47話 お別れしない方法
セレナは不思議だった。自分の周囲には妖精が一人も来ないのにスパーダの周りには妖精が集まっていることに。なぜだ。こんなにも美人で優しいのに。
スパーダとの違いが分からない。これは最早何かの陰謀に違いない。ぐぬぬ、と密かに拳を握り締めて悔しさを噛みしめた。
「アンタも妖精には好かれないタチなのねぇ……私と一緒だわ。妖精って好き嫌いが激しいのよね」
隣にいるマーリンがぼそりと呟く。そんな情報は初耳だ。エリーゼとは普通に会話していたし、自分を嫌ってもいないはず。とはいえエリーゼは寝ながら空をふらふら飛び回って迷子になるような子なので、警戒心というものが全くない。だからこそ普通に付き合えたのかもしれない。
「それは初めて知りました。後学のためにお聞きしたいんですけど、どういう性格の人間だと好かれやすいんですか」
「そうね……純粋な子とか。優しい子とか。心が綺麗な人を好むわ。自分では言いたくないけど私って性格キツいみたいなのよね。だから妖精にはあまり好かれてない。近づいても逃げられちゃうくらいだから」
確かにエールの姉、カノンと会った時にもマーリンが近づいた途端、妖精が逃げるように去っていった。ではセレナよりスパーダの方が心が綺麗だとでも言うのか。疑問に感じたが、すぐさま自分が煩悩の塊だったことを思い出し、そうなのか、と納得してしまった。
「はぁ……なるほどなぁ。それじゃあ仕方ないかぁ……」
「人間には良い心も悪い心もあるもんだぞ。そんなに気にするなよ」
余程ショックを受けてるように見えたのか遂にはバルカロールにまで励まされる始末だ。だがどちらかというと、セレナの思考は妖精が珍しいことの理由を解明できたことに傾いていた。
「だから妖精って滅多に見かけないんですね……好かれる人間が少ないから、会う機会も少ないってことですか」
「そうかもしれないわね。ディーヴァで暮らしてればかなりの頻度で会えるけど……」
スパーダの語りが一段落したところで、時間も良い頃合いになってきた。そろそろ戻らないとエールとカノンを待たせることになりそうだ。エリーゼは長年の相棒と別れるのが悲しいのか、涙をぽろぽろと零してスパーダに泣きついている。
「やだよ……スパーダと離れたくない……もっと一緒にいてー……」
「それは出来ないよ……エリーゼはこれから家族と幸せに暮らすんだよ。ずっと一緒にはいられない」
スパーダも心の中では泣きたい気持ちでいっぱいだったが必死に堪えた。エリーゼはたったの7歳だが、スパーダはもう16歳だ。こんなことで泣いているわけにはいかない。年齢を持ち出すのはかえって幼さの表れかも知れないが自分まで泣き出したら収拾がつかなくなる。平静を装ったまま別れを告げようとした瞬間、マーリンが話に割って入った。
「あるわよ。ずっと一緒にいる方法。すっごく簡単で素敵で魅力的な方法がね」
マーリンは何でもない、簡単なことであるかのように言った。
「それは……どういうことですか。確かに一緒にいられるのは嬉しいですが……」
「アンタ、私の助手になりなさい。このディーヴァに住んで妖精の管理を手伝うのよ。アンタにはその才能があるわ」
思いがけない申し出だった。だが才能がある、と言われても才能を発揮するようなことをスパーダはした覚えがない。ただ妖精とお喋りをしていたくらいである。楽しそうに聞いてくれて満足はしたがそれだけだ。
「よく分かってないみたいね。妖精に好かれる才能がアンタにはあるの。それって私にはない貴重な能力よ。それに冒険者なんでしょう。ということは戦いもある程度、出来ると考えてもいいのよね?」
「それは……まぁ。剣の腕なら少し自信があります」
「それでいいのよ、それでね。この島は今、ちょっとヤバい奴に狙われてるから。防衛用のゴーレムと私たち七賢者しか戦力がいないの。一緒に戦ってくれる人が欲しいのよね」
スパーダは迷っているようだった。嬉しい提案だったが、突然そんなことを言われて少々困っている様子だ。
「ちなみにヤバい奴って……どんぐらいヤバいんですか。マーリンさん」
「話すと長くなるけど、このディーヴァ最大の汚点よ。かつてそいつが暴れ回った時は、島の半数が死傷者になって、当時の七賢者のうち5人が死亡したわ」
マーリンの提案は一見魅力的に見えるが、その実、かなりの危険を伴っているようだ。そんな奴と戦って生き残れるのか正直微妙だ。とはいえエリーゼは今まで一緒に旅をしてきた仲間である。仲間の平穏を脅かそうとする敵と戦うのに抵抗感はない。セレナがそう感じたのだから、スパーダもそう感じているだろう。
「……少し考えさせてください。冒険者を辞めて、この島で生きる道はきっと良い選択だと思うのですが……決心がつかなくて」
「別にいいわよ。ギリギリまで待ってあげるから。思う存分考えてみなさい」
妖精たちに別れを告げてシャムロックを離れようとした時、セレナは「あっ」と何かを思い出したようにポケットから小瓶を取り出した。長い間、すっかり忘れていたが、かつてイエティと戦った際に拾った欠片がこの小瓶に入っている。
ダイヤに似た輝きを有していて、宝石のようだが、どうもこの欠片を使うと回復力が上がったり、頑丈になったり、魔法が使えるようになったりするらしいなのだ。イエティはこの欠片を用いてセレナとエールを苦しめ、必殺のハイペリオンバスターさえ防いでしまった。
この欠片が一体何なのか。セレナはかねてよりそれを知りたいと思っていた。同じものを所持してたヒュドラはこの欠片についてある程度知識があったらしく、舌を噛みそうな名前を言っていた気がする。『ぴよぴよぴっぴの欠片』だったか。
「あの……マーリンさん、この欠片について何か知りませんか? 旅の途中で戦った魔物が持っていたんです」
マーリンは目を細めて、欠片の入った小瓶を受け取るとしばらくじっとそれを見つめていた。マーリンはそれをセレナに返さず、「私が預かっておくわ」とだけ言って自分の懐にしまいこんだ。
「これは『フィロソフィアの欠片』と呼ばれるものよ。使えば高純度の魔力によって、様々な力が発揮できるようになる。魔法の心得がなくても、魔法が使えるようになったり。肉体がすごく頑丈になったり、怪我をしてもすぐ治ったりね」
「私たちが戦った魔物も、まさにそんなことをしていました。おかげで倒すのが大変で……苦労しましたよ!」
「でもこの欠片には副作用があってね。使えば使うほど肉体に負荷がかかるの。最悪、肉体が崩壊して死に至るわ」
しこりの残る結末だったあのイエティの最期にもようやく納得できた。
イエティはこの『フィロソフィアの欠片』を使い過ぎて死んでしまったのだ。
「これは昔の七賢者が研究の過程で生み出した副産物よ。もっとも、危ないから製造法は厳重に封印されてるけどね……」
「それってつまり……このディーヴァでしか手に入らないってことですか。なんでそんなものが外の世界に?」
「ラフィーネの仕業……としか言えない。もっとも、私もこれが外に出回ってるなんて今知った。それは重大な意味を持ってるわ」
ラフィーネ。かつてヒュドラが口にしていた名前だ。エールも無人島でそいつに出会ったと以前にセレナとスパーダに語っていた。点と点が結ばれて線になる感覚をセレナは味わうことになった。
「マーリンさん、ラフィーネって何者なんですか。明らかに普通じゃないのは分かりますけど……」
「さっき話したヤバい奴のことよ。血縁上は姫様の母親だわ。そうとは思えない程に性格は違うけどね」
マーリンはそれだけ告げてエールたちのいる花畑へと歩き出す。
セレナたちは妖精の見送りの中、先を歩くマーリンを追いかけた。




