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40話 謎の島への上陸

 荒々しい夜の海をトロイメライ号は突き進む。海図の上では北東に進んでも何もない。だがバルカロールはエリーゼの言葉を信じた。船長として航海を続けてきた彼の直感が何かあるはずだと言っている。夜通し航行するので、今は寝ておけとバルカロールに指示されエールは部屋に戻った。


 部屋ではスパーダがベッドで熟睡しており、セレナも寝間着姿で寝転んでいる。エリーゼと一緒に戻ったエールもいそいそと寝間着に着替え始める。


「ね、エール。船が動いてるみたいだけど何かあったの?」

「エリーゼが北東に何かあるって。もしかしたら楽園があるかもしれないよ」

「えっ! 一大事じゃん! 寝てる場合じゃなくない!?」


 セレナは飛び上がるようにベッドから起き上がった。

 だがエールは枕をぽんぽんと叩いて柔らかさを確かめ、ベッドに潜り込む。

 エリーゼも疲れたのか何も言わずスパーダのベッドへと入る。


「ううん。すぐに着くわけじゃないから。バルカロールさんが今は休めって」

「あっ……そうなの……じゃあ気を取り直してじっくり寝ますか」


 じっくり寝るか、とセレナは言ったが気になってエールは中々寝つけなかった。

 夜が明ける頃にエールは一人で甲板まで出て外の様子を確認しに行った。

 望遠鏡を持参してきたが、周囲にそれらしい島などは見つからない。


 エリーゼの発言は間違っていたのか。いや、そんなはずはない。

 あれだけ真剣に、必死に、手がかりを探そうとしたエリーゼの行為が無駄なわけがない。水平線まで荒れた波だけが広がるこの海に『何か』があるはずなのだ。


 結果から言えばエリーゼの感じた気配は間違いではなかった。

 突如としてトロイメライ号の眼前に大きな島が出現したのである。

 海を観察していたから分かる。島などさっきまで何処にも存在していなかった。


 あまりにも間近に出現したため船が島の岸壁に激突しそうだ。

 操舵室にいた船乗りは慌てて船を操り、面舵いっぱいでギリギリ回避する。


「なんじゃこりゃあ! マジで魔法の力で隠れてたってのかぁ!?」


 バルカロールが驚愕した様子でどたばたと甲板までやって来る。

 確かにそういう話をしていたが、本当にあるとは思ってなかった。

 船はしばらく様子を見るように島の外周に沿って航行していた。


 目視する限り、島には街がある。城がある。港もある。

 『最果ての楽園』なのかは断定できないが、誰かが住んでいるのは確かだ。

 ともかく島の正体を確かめるためにも調査する必要があるだろう。


「スパーダ、体調は大丈夫? 無理なら休んでても……」

「大丈夫だよエール。僕も一緒に行かせてほしいんだ。ここが本当にエリーゼの故郷なら、寝てる暇なんてないよ」


 トロイメライ号を港に停泊させると、エール、セレナ、スパーダ、エリーゼの四人は謎の島へと上陸した。少なくとも港に人の気配は無い。目指すなら船から見えていた街だ。どうして急に島が出現したのか。ここが本当に『最果ての楽園』なのか。数々の疑問を解決するには島の住民に聞くのが手っ取り早い。


 気温は暖かい。どこか遠くから鳥のさえずりが聴こえてくる。

 道の両脇には伸び伸びと桜の木が生えており春らしい季節を感じた。


 のどかな様子に危うく落ち着きを覚えそうになるが、ここは北極圏。

 あまりにも自然豊かだ。これほど人間が過ごしやすい気候の島は通常、北極圏はおろか今の世界にはそうそう存在しない。


「うーん。なんか天蓋都市みたい。暖か~い。防寒着要らないね、エール」

「そうだね……隊服だけでも暑いくらい……どうなってるんだろう」

「ある意味、楽園のおとぎ話と一致しているね。魔法には詳しくないけど、島自体が天蓋都市のような魔法で覆われているのかもしれない」


 スパーダの考察はあり得そうな話だ。楽園には高度な魔法の技術があり、天蓋都市の維持に使われている魔法も楽園がもたらしたものだとされている。メーテルリンク伯爵ことエンリケがそう言っていた。ならば本家本元の『最果ての楽園』も同じようなことが出来て当然だ。


「みんな待ってー……何か……来る……!」


 スパーダの腰袋の中に入っていたエリーゼがふよふよと宙を舞う。

 彼女が頭上の空を見上げれば、途端に暗雲が垂れ込め不穏な気配が漂い始める。

 局所的に発生した漆黒の雲が雷鳴を轟かせ、エールたちの眼前に雷が落ちた。


「うわっ! なに!? 青天の霹靂!?」


 そう言いたくなるセレナの気持ちも分かる。

 先程までの晴れ渡る青い空から一転、突然雷が落ちてきたのだ。

 雷が落ちた場所にはいつの間にか一人の青年が立っていた。


 いや――落雷と共に現れたと言った方が正しいのだろう。

 漆黒のローブを纏い、毬栗のようなつんつんの黒髪に冷たい真紅の瞳。

 雷と共に現れた青年はエールたちを見下すようにじろりと睨みつけた。


「お前たちが侵入者か。そこの妖精を置いて去れ。これは命令だ」


 青年は短く、異論を挟む余地も与えず、一方的に宣告した。

 こちらも目的があってここまで来た。はいそうですかと受け入れるわけがない。

 特に気の強いセレナは誰よりも早く反射的に青年に言い返していた。


「は? 何処の誰かも分からない奴に渡すわけないでしょ! エリーゼは私たちの仲間なのよ!」

「知るか。ディーヴァの住民だった妖精は保護するが、それ以外は排除するだけだ。仕事なんでな」


 青年の物言いにセレナの頭の血管が切れる音が聞こえた気がする。

 このまま彼女に喋らせては不味い。最悪、戦いに発展するかもしれない。


「あ……あのっ。この島の名前、ディーヴァって言うんですか。私たちは『最果ての楽園』を目指してここまで来たんです!」


 じろり、と青年の視線がエールを射抜いた。有無を言わせぬ冷たい目。

 落ち着いて事情を話せば分かってくれる、なんて淡い期待は抱かせない。


「それくらいは教えておいてやる。お前たちがいる島の名はディーヴァ。外の世界では『最果ての楽園』などと呼ばれ、伝承やおとぎ話になっていると聞く」

「私っ。お姉ちゃんを探して来たんです! 名前はカノン! ここを目指すって言って、行方不明になってしまって……! ずっとずっと、探してここまで来たんです……!」


 姉の名を聞いた瞬間、青年は眉を寄せて不快感を露にした。

 青年がパチンと指を鳴らすと暗雲から巨大な団子状の塊が落下して地面に落ちる。

 全部で10個ほどある。巨大な団子が展開して人型に形を変えていく。


 巨大な団子の正体がエールにも分かった。ゴーレムだ。全高3メートル程度か。

 土や鉱物などで出来た人造の魔物で、人間が魔法で人工的に生み出した存在だ。

 主に拠点防衛や門番の役割を与えられ、壊れる瞬間まで命令を守るという。


「そうか。お前はあいつの妹なのか……なら話が早い。自己紹介がまだだったな。俺は七賢者のアレイスター。この島の防衛を担当している。先へ進みたければ実力を示すがいい」


 ゴーレムの目に光が宿り、ゆっくりとエールたちに近づいてくる。

 エールは反射的に魔導砲を構えるが戸惑いを隠せない。


「え。な、なんでっ。なんで戦わなくちゃいけないんですかっ!」

「この島は今、危険に晒されている。自分の身も守れない奴はいらない。それにお前の姉、カノンは実力で通って行ったぞ」


 折角、念願の『最果ての楽園』へと辿り着いたというのに。もうすぐそこにカノンがいるのに。逸る気持ちを理性で押さえつけて、エールは襲いかかるゴーレムに照準を合わせた。

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