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45話 カノンとの約束

 エールはラフィーネと会いこそしたが、魔物を率いて何を企んでいたかまでは知らなかった。知ろうとも思っていなかったのである。彼女のことを思い出すと深淵を覗き込んだかのような恐ろしい気持ちで満たされる。出来ることならもう二度と関わりたくない。まさか姉と関係しているなんて想像外の事実だ。


「……お姉ちゃん。私、会ったことあるよ。その人と……ちょっとだけ」


 ほんの少しだけ関わった程度ではあるが、エールは正直にその時のことを話した。魔物退治で海に飛び込んでヒュドラを退治したものの、力尽きてしまい無人島に流れ着いたこと。その無人島でラフィーネと出会ったことを。カノンは隣に座っていたエールを抱き寄せて話に耳を傾ける。


「……そうだったんだね。エールが無事で良かった……本当に良かった」

「お姉ちゃんはその……ラフィーネっていう人と戦ったことがあるの?」

「あるよ。何度も戦った。でも最後には逃げられてしまうんだよ……困ったことにね」


 突然カノンが花畑の中に寝転がった。エールもつい一緒になって寝転ぶ。空には爽やかな快晴が広がっている。良い天気だ。耳を澄ませば小鳥のさえずりが聴こえる。楽園が警戒態勢に入っている、とはアスクレピオスが言っていたことだったか。この自然の中にいるとそういう風には見えない。


「ディーヴァに来たのは決着をつけるためなんだ。ラフィーネは最終的にこの世界を自分の思うがままに支配しようと考えてる。自分にはその『資格』と『力』があると思ってるんだ。なにせ、魔法で世界を救ったお姫様の血統を受け継いでいるんだからね」

「お姉ちゃん……それってギルドの依頼でやってることなの?」


 ギルド、とは言わずもがな冒険者ギルドのことだ。冒険者に仕事を斡旋してくれる組織で、冒険者なら誰もがこの組織に所属する。当然ながらカノンも冒険者ギルドの一員だ。先に話したヒュドラ退治などはまさに冒険者ギルドが斡旋していた依頼である。


「最初はそうだったけど、今は違うよ……なんて言ったらいいだろう。宿敵ってやつかな。私にとって必ず倒さないといけない相手なんだ。きっとラフィーネも同じことを考えているだろうね」


 カノンは多くを語らなかったが何度も戦ったという話から深い因縁があるのは理解できる。もしラフィーネと出会ったあの時、エールがカノンの妹だと知っていたら碌な目に遭わなかったはずだ。ラフィーネからしてみればエールなど路傍の石と変わらなかったのだろうが、そう思われたのはかえって幸運だった。


 寝転ぶカノンの横顔は綺麗な稜線を描いて、つんと高い鼻が空を向いていた。楽園の姫様も非常に美しい容姿の持ち主だったが、自分のお姉ちゃんだって負けてない、いや、大人っぽくてスタイルも良い分勝っている、とエールは密かに思う。


 カノンがこの楽園に来た理由は分かった。きっとラフィーネとの戦いは避けられぬ運命なのだ。自分ごときがその戦いに割って入って協力する、とまでは言い出せない。どう頑張っても足手纏いにしかならない。けどもしその戦いが無事に終わったなら。


 もしじゃない。無事に終わって当然だ。カノンは必ず勝つ。そんな悪い人になんか、私のお姉ちゃんが負けるわけない。エールはそう信じ切っている。だから思いを巡らせるのはその後のことだ。


 カノンが顔をエールに向けて澄んだ瞳で見つめる。エールが何かを言いたそうにしているのを察して待っているのだ。こんなことを言うのは初めてだったから、少し照れくさい。


「あの……お姉ちゃん。その……ラフィーネって人との戦いが終わったら。私……お姉ちゃんと一緒に暮らしたいな。迷惑だったら……止めておくけど……」


 我ながら非常に歯切れの悪い話し方だと思った。両親が病で亡くなる時、父も母ももう家族はお互い姉妹しか居ないのだから、仲良く過ごして欲しいと言っていた。まるで懇願するかのような言い方だったことを覚えている。


 姉妹なのだから、仲良く。とはいえカノンにはカノンの意思があり、断られるのも半分覚悟していた。この旅は元々行方不明だったカノンを見つけ、無事を確認する旅だった。魔物との戦いに事欠かない危険な旅だったが本当に再会できたのだ。それ以上を求めるのは罰当たりかもしれない。


「もちろん構わないよ。エールがそう望むのなら」


 エールの想像に反して、カノンは柔和な微笑を浮かべてあっさりと承諾してくれた。あまりにもあっさりだったのでエールはかえって驚いてしまい飛び起きてもう一度確認した。


「……え。本当に!? いいの……!?」

「駄目って言った方が良かったのかな。エールは不思議なことを言うんだね」

「一緒に暮らすってことは冒険者の仕事もできないんだよ!? 自由に外を冒険出来なくなるのに」


 カノンはくすくすと笑いながら、うーんと伸びをしてゆっくり起き上がる。


「それは寂しいね……冒険者の仕事は気に入っているから」

「じゃあ……なんで?」

「いつまでも風の吹くまま気の向くままというわけにはいかないからね」

「お姉ちゃんでも考えるんだ……将来のこと……」


 いつだってカノンから送られてくる手紙は、未だ見ぬ世界への好奇心と自由な旅を愛する気持ちで溢れていた。楽しいことばかりではないし、時には割り切れない出来事もあるが、いつも最後には冒険者で良かったという感想で締めくくられる。そのカノンが冒険者をあっさり止めると言ってくれたのだ。


「そんな風に思っていたの? それならエールはちゃんと私とどうやって一緒に暮らして行くか、将来設計を練ってくれていたんだよね?」

「えっと……お父さんとお母さんみたいにパン屋をするの。すぐには無理かもしれないけど……お金を貯めて店を開くんだよ。お姉ちゃんは美人だからきっとお客さんいっぱい来るよ……」

「そうなんだね。一人だったらそんな勇気無いけど、エールと二人なら出来そうな気がしてくるよ」


 両親がパン屋だったのでエールもカノンも幼い頃、仕事を手伝った記憶がある。エールは正直料理は得意ではないのだがパン屋の娘だから頑張って修行すれば何とかなるだろうという楽観的な考えを抱いていた。


「でも……さっき言ったように、この楽園は近いうち戦場になる。ここにいるとエールの身が危険だ。探しに来てもらって悪いけれど……先にウィンターベルに帰るんだ。戦いが終わったら私も戻るよ」


 それは当然の判断であるかのように思われた。だがエールはカノンの澄んだ瞳に一瞬、翳りが見えたような気がした。まるで隠し事をしているかのような。素直に頷いたら、せっかく再会できたのにまた遠く離れて行ってしまうような、そんな気がしてならなかった。


「……じゃあ。お姉ちゃん、約束だよ。戦いが終わったら、必ず帰ってきてね」

「もちろんさ。ラフィーネを倒したらすぐに帰る。絶対に約束する」

「……うん。待ってる。ずっと待ってるからね。約束は破っちゃ駄目だよ」


 約束。そう言ってエールが小指を差し出し、カノンの小指に絡める。指切りげんまんだ。姉妹で約束事をする時はよくこうしていた。指切りげんまんで約束をした時、約束が破られたことは一度も無い。今度だってそうなるはずだ。

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