないと思うよ」


 テーブルに並べられたのはクリームシチューだった。

 寒空の中、ぐるぐると森を彷徨った二人はすっかり凍えてしまっている。

 そんな時に食べる温かい料理というのは、生き返るように美味しいものなのだ。


 ポーラの人柄も良い。初対面の人間相手だというのに親切にもてなしてくれる。

 二人はポーラがとても大人びたように感じた。エルフは長寿な生き物だ。

 人間が長くても100年しか生きられないのに対して、その10倍、20倍は生きる。

 だから実際に、ポーラはエールたちが感じた通りにずっと大人なのだろう。

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