3話 外は氷の世界
あっという間に一夜が過ぎ、エールとセレナは部屋で荷物の確認をしていた。
荷物は防寒具、着替えや地図、携行食料といった必要最低限のものに留めている。最後に忘れてはならないのがやはり護身用の武器だろう。
「よいしょっと。朝イチで武器屋に行って買ってきたよ!」
セレナは『それ』を包んでいた白い布を剥ぐとエールの目の前に置いた。
まるで小さな臼砲にグリップをそのまま取り付けたかのような外観。
いわゆる携行魔導砲と呼ばれる、魔法を投射する対魔物用の武器だ。
一般的な銃士なら誰もが使う標準的な装備と言える。
「魔導砲はひとつしか買わなかったの?」
「うん。値段的にちょっとね……私たちの予算じゃ後はこれしか買えなかったよ」
セレナは魔導銃を何丁か見せて、ホルスターにしまう。
この魔導銃もまた、大きさこそ違うが魔法を投射する武器だ。
サイズの大きい携行魔導砲の方はエールが持つことになった。
でかいので持ち運びが面倒だが、重量は見た目ほどではない。
他の荷物と一緒に大きなボンサックの中に無理矢理突っ込んでおく。
「それじゃあ出発だね! エール、なんかわくわくしてこない?」
「どきどきはするよ……私、あまりウィンターベルの外に出たことないから……」
「それは私もだよ。でも旅の準備をしてると冒険って感じがしてきてさぁ……」
セレナの言いたいことは分からなくもなかった。
だが魔物と戦う危険性も考えれば天蓋都市の外に出るのは一種の勇気が必要だ。
実際、普通の人間なら冒険者でもない限りは都市の外に出たりしない。
「お姉ちゃんの最後の手紙が首都のユールラズから送られてきたから、まずはそこを目指したいな。いいよね?」
「異論なーし。魔導列車に乗れればすぐなのにね。けどお金に余裕無いしなぁ」
エールもセレナも、少しだけなら蓄えがある。
しかし何日続くか分からない旅だ。序盤から浪費するのは賢明ではない。
二人は朝早くからウィンターベルと外界を繋ぐ門へと歩いていく。
門には通常、警備の銃士が常駐している。エールとセレナはもちろん顔見知りだった。人間に化けて紛れ込もうとする魔物もいるので、門の警備を任される銃士は比較的ベテランが多い。
「話は隊長から聞いてる。カノンさんを探しに行くんだってな」
「あ、先輩……今までお世話になりました。お姉ちゃんを見つけたら必ず帰ってきます」
「今生の別れじゃないんだ。そんなに畏まらなくていいぞ」
先輩の銃士は顎を撫でながら言った。
「でも信じられないな。マズルカ隊長が心変わりするなんてなー」
「あ……やっぱり隊長は私のことを心配してくれて……」
「まぁな……実は、マズルカ隊長とカノンさんは同期なんだ。かなり仲が良かったそうだぞ」
先輩の銃士から語られたのはエールも知らない話だった。
まさかあの恐ろしい隊長と優しい姉のカノンが友人だったなどと。
だが、そうだとすれば、遠回しにエールを心配してくれたことにも説明がつく。
「隊長はエールのこともカノンさんのことも気にかけてたんだな。鬼隊長にも優しさが残ってるとは……おっと、今のは聞かなかったことにしておいてくれ。今すぐ門を開けるよ」
門が開かれると、外の世界は見張り場から眺めるのと同じ雪景色だった。
天蓋都市の中は魔法の力で春らしいぽかぽかした陽気に包まれている。
でも一歩門の外に出れば、冷たい氷の世界へ足を踏み入れることになるのだ。
「春になって魔物が現れやすくなってる。二人とも気をつけろよ!」
門から外へと出た瞬間、風が吹いて恐ろしいほどの寒気が二人を襲った。
空は厚い雲に覆われ、しんしんと雪が降り地面や木々に降り積もる。
ここはもう安全な天蓋都市の中ではないのだと思い知らされる。
「やばいなぁ……寒すぎて帰りたくなってきた……」
「セレナってば……外に出て10分も経ってないよ……」
二人の目指す首都ユールラズは一日で着く距離ではない。
なので、冒険者などが利用する『村』を経由しながら目指すことになる。
天蓋都市の外で住む人々もいないわけではないのだ。ただしその生活は過酷の一言に尽きる。
貧しさから天蓋都市に住めない者や、先祖が暮らしてきた土地に拘る者はおおよそ外の村で暮らす。二人が経由するのはニコラ村というウィンターベルに程近い村である。さいわいにしてアクシデントに遭うこともなく夕方には到着した。
村の周囲は魔物除けなのか高い柵でバリケードが張り巡らされている。
早速入り口を潜ると村人らしき人間が気さくに手を振ってきた。
「やぁ! 冒険者の人かな? ニコラ村へようこそ!」
冒険者が利用するだけあって村人は余所者にも親切だった。
エールとセレナは宿屋の場所を教えてもらうと礼を言って宿屋へ向かう。
宿屋は三階建ての大きな家だ。中に入ると店主が現れる。
「いらっしゃいませ。お二人様のご宿泊ですか?」
「は、はい……あの、二人部屋って空いてますか?」
エールの質問に店主は恭しく答えた。
「ツインルームでございますね。今なら空きがございますよ」
「じゃぁ……それでお願いします」
エールたちはお金を支払うと鍵を受け取って部屋に入っていく。
セレナはその辺に荷物を投げ捨てると、ベッドに寝転んだ。
「はぁぁ……1日中歩きっぱなしって疲れるねー。もうくたくただよ……」
「うん……部屋でゆっくりする? 晩ご飯まで時間もあるから……」
「んー。大広間に行ってみようよ。他に冒険者とかいるかも」
ごろん、とセレナが寝返りを打つ。
「情報収集ってやつだよ。お姉さんのこと、知ってる人がいるかもよ」
「なるほど……それもそうだね。じゃあ大広間に行こ!」
そうして大広間へ行ってみたはいいが誰もいない。この時期には利用客が少ないのだろうか。大広間にはソファとテーブルが置かれ、暖炉で炎がパチパチと燃えている。
「ふわぁ……ぬくぬくだぁ。エールも来なよ。あったまるよ」
利用客の冒険者から姉の情報を集めるという当ては外れてしまった。
だが寒がりのセレナはそんなことも忘れて暖炉の前で温まっている。
「外……風がきつくなってきたね。すごく吹雪いてるよ」
「そうなの? 通りで寒いと思った……私たちラッキーだったね」
窓には横殴りに雪が吹きつける光景が見えている。
セレナの言う通り、穏やかな天候の間に宿屋へ来れたのは幸運だ。
「ねぇエール。村の人たちってどういう生活してるのかな。冬の食料とか……」
エールはソファに座って置いてあるクッションを触りながら過去の記憶を辿る。
もこもことした感触を味わいながら、姉のカノンとの会話を思い出していた。
エールも外の世界に詳しいカノンにそんな疑問をぶつけたことがあるのだ。
「たしか夏の間に保存食をたくさん作って、冬はそれを食べて過ごすらしいよ」
「へー。なんか晩ご飯のおかわりを遠慮しちゃうな。気を遣った方がいいのかな」
大半が雪と氷で覆われたこの世界で、食料を大量に確保するのは容易なことではない。そのため天蓋都市では独自に食料生産が行える仕組みになっている。
それができない村では天蓋都市から仕入れるか、夏の間に備蓄するしかない。
保存食の話を聞いたセレナは頭の後ろで手を組みながらこんな冗談を飛ばした。
「村の人は大変だね。じゃあ宿屋の晩ご飯って缶詰とか……?」
「さ、さすがにそれはないと思う……」
宿屋の晩ご飯は鮮やかな深紅色の煮込みスープだった。
少し酸味はあるが、肉も野菜もちゃんと入っていて美味しい。
おかわりを遠慮してしまうと言っていたが、結局セレナは五回おかわりした。




