4話 コボルドの襲撃
吹きつける吹雪は強く、魔物でさえもこの極寒の環境を生きるのは並大抵のことではない。洞窟などに潜み続けて活動しやすい春から夏までをじっと時を待つ。
ニコラ村からやや離れた洞窟に住むコボルドたちもそうであった。
コボルドは犬のような頭を持った二足歩行の魔物だ。
全身を深い体毛で覆い、時には人間から奪った衣服を纏って寒さを凌ぐ。
そのコボルドの棲家となっている洞窟に、一人の男が侵入した。
不自然なほど清潔で塵一つない真っ白なローブに顔の右半分を覆う仮面。
白衣の男――とでも呼ぶべきであろうか。
男は然したる警戒もせず、松明さえ持たず、洞窟の奥へと進んでいく。
コボルドは強い魔物ではないが、武器もない人間が勝てる相手ではない。
だが白衣の男は恐れなかった。
洞窟の奥に住むコボルドたちは目を覚まし、暗闇から男を包囲する。
「手厚い歓迎を感謝する。君たちに用があって来た……交渉だ」
「ラフィーネとかいう奴の使いか……帰れ。俺たちは縄張りから出ない」
暗闇の中から目だけを輝かせてコボルドの一体がそう返事をした。
他のコボルドたちはグルル、と威嚇するように獰猛な鳴き声を漏らす。
「君たち程度でも重要な戦力だ。是非協力してほしい。無論、それに見合った対価は渡す」
「人間じゃないんでな、金では動かない。必要なのは『餌』と『力』だけだ」
「……人間を襲えば餌は手に入る。そして、力を欲するならこの私が与えよう」
白衣の男が懐から取り出したのは、ダイヤのように輝く宝石の欠片だった。
途端にコボルドたちは騒ぎ始める。欠片に宿る膨大な魔力を感じ取ったのだ。
「なんだ、その欠片は。見たことがない……とてつもない力を感じる」
「これは『フィロソフィアの欠片』という。研究の……副産物のようなものだ」
「協力すればそれを俺たちにくれるのか?」
「これはあくまで前金と解釈してくれ。協力してくれたら更に渡そう」
白衣の男は欠片を闇の中へと放り投げると、コボルドの一体がそれを掴んだ。
途端にフィロソフィアの欠片は光を放ち洞窟内の闇を掻き消していく。
「お、おお……! これは……素晴らしい! 力が! 力が溢れてくる!」
「近くに村があったな。そこで試してくればいい。良い返事を期待しよう」
そう言い残して白衣の男はまやかしのように姿を消した。
欠片を手に入れたコボルドの一体は群れを引き連れて洞窟を飛び出す。
漲る力を試すために。長い冬を過ごしてすっかり飢えた腹を満たすために。
目指すのはニコラ村だ。今なら冒険者など相手ではないと、コボルドは確信していた。
一方、エールとセレナはそんなことも知らずに宿屋でくつろいでいた。お風呂に入ってさっぱりした二人はベッドに寝転んで呑気にお喋りをする。
「ねぇ、エール。昔みたいに一緒のベッドで寝てみない?」
「え~? いいけどそんな子どもじゃないよ。私一人で寝れるもん」
窓の外は相変わらず風が強く、吹雪が降り注いでいるようだった。
とはいえ寒冷化した現在の世界において、吹雪など珍しい天候ではない。
二人は銃士隊の隊舎にいるのと同じような調子で夜を過ごしていた。
「昔を思い出しちゃってさ。よくエールの家に泊まって、お母さんやお姉さんに絵本を読んでもらったよね」
「そうだね……いつも最後まで話を聞く前に、うとうとして寝ちゃうんだよね……」
『最果ての楽園』の話も眠る前によく聞いたものだった。
滅亡の危機に瀕した人類を救うため、七人の賢者と姫君が創ったという楽園。
今、人類が生きていられるのは彼らから授かった魔法の力だと言われている。
よもや、本当にその楽園を目指すことになるとはエールも思わなかったが。
セレナはエールのベッドに潜り込むと横に寝転んで、悪戯っぽく笑った。
「にひ。たまには子どもに戻ってもいいよね。エールはぬくぬくで羨ましいなぁ」
「ひゃっ。セレナ冷たいよ。寒いなら言えばいいのに。私があっためてあげるからね!」
そんなことをのたまいながら二人は布団の中で抱き合った。
寒さに強いエールは平熱が高めで、セレナにとっては生ける湯たんぽだ。
こうしてセレナは事あるごとにスキンシップを図りつつ暖を取ってきたのだ。
温かなベッドの中でイチャつきながら夜も更けてきたある時。
部屋をノックする音が聴こえて、エールはベッドから抜け出した。
「はい? どちら様ですか?」
「店主のザックです。お客様、部屋から出ないようにお願いします」
「……何かあったんですか?」
エールが部屋の扉を開けると、宿屋の店主はやや蒼褪めていた。
手にはランタンを持っていて暗い廊下をうっすらと照らしている。
「村に魔物が侵入したみたいなんです。危険なので部屋から出ないでください」
「……魔物って、どんな魔物なんですか?」
きょとんしたようなエールの表情が一気に険しくなる。
店主は問われるがままにエールの質問に答えた。
「コボルドです。今は冒険者も不在で対処できる人間がいなくて……」
「それなら……私たちが退治しましょうか? 実は私たち、銃士なんです」
「ほ、本当ですかっ!? 助かります!」
店主は胸を撫でおろすように安堵した声だった。
エールは素早く隊服を着ると、ボンサックに入れていた魔導砲を取り出す。
「私も行くよ。エール一人じゃ心配だから。寒いのは嫌だけど……」
「無理しなくてもいいのに……私一人でもなんとかなるよ」
「だめだめ。何があるか分からないからね。エールって結構無茶するから」
セレナも隊服を着るとトレンチコートを羽織る。
そして魔導銃の入ったホルスターを装着し、ランタンに明かりを点けた。
「エール、外は暗いから注意だよ。狙いがつけ難いと思うから」
「了解。それじゃあ行こう!」
魔導砲と魔導銃で武装した二人は、宿屋の扉を開けて魔物退治へ向かった。相変わらず外は吹雪が降り注いでいて、暗いのも相まって視界は良くない。
「セレナ、コボルドはどこにいるのかな……」
「さぁね……でも不意打ちされるかもだから注意しないと」
暗い村の中をランタンの光だけ頼りにして進んでいく。
コボルドが潜んでいるなんて信じられないほど、村は静まっている。
その時だった。村の中に響き渡る、犬のような鳴き声を二人は聞いた。
「……声が近いっ。エール、気をつけて。すぐ傍まで来てるよ!」
「うん!」
耳を澄ませると、地面に降り積もった雪を踏みしめる足音も聞こえる。
それも複数、全部で六体だ。飢えた獰猛な鳴き声を漏らして、四足の獣が走ってくる。
「人間だっ! 人間だっ! 食うぞ、食うぞ、食って良いんだよな!」
「どっちも女だぁ! 肉が柔らかくて美味そうだぁ!!」
四足で駆けるコボルドたちは走法を二足歩行に切り替え、各々武器を持って突っ込んでくる。武器は剣とか、斧とか、個体でバラつきがある。中にはツルハシの奴もいる。きっと人間から奪ったのだろう。
エールは魔導砲を腰だめに構えて先頭の一体に照準を合わせる。
そして魔力を充填することで、発射準備が完了する。
「……プラズマ弾、ファイアッ!!」
放たれた光の砲弾は、青白い尾を引いて先頭のコボルドに直撃した。
消し炭となったコボルドの死体がゴロゴロと地面を転がっていく。
他のコボルドはその事態に驚いたのか、急停止してエールたちと距離を保った。
「……この村から出ていって。従わないなら……撃つよ!」
それでもなお戦うのならば容赦はしない。
死体となったコボルドが光の粒となって大気に溶けていく。
魔物はどいつもこいつも、そうして塵も残さず消えるのがお決まりだ。
魔導砲の筒先をコボルドに向けたエールは精一杯怖い顔をするのだった。