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5話 吹雪の戦い

 降り注ぐ吹雪の中でコボルドたちはけらけらと笑い出した。

 エールは至って真面目に宣告したつもりなのだが、まるで通じていない。


「ふふふ、ははは……こんなガキに俺たちが負けるわけない」

「脅しなんて無駄だ。一斉に襲いかかろう。それで終わらせてやる」


 当然のことだが、エールの魔導砲は一体しか狙えない。

 数で言えばコボルドが有利。一体倒す間に他の個体に接近されたら負ける。

 そこには撃ち終わって隙だらけのエールがいるはずだからだ。


「はははっ、せいぜい逃げ惑え!!」


 宣言通り一斉に襲い掛かってくるコボルドたち。

 エールはその一体に照準を合わせてプラズマ弾を放つ。

 放たれたプラズマは青白い尾を引きながらコボルドに命中する。

 一体は倒すことができたが、駄目だ。残り四体もいる。間に合わない。


 その時、セレナが持っていたランタンを地面に落とした。

 さらに素早くホルスターから魔導銃を引き抜く。

 両手に一丁ずつ。正確に狙いを定めて魔力を充填、発射。


 放たれたのは魔導砲と同じプラズマ弾。

 一体、二体と青白いプラズマがコボルドの頭部を射抜く。

 残り二体。その鋭い爪と牙がエールとセレナを傷つけることは無い。

 それよりも速く、セレナの魔導銃が残った二体を撃ち抜いたからだ。


「ありがとうセレナ、危なかったね……」

「ま……早撃ちは私の得意技だから。フォローは任せといて」


 エールとセレナが持つ魔導砲と魔導銃。これこそが銃士の武器だ。

 その違いは『弾』のバリエーションと威力の差であり、機能は同じである。

 魔導砲も魔導銃も、魔力を充填するだけで魔法を放てるという点は変わらない。


 これは画期的な発明で、従来魔法とは手間がかかるものだった。

 魔法使いを志す者が何年も苦しい修練を積んで、ようやく使えるようになるもの。しかし研究が進んだ現在においては、こうして魔力さえあれば魔法が使える。


 先ほどコボルドに放ったプラズマ弾も魔法としては雷魔法に分類される。

 魔導砲は威力こそ高いが速射性が低い。一方、魔導銃は威力が低いものの速射性は高い。一長一短の武器を組み合わせて戦うエールとセレナはまさに名コンビと言えるだろう。


「他の場所にもいるかもね。村の中をぐるっと一周してみよう」


 ホルスターに魔導銃を収納して、セレナは落としたランタンを拾う。

 コボルドは弱い魔物だが、腐っても魔物だ。注意を怠ってはならない。


「村の人が襲われてないといいね……」

「うん。あいつら知恵が回るから。人質とか……考えたくないけどね」


 二人が村人の無事を確認し始めた時だった。

 男性の悲鳴が響き渡り、エールは二人の声がする方へ駆け出した。

 後を追うようにセレナが追いかけてランタンで現場を照らす。


 嫌な咀嚼音を鳴らしながら、そいつはいた。

 普通のコボルドよりも一際大きな体格に、ふさふさの体毛。

 武器などは特に持っておらず、だが見るからに普通とは違う特徴がひとつ。

 胸元にダイヤのように光り輝く欠片めいた物体が埋め込まれている。


「なんだこいつら。村の人間じゃないな……おい、知ってるか?」


 胸元に宝石の欠片を埋めた個体が、他のコボルドに問う。

 コボルドたちは示し合わせたように首を横に振るだけだ。


「この肉は硬くて不味い。やっぱり女の肉じゃねぇとな……!」


 コボルドはぶっと勢い良く咀嚼した人肉を吐きだす。

 その足元には憐れにも手足を齧られた村人が転がっていた。


 さいわいと言うべきか骨ごと噛み千切られたというわけではなさそうだ。

 あれなら急いで手当てすれば十分、治る見込みもあるだろう。


「抵抗するなよ。今の俺は強すぎて、お前らを挽き肉にしかねないからなァ!!」


 威勢よく飛びかかるコボルドたち。第二ラウンドのゴングが鳴らされたのだ。

 無論、注意すべきは胸元に宝石の欠片を持つ個体。それはエールが相手をする。


 魔導銃を構えたセレナの相手はそれ以外。全部で三体だ。

 それを得意の早撃ちで正確かつ丁寧に頭部を撃ち抜いていく。


 セレナが使う魔導銃は六発分まで魔力を充填しておける。

 つまり、今回の早撃ちは単純に狙いを素早く定めるだけでいい。

 頭部を失った三体のコボルドは光の粒となって消滅した。


「これでも食らえっ!!」


 同時。エールもまた魔力を充填してプラズマ弾をコボルドに撃ちこんだ。

 魔導銃とは比較にならない高威力の魔法が容赦なく敵を包み込む。


「なんだぁ……? 蚊でも止まったかぁ……?」


 弱小魔物など一撃で灰に変えるプラズマ弾を、そのコボルドは受けきった。

 胸元に宿る宝石の欠片が光り輝き、焼け焦げた身体を再生させていく。


「そ、そんな馬鹿な……! 普通の耐久力じゃないよ……!」

「くくくっ、だから言っただろ。今の俺は強すぎるってなぁ……!」


 エールは動揺せずにいられなかった。こんなコボルド聞いたことがない。

 慌てたエールが再度攻撃のため魔導砲に魔力を充填する。


「させるかァ!!」


 身体の再生が終わったコボルドは鋭い爪をエールに振り下ろす。

 咄嗟にスウェーで避けると、続けざまに降り注ぐ爪による攻撃の嵐。

 一撃でも掠れば肉は裂かれて骨は断たれることだろう。


「エール、距離を取って!」

「うん、わかった!」


 バックステップで距離を置いたエールと、それを追うコボルド。

 その間に立ち塞がるかのようにセレナが割って入る。


「邪魔するなクソアマァ! 貴様から殺してやろうか!!」


 コボルドは構わずセレナに襲いかかるが、紙一重で攻撃を避けられていく。

 銃士は魔導銃や魔導砲といった遠距離武器を扱うポジションだ。


 それゆえ目立たないが彼らは訓練によって高度な体術も習得している。

 たとえ近接戦闘に持ち込まれても対応できる能力を有しているのだ。


 コボルドの相手をセレナがしている間にエールは魔力の充填を続ける。

 セレナはその様子を一瞥してふっと笑みを零した。

 言葉にせずとも付き合いの長い二人は何をするべきか理解している。


 セレナが時間を稼いでいる間に、エールが逆転の切り札を放つ。

 魔導銃では無理だが携行魔導砲に備わった機能ならそれができるのだ。


「ちょこまか逃げるだけか……? そんなんじゃ俺は倒せねぇぞ!」

「かなり強いね、コボルドさん。どうしてそんなに強いのか教えてくれる?」


 セレナのこの発言は、時間稼ぎを意図して放たれたものである。

 だが全能感に支配されているコボルドは気にもせず朗々と返事をした。


「はっ。全てはこの胸に埋め込まれた『欠片』の力よ! 今の俺に敵はいない!」

「ふーん……やっぱそれには意味があったんだ。ま……どうでもいいけどね」

「だったら聞くんじゃねぇよ! いい加減に死にやがれ!!」


 右腕を振りかぶって、大きく弧を描く軌道で爪を振り下ろす。

 セレナはそれを横に避けて、エールが持つ魔導砲の射線から外れた。

 コボルドが二人の狙っていた攻撃に気づいたのはその瞬間である。


「エール、今だよ! 決めちゃって!」

「な……なんだこの光は……!?」


 魔導砲の筒先からまばゆいほどの光が漏れ出している。

 明らかに、あれは『やばい攻撃』だとコボルドの本能が告げている。

 これこそが銃士の切り札。プラズマ弾以上の威力を秘めた荷電粒子砲だ。


「これが銃士の必殺技、ハイペリオンバスターだぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」


 エールの高らかな叫びと共に、膨大な光の奔流がコボルドを飲みこむ。

 宝石の欠片を持つコボルドの再生力をも上回り、その身体を勢いよく吹き飛ばす。村の周囲に設けられた高い柵も破壊して、雪原のどこかへコボルドを放逐してしまった。


「いぇいっ、上手く決まったね。エール!」

「うん……ちゃんと当たるのかドキドキしたよ……」

「エールは心配性だなぁ。私は絶対外さないって分かってたよ」


 魔力を使い果たしてへとへとのエールの頭をセレナはよしよしと撫で回す。

 ハイペリオンバスターはプラズマ弾とは比較にならない威力があるのだ。

 頑丈な竜鱗ですら貫くことができると言えば、その凄さも理解できるだろう。


 ただし魔力の消費量も通常のプラズマ弾以上である。

 まだまだ未熟なエールの魔力量では撃ててもせいぜい一発だ。


「もう大丈夫だと思うけど……一応、他にもコボルドがいないか探す?」

「セレナ、その前に襲われてた村の人を手当てしてあげないと!」

「あっ……それもそうか。すみません、大丈夫ですかー!?」


 エールとセレナはコボルドに腕や足を齧られて倒れる村人の救助に入る。

 コボルドたちはまだ村に何体か残っていたが、戦況の不利を悟って逃げ出した。


 ハイペリオンバスターを食らった個体はと言えば、なんとまだ生きていた。

 身体の大部分が消滅したにも関わらず執念深く身体をじわじわと再生させる。

 だが、再生が遅い。それよりも早く身体が光の粒となって消滅していくのだ。


「う、うう……ううう……誰か。誰か助けてくれぇ……」


 助けを求めて悲痛な声を漏らすコボルドの前に現れたのは、白衣の男。

 塵一つない清潔なローブで身を包み、顔の右半分を仮面で覆った謎の人物だ。


「……駄目だな。そうなっては『欠片』の力も意味がない。君は間もなく死ぬ」

「た、助けてくれよ……そうだ……お前は医者なんだろ。治してくれ……!」


 フィロソフィアの欠片が与える『力』があれば、並みの冒険者なら殺せると思っていた。ニコラ村がどうなろうと白衣の男の知ったことではなかったが、ある意味誤算だ。


「あれがこの国の銃士か……注意すべき存在かも知れないな」


 コボルドの存在を無視して、白衣の男はあくまで独白を貫く。

 どんどん消滅していくことに恐怖を覚えたコボルドは堪らず叫んだ。


「助っ……助けてくれぇ……! 嫌だ、死にたくない、死にだぐなっ」


 白衣の男がコボルドの頭部を踏み潰すとその肉体は跡形も無く消滅する。

 その残滓たる光の粒は雪のようにふわふわと空へ舞い上がって、やがて大気に溶けた。

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