28話 海に潜みしヒュドラ
海と港を隔てる大型のゲートまでトロイメライ号が接近すると、管理している銃士が現れた。依頼でヒュドラを退治するために海へ出る、とバルカロールが開門を要求する。ゲートを守る銃士隊にそれを断る理由はない。巨大な門が開き船は海原を突き進む。
「これが……海なんだ……!」
エールは甲板から水平線まで続く広大な海を眺め、感慨に耽っていた。
常識として海が存在することは知っているが見るのはじめてだ。
どこか遠くから聴こえる鳥の鳴き声はカモメというやつなのだろうか。
分からない。分からないがとにかく感動的だ。
姉のカノンもこの景色を見たのだろうか。
吹きつけるこの潮風を感じて、『最果ての楽園』を目指したのだろうか。
エールは遠く離れているカノンの背中に少しだけ近づいたような気がした。
「まさかとは思うけど……いきなり船の下から襲ってこないよね……」
セレナは甲板の固定式魔導砲に寄りかかったまま、ぼそりと呟いた。
今のところヒュドラと呼べるような魔物の姿は見当たらない。だからこそ不安なのだ。もし下から攻撃されて船底に穴でも開けられたら一巻の終わりである。
しかし、セレナの心配は杞憂に終わる。
快晴の空と海を進むトロイメライ号の前方に、突如として浮上する影。
ダイヤに似た輝きを放つ『欠片』を埋め込んだ巨大な胴体。
九つの首を伸ばした先にある凶悪な様相の頭部。
サイズとしてはかなり巨大で、あのテオドラとも引けを取らない。
その特徴はうわさのヒュドラと一致している。間違いない。
「ひひひっ、馬鹿な人間がまた現れたァ。わざわざ俺に食われに来」
「正面から現れた!!!! 正面から現れたよエール!!!! 先制攻撃ぃぃぃぃッ!!!!」
ヒュドラが何かを喋りかけていたような。
全てを聞き終えるより早くセレナが魔導砲で砲撃を始めてしまった。
巨大なプラズマの光が尾を引いて次々とヒュドラに着弾していく。
「おわっ……やめろまだ話の途中……」
「結構効いてるみたいだよ、これで倒せたかなぁ……?」
固定式魔導砲の威力は中々のもので、ヒュドラに攻撃の隙を与えない。
しかしプラズマの熱で焼け焦げた身体が徐々に再生していく。
どうやら致命傷を与えるとまではいかなかったようだ。
「俺の!! 話を!! 聞け!! 物事には順序があるだろうが!!」
「ああ? 船襲って喜んでるド悪党が何言ってんの。もう退治される順序しか残ってないでしょ」
「何なんだお前は。俺は恐怖で泣き喚く人間を食うのが好きなんだよ!」
「やっぱりね。ろくでもないカミングアウトなんてこっちは聞きたくないのよね」
セレナの言う事も分からなくもない。
今の先制攻撃で倒すのがベストだったとエールも思う。
とはいえあの謎の『欠片』を持った魔物だ。一筋縄ではいかない。
「まぁいい。最近は俺にビビッたのか中々船も通らなくてなぁ。人間が食いたいと思ってたところなんだよ」
「そう。ちゃちゃっと退治してあげるから覚悟しといてくれる?」
「人間ごときに負けるかよ。俺にはラフィーネから貰った『フィロソフィアの欠片』があるからなぁ……!」
あの謎の欠片にそんな名前があったとはエールも知らなかった。
ラフィーネという存在も初耳だ。その人物が魔物に欠片を渡しているのか。
目的は何だろうか。なぜそんなことをするのだろうか。疑問が尽きない。
「ラフィーネって……誰なんですか。その欠片も……! 一体何が起ころうとしてるんですか!?」
「おっと……話しすぎたか。俺は口が軽いもんでな。反省、反省」
ヒュドラはエールの問いには答えずに全身を海中に沈めた。すると素早く首のひとつが伸びてきて、甲板にいるエールたちに食らいつこうと巨大な口を開ける。
船を直接攻撃しないのは恐怖する人間を見ながら食べたいからだろう。
とはいえ、トロイメライ号は木造の帆船よりずっと頑丈なので攻撃されてもすぐ沈没するわけではない。
「ちぃっ、後ろからじゃ砲撃できない――……!」
「任せてセレナ! 私が対応するよっ!」
ヒュドラの頭は固定式魔導砲の背後から迫ってきている。
固定式ゆえに、砲身は左右上下に射角を変えられても後ろには動かせない。
ここはセレナを守る役割のエールが対処する。
魔導砲を構えてプラズマ弾を一発放ち、開いた口部の中に命中する。
「ぐェェェッ!! 何てことしやがるッ!!」
ヒュドラの頭のひとつはぶるぶると首を左右に振った。
再生こそするが効いていないというわけでもない。
少なくとも痛みはあるらしい。
「人の口に穴でも開ける気かァ?」
「だったらこっちも……」
「クレバーに数で攻めさせてもらうぜ」
海から新たに二つの頭が現れ、合計三つの頭がそれぞれ話している。
頭は九つあるのだから、最初からすべて使って一斉攻撃すれば良さそうだが。
いや。ヒュドラもそこまで馬鹿ではない。何か考えがあってのことなのだろう。
「よし……スパーダ! こっちも合体技でいこう!」
「合体技!? そんなの初耳だけど……」
「いいから任せて! さぁ、サーベルを高く掲げるの!」
エールの突然の提案にスパーダは目を丸くしていた。
半信半疑でサーベルを鞘から抜いて頭上に掲げてみる。
そのサーベルに対して、エールはプラズマ弾を放ってみせた。
すると、サーベルに命中したプラズマが変形して一本の光剣を形成する。
「こ、これは……! 付与魔法? 魔導砲ってこんなこともできるのかい?」
「えへへっ。昨日の夜に魔導砲の魔法術式を改造してみたの! 名付けてプラズマソード!」
命名はほぼそのまんまだ。
プラズマで強化された剣はいかなる物体をも溶断する刃となる。
スパーダが確認した通り、通常の携行魔導砲には備わっていない機能である。
プラズマ弾を付与魔法として発射できるようにエールが魔導砲を弄ったのだ。
「戦闘中にごちゃごちゃ話してんじゃねぇぞ! 食われたいなら最初ッからそう言えや!!」
襲いかかる三つのヒュドラの頭。三方向からの同時攻撃だ。
エールの携行魔導砲の速射性ではどれかひとつしか撃ち落とせない。
「じゃあ遠慮なく試させてもらうよ……プラズマソードの切れ味を、ね!」
頭のひとつにエールがプラズマ弾を放つ。残りの二つはスパーダが対応する。
迫りくるヒュドラの首を狙って一太刀で切断した。まるで紙でも破るように。
普通の剣では到底斬れそうにもないヒュドラの太い首をだ。
返す刀で残りの頭にプラズマを纏ったサーベルを叩きつける。
頭は縦に叩き割れて、激しく甲板に転がりのたうち回った。
「がァァァァァァッ!!? 何しやがるぅぅぅぅッ!!」
「予想以上の威力だ……! これなら僕が足を引っ張る心配は無さそうだね」
剣という武器ではサイズの違いから大型の魔物を倒すのは難しいとされる。
だがこのプラズマソードがあれば話は違う。積極的に戦うことができそうだ。
「い、痛ぇ……お前らだけは絶対に許さねぇ……必ず殺してやる」
首を斬られてもたちどころに生える、という話は本当のようだ。
プラズマ弾で焼かれた頭も、スパーダに斬られた頭も即座に治っていく。
まるで不死身なのは『フィロソフィアの欠片』の効力も加わっているからだ。
高い再生力ゆえに倒す方法が無いかに思われるヒュドラだが、弱点はある。
九つある首の一つがすべての首の司令塔であり、その首を切り落とせば死ぬという。魔物に関する書物や伝承ではそう語られている。
未だ海中に隠れている残り六本に弱点の首が存在しているはずなのだ。
全部の首で攻撃してこないのは、それを隠すために違いない。




