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44話 花吹雪の中の再会

「あ。そうそう。これを渡しておくわ。無くさないように持ってて」


 城から出る前にマーリンがエール、セレナ、スパーダ、バルカロールにそれぞれ手渡す。ペンダントのようだ。まさか楽園に来た記念のプレゼントというわけではあるまい。きっと何か特別なものに違いない。


「居場所が分かるように外から来た人には渡してるの。探知魔法で位置を特定できるように魔法を掛けてあるのよ。エール、アンタのお姉さんの場所も分かるから。さて行きましょうか」


 ヴァールハイト城は丘の上にあり眼下に街並みが広がっている。上から見ると街は綺麗に区画整備されていることがよく分かった。それでいて建築物の様式は壮麗で美しさを感じる。おとぎ話に出てくる想像上の絵をそのまま形にしてしまったかのようだ。


「街には行かないわよ。逆ね。こっちについて来なさい」


 エールが眼下の街をじっと見ていたせいか何気なくマーリンに注意された。

 先頭のマーリンは街とは反対方向、木々が立ち並ぶ森へ進んでいく。

 なんだか幼い頃、姉と一緒に天蓋都市内の自然地域で遊んだことを思い出す。

 地域内には森や花畑があって門限になるまでずっと二人で遊んだものだ。


「この島には魔物なんていないから安心しといて。妖精はいるけどね」


 マーリンの説明でエールは腑に落ちた。ここにはエールが旅で感じた薄氷を踏むような危険と隣り合わせの気配がまるでない。天蓋都市の中にも似た明るさや安心感がある。悪く言えば作られた雰囲気がするのだ。住む者にとってはまさしく楽園だろう。ひとつひとつ、全てが丹念に統制され、管理されている。


 しかもこの楽園は七賢者という強大な戦力が常に目を光らせて守っているのだ。例え天蓋都市でもここまで安全ではない。天蓋都市でも竜のような魔物が現れたら滅ぼされる危険はある。


 森を抜けた先には花畑があった。黄色、桃色、青色、橙色。様々な色の花が咲き誇りグラデーションを描いている。温かな風が吹き、花は揺れて花吹雪が舞い踊る。


 やっぱりどうしても思い出してしまう。姉と一緒にいた幼い頃の日々を。手を繋いでずっと一緒だったあの平穏な毎日を。思い出に浸りながら花畑の中を進むとエールは息が止まりそうになった。


「えぇぇぇ。お宝の指輪を盗んだら呪いで竜になっちゃうの。こわーい」

「お姉ちゃんはそれでどうしたの? 倒しちゃったのー?」

「倒しちゃうのは酷いんじゃないかな……好きでそんな姿になったわけじゃないからね。試しに指輪を壊してみたら呪いが解けてその人は元に戻れたんだ。二度と盗みはやらないと誓っていたよ」


 花畑の中に座る一人の女性が妖精と何かを話している。女性の声は天使の囁きのような透明感があった。妖精は頭に花冠を乗せている。花の妖精なのだろうか。二人の妖精が羽根で空を飛び女性の周囲をくるくると楽しそうに回る。


 女性は冒険者らしかった。純白の軍服風ジャケットに、下はスカートとスパッツでブーツを履いている。銀灰色の髪が風でなびいている。非常に均整の取れた美しい顔立ちは聖母かのようだ。


「うわー。マーリンだ。リリー、逃げなきゃ! お姉ちゃんまた今度ねー!」

「また楽しい冒険のお話聞かせてねー。またねー!」


 マーリンの存在に気づいた二人の花の妖精は逃げるように花畑を去っていった。妖精と話していた女性はこちらを見ると微笑みながら立ち上がる。気がつけばエールの目から大粒の涙が零れ落ちていた。


「お姉ちゃん……」


 無意識の呟きだった。涙を拭うことも忘れてエールは駆け出していた。視界は滲んでもう姉の顔もよく見えなかったが、姉は微笑んだままだ。どこか困ったような顔にも見える。気のせいではないだろう。姉妹なのだからそれくらい分かる。でも今は再会できた嬉しい気持ちが抑えられなかった。


「お姉ちゃぁん! 会いたかった……会いたかったよぉ~っ!!」


 子供の頃に戻った気持ちで姉の胸に飛び込んだ。柔らかい。温かくてマシュマロみたいな甘い匂いがする。懐かしい匂いだ。姉のカノンはエールを両手でぎゅーっと抱き締めてから頭を優しく撫でてくれた。心が落ち着くのが分かる。


「……久しぶりだね、エール。こんなところで会えるなんて思わなかったけど……元気そうで良かった」

「本当に。本当に……久しぶりなんてものじゃないんだからね。手紙が届かなくなってずっと心配してたんだから……! もう二度と会えないかもって、そう思ったことだってあるんだから……」

「ごめんね。ディーヴァは外の世界に郵便を送ってくれないんだ。そればかりは仕方なくて……」


 姉の冴えない言い訳を聞いてエールは苦笑した。悪いとは思っているらしい。それだけで十分だ。無事に再会できたことを喜びたい。今はその気持ちを大切にしたかった。


「か、カノンのお姉さん! お久しぶりです、セレナですっ」

「セレナも。エールと一緒に私を探してくれたんだね。ありがとう」

「えへっ。いえいえ。それほどのことは……エール一人で行かせるのも心配だったので」


 セレナとスパーダが後から追いかけてくる。セレナもカノンと会うのは久しぶりだった。エールですらカノンが冒険者になってからは手紙でやり取りすることが多くて直接対面する回数は少なかった。


「それにスパーダまで。首都で会って以来だね。来るのは大変だったろう?」

「はい。覚えていてくれて嬉しいです。カノンさんとは少し話しただけでしたので……」

「忘れるわけないさ。同じ冒険者だからね。同業者のことは覚えておくものだよ」


 エールはカノンと話したいことが山ほどあった。ここまでの旅もそうだが、将来的にカノンと一緒に暮らしたいという夢のことも。二人で両親のようにパン屋を開くのがエールの理想像なのだ。


 すぐには無理かもしれない。少なくともカノンが冒険者の仕事を続けたいというならば実現出来ない話だ。冒険者は仕事上、頻繁に外へ出かける必要がある。


 でもカノンだっていつまでも冒険者の仕事が出来るわけではない。月日が経てば老いるし腕も鈍っていく。将来的には落ち着いた仕事に転職するのが冒険者の王道パターンというものだ。


「話したいならここで話してていいわよ。後で迎えに来るから。私はその間にエリーゼを両親のところへ連れて行くわ」

「あっ……それじゃあ僕も行きます。エリーゼのご両親にも会ってみたいので」

「じゃあ私も行くかな。エールもお姉さんと二人きりで色々と話したいだろうし」


 セレナはパチンと片目を瞑ってエールにウインクした。気を利かせてくれたのだろう。確かにこれからについての話は姉妹水入らずでじっくりとやりたい。後で合流しようね、と言ってマーリンたちは先へ進んでいった。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんは何でこの楽園まで来たの? 理由は手紙に書いてなかったけど……」


 ずっとカノンに抱き着いていたエールはカノンと一緒に花畑の中に座った。

 気になっていたのは姉のカノンがなぜこの楽園を目指したのかということだ。

 カノンは気まぐれなところがあるので、急に世界の果てが見たくなって目指した、とかそんな軽い理由なのかもしれない。その可能性は十分に考えられたので、エールは何気なく聞いたつもりだった。


「そうだね……その話をするのは少し長くなるよ……いいかな?」


 カノンの透明な声色は少しだけ重い口調だった。エールが想像していたより大切な事情があってこのディーヴァまで来たのだと窺うことができる。ピクニック気分なわけじゃないのは確かだ。


「この世界を『管理』という名目で支配したがっている人がいるんだ。いや……もう人と言っていいのか微妙な存在ではあるんだけど」

「え……世界って……どういうことなの?」


 突然スケールの大きな話になってエールは戸惑いを隠せなかったが、余計なことは聞かなかった。カノンが話を続ける。


「その人は元々楽園の姫様で、ここを追い出された恨みからこの楽園を滅ぼそうとしている。その人の名前は……ラフィーネ。エールはルシア姫に会ったかな。血縁的には彼女の母親にあたる人物だ」


 カノンの口からその名を聞くことになるとは想像もしていなかった。ラフィーネ。無貌の魔法使いなどとも呼ばれている。セイレーンのアヴリルが住む無人島で出会った、魔物を操る怪しげな幽霊のような存在だ。

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