59話 エタニティモード発動
アレイスターの魔法を避けられたのは、エールにとっても不可解な出来事だった。ある瞬間に魔法が発動するタイミングが感覚としてはっきり分かったのだ。しかも、それは自分の感覚ではない、もう一人の誰かのものだというのが直感的に分かった。
「お姉ちゃんが……守ってくれた……?」
この現象をエールはそう解釈した。自分の中に眠っているカノンの力が守ってくれたのだ。だからアレイスターの雷魔法を避けることに成功した。エールがカノンの力を受け継いでいることを知らないアレイスターはそれが気に入らなかったらしく、吐き捨てるように言った。
「戯言も大概にしろ! そんな馬鹿な話があってたまるか!」
雷鳴が轟く。再びマーダーライトニングが放たれた。カノンの感覚で分かる。今度は連続だ。三発。エールは真正面に向かって走った。背後に雷が落ちて、地面にぶつかるのを肌で感じながら、一気にアレイスターとの距離を詰める。
「……偶然じゃないと言うのか……!」
アレイスターの表情が驚愕に変わる。エールは今までアレイスターの雷を避けることばかり考えていたが、本当に避けられるようになった今は、対アレイスターの光明が見えた。接近戦だ。強力な電磁バリアであらゆる攻撃を防ぐことができるアレイスターだが、バリアの内側に潜り込めば攻撃は通る。
これはディーヴァに来た時、ゴーレムとの戦闘でも使った手だ。魔法使いであるアレイスターは素手の殴り合いなど経験がないだろう。エールは銃士になるとき、体術の訓練も一通り受けた。接近戦もある程度できる。
「接近戦なら俺を倒せると思っているのだろうが、お前を殺せる魔法などいくらでもあるぞ!」
アレイスターの手に光が宿り、雷撃の牙へと変えてエールに放つ。雷魔法のひとつ、サンダータスクだ。これもまた人間など容易く殺せるほどの威力を秘めている。
エールはすかさずブリュンヒルドから浄化弾を放ち、サンダータスクを相殺する。電磁バリアの内側に踏み込んだエールは蹴りをお見舞いするが、アレイスターは飛翔魔法で後方に飛び退いた。
「無駄だったな。お前は空を飛べないし、接近戦でなければ俺に一撃を入れることすらできん。だが俺は、遠距離からお前を殺す手段をいくらでも持っている。いい加減諦めろ」
エールは歯噛みをする。あるいはカノンのように光の翼があればアレイスターへの対抗手段もあっただろう。普通の浄化弾では電磁バリアを突破できない。一か八か、ここは全魔力をかけて挑むしかない。エールは魔導砲に魔力の充填を開始した。
「以前戦った時もそうだったな。最大の魔法に望みを託したか。通じるかどうか、試してみろ」
「やってみなくちゃ……分からない!」
「結果は分かっている。前と同じだ。それでもやりたいならやるがいい」
魔力の充填は終わった。使うのは着弾時、広範囲に炸裂するグランドクロスファイアだ。光の砲弾がアレイスターへと飛来する。アレイスターは避けることもせず電磁バリアを展開して防御。光魔法が命中して十字の形に光が広がった。しかし電磁バリアを突破することはできず、アレイスターは平気な顔で空に浮かんでいた。
最後の一撃も通用しなかった。もう魔力切れだ。アレイスターが冷たい瞳でエールを見下ろしている。セレナやシュタインたちはまだ来ない。時間稼ぎすらできなかったということだ。それでも命尽きるその一瞬まで、エールの目が死ぬことはない。どれだけ恐ろしくて強大な敵だったとしても、心が屈することはない。
「……似ているな。その目。カノンの奴と。血は繋がっていないかもしれんが似ているよ。確かに家族だったんだろうな……せめて楽に殺してやる。お前は健闘した。この七賢者のアレイスター・エレクトリックだけはそれを記憶しておこう」
アレイスターが指を鳴らした瞬間、光の球体がエールを包み込む。これもアレイスターの雷魔法。パニッシュプリズンだ。電撃の球体で敵を覆い、数億ボルトの雷で確実に殺す。球体に閉じ込められたら最後、電撃から逃げることは不可能だ。
「これでラフィーネ様に敵対する者を一人始末した。後は……」
そこで異変に気づいた。パニッシュプリズンがまだ解除されない。球体に閉じ込めた生物が死ねば、自動で魔法は解けるはずなのに。つまり、中にいるエールがまだ生きていることを意味している。防御魔法も使えない人間がどうして電撃を耐えることができるというのか。
「一体何が起こって……!?」
瞬間、電撃の球体が弾けて何かが頭上へ飛びあがった。それは空に浮かぶアレイスターと同じ位置で静止し、花開くように翼を広げたのである。エールだ。光の翼を生やしたエールが、目の前にいる。この時、アレイスターがカノンの姿をエールに重ねても無理はなかった。
「なんだそれは……! カノンと同じ力をお前が持っているとでも言うのか……!」
「これが……お姉ちゃんから受け継いだ力……!?」
驚いたのはアレイスターだけではない。エール自身もまた驚いていたのである。魔力切れになったのに、不思議と身体から魔力が溢れてくる。カノンのように翼で防御できれば、と願ったら本当に光の翼が背中に生えていた。これがカノンから受け取った力なのは疑いようもない。
エールは感覚的に理解した。この力を今まで発揮できなかったのはカノンの力が使いたい、と心の底から願っていなかったからなのではないだろうか。本当に追い込まれた時、強く願うことでようやく発動できたのだ。
カノンの力を発動したこの状態。普段と区別するためにも何か名前が必要だろう。ふと心に浮かんできたのは『エタニティモード』という名前。それがいい。意味はともかく印象はそれに相応しい感じがする。
「カノンから力を受け継いだだと。その光の翼で俺の魔法を防御したということか。望むところだ! お前の中でカノンが生きているのならば、俺も本気で戦う甲斐がある!!」
両腕を広げ、数百はあろう電撃の球体を発射する。雷魔法のひとつ、バラージボルト。威力は高くないが、広範囲に電撃をばら撒くことができ、弾幕を張るのに向いた魔法だ。意図としてはふたつ。まずエールに接近戦をさせないため。そしてもうひとつは、弾幕で機動力を削ぐためだ。
「……分かる。どんな力が使えるのか。どう戦えばいいのか。頭の中に流れ込んでくる……!」
カノンが幾多の戦いで積み上げてきた経験値はエールにも受け継がれている。マーダーライトニングを避けた時もその経験値のおかげだった。どう動き、どう戦うか。エールはカノンの能力だけでなく、その戦闘センスをも使うことができる。
「セイントフェザーっ!!」
エールは翼から大量の光の羽根を射出した。一発一発が正確にバラージボルトとぶつかり、相殺されていく。羽根を断続的に発射しながら直進し、アレイスターの眼前まで近づく。そのスピードにアレイスターは反応できず、距離を置くより先に接近を許す結果となった。
「速……!?」
「これで……どうだぁぁぁぁっ!!」
電磁バリアの内側に入ったエールは迷いなく拳を振りかぶり、右頬をぶん殴った。砲弾さながらの速度でアレイスターは吹き飛ばされ、島の草原へと墜落する。完全に勢いだけでぶん殴ったが殴った後に気づいた。殴るのではなく、零距離から浄化弾を撃てば、アレイスターに植えつけられたラフィーネの精神にダメージを与えられたことに。
「あわわ……やっちゃった。アレイスターさんは洗脳されてるだけだから、傷つけ過ぎたら駄目だよね……」
常人なら確実に死んでいるだろうが、アレイスターは腐ってもディーヴァの防衛担当。生きてはいるはずだ。エールは草原に着地すると光の翼を発動したまま、魔導砲を構え、そろりそろりと地面に倒れているアレイスターに近寄った。




