26話 酒合戦の行方
トレドは店長に頼んで、グラスを四人分と、アルコール度数の一番高い酒を要求した。店長が持ってきた酒はウォッカだ。無色透明の液体がとくとくとグラスに注がれていく。
「ルールは簡単! グラスいっぱいのこのウォッカを何杯まで飲み干せるかを競う! 俺が飲んだ数とお前らが飲んだ合計を比べるぞ! ただし吐いたり酔い潰れたら脱落と見なす! 時間制限は一時間だ!」
「言われた通り一番高いのを用意したけどねェ、大丈夫かい。こいつは本来ならカクテルのベースで使うもんだよ。アルコール度数で言えば90を超えてるんだよ」
店長の忠告を聞いてトレドはにやにやと嬉しそうに笑っていた。
「いいねぇ、そうこなくっちゃ。俺はスリルってやつが大好きなんだ」
エールはお酒のことに詳しくないが、何やら危ない雲行きを悟った。
周囲はトレドコールで満たされており状況もアウェーである。
「それじゃあ勝負開始だ。不安なら、最初はゆっくり飲むこった」
トレドの宣言で飲み比べが遂に開始された。
エールはまず酒の味が好きではないので、ちびちびと舐めるように飲む。
「冒険者の付き合いで酒は飲めるけど、ウォッカは飲んだことがないな……」
スパーダもまた、様子見で少量を口に含んでいる。
セレナはじっとグラスを睨みつけたまま動かない。
そしてトレドは、なんと豪快にもウォッカを一気に飲み干してしまった。
すぐに二杯目を注文して、店長がグラスに酒を注いでいく。
「さっきの威勢はどうした? 怖気づいちまったかい?」
セレナは何も言わず、グラスに向き合ったまま黙っている。
このままでは負けると思ってエールはウォッカを一気に半分ほど飲み干す。
すると、急に気分が悪くなってきた。心臓がばくばくする。吐き気もある。
「きゅぅ……」
やがてエールはカウンター席に突っ伏すはめになった。
これでまず一人脱落。酒の苦手なエールにウォッカは早すぎたのだ。
「エール、大丈夫~……?」
「う、うん……ありがとエリーゼ……」
腰袋から出てきたエリーゼが、カウンター席に立ってエールを介抱する。
色白な顔が真っ赤だったので魔法を使ってそよ風を起こし、冷やしてくれた。
「まずいな……僕も少し頭がふらふらしてきた」
少しずつウォッカを飲み続けて、三杯目。
スパーダはそろそろ己の限界を悟ってしまった。
トレドはすでに十杯も飲んでいる。このままでは追いつけない。
「スパーダ、無理ならもう飲まなくていいよ。後は私に任せて」
「そうは言うけどセレナ……君はまだ一杯も飲んでない。勝てるのかい?」
「ん。相手のペースは分かったからね。十分勝てると思う」
にひ、と笑ってセレナはサムズアップした。
彼女はブラフやポーカーフェイスを使うタイプではない。
勝つと言ったからには、セレナ自身には絶対的な勝算があるのだ。
ならばスパーダにできることは信じて裏方に回ることだ。
「おっ。遂に飲む気になったのかよ。もう終わりかと思ったぜ」
「終わり? とんでもない。これから始まるのよ。しっかり見ておきなさい!」
飲み比べ開始からこちらの飲んだ数はたった三杯。
勝つにはそれなりのペースで飲まなければトレドに追いつけない。
遂にグラスを手に取ったセレナはそれを一口で飲み干した。
「これじゃおかわりの時間がもったいないなぁ。よし、こうしよう!」
更にセレナはウォッカの酒瓶から直接一気飲みし始めた。
これにはトレドも周囲も驚いたようで、絶句している。
というより本当に急性アルコール中毒になるのではないかと危惧した。
「頭がイカレちまったのか銃士娘! 死にたくねぇならそんな飲み方止めとけ!」
「私はセレナよ、トレドさん。このスピードについていけないならギブってもいいんだけど?」
「馬鹿が、死にたいなら勝手にしやがれ。俺は堅実に勝たせてもらう!」
セレナはカウンター席に置かれた酒瓶を次々と飲み干していく。
瞬く間にトレドが飲んだ量を追い越し、形勢は完全に逆転していた。
しかも、驚くべきことにセレナは全く酔っている様子が無いのである。
酒に強いトレドでさえも、多少は酔いの自覚があるというのに。
「とてつもない酒豪が隠れてたねェ。こんなに強いお客さんは初めてだよ」
酒を注いでいた店長すらもセレナの飲みっぷりには感心している。
このままでは負けてしまう。それだけは嫌だ。トレドは生来負けず嫌いなのだ。
相手が誰だろうが、舐められたらどんな手段を用いてでもぶちのめしてきた。
今回だってそうだ。生意気な銃士のガキに赤っ恥をかかせてやりたい。
だから負けるわけにはいかない。どんな手段を使ってでも。
悪魔の思考がトレドに囁く。あれを使って勝てと。
本来なら好みの女を強引に口説く時に使う手なのだが、仕方ない。
カウンター席に準備したウォッカが無くなりそうだったので店長が一時離れる。
ここだ。この隙に酒瓶に薬を盛る。と、言ってもただの睡眠薬だ。
好みの女を眠らせて強引に持ち帰る最終手段。
この場合は、セレナを眠らせて記録を止めるのに使う。
彼女の記録さえストップしてしまえばまだ逆転できる量だ。
――スリルは好きだが負けるのは嫌いなんだ。悪く思うなよ。
袖に睡眠薬の入った包み紙を隠し持って、酒瓶に仕込もうとしたその時。
トレドは腕を捩じられ、苦痛の叫び声を漏らすことになった。
「がぁぁぁぁぁっ。何すんだ、やめてくれぇぇぇっ」
「それは僕の台詞だよ。手に持ってるのは薬のようだね。反則は良くないな……」
トレドの腕に関節技を極めたのはスパーダだった。
エールを介抱するふりをして、不正が無いかずっと見張っていたのだ。
「スパーダ、離してあげて。まだ勝負終わってないし。私は余裕で勝てるからさ」
「ここまで来れば反則勝ちなんじゃないかな。トレドさん、どうする?」
スパーダは冷たい瞳でトレドを睨みつけた。
更にきつく腕を捩じったので、トレドは思わず観念してしまう。
「お、お前らの勝ちでいい! 悪かった! もう腕を離してくれぇ!」
店長が酒瓶を抱えてカウンター席に戻って来た時、勝敗は完全に決していた。
エリーゼのおかげで少し気分が戻ったエールが見たのは、セレナの笑顔だ。
「ぶい! 私たちの勝ちだよエール!」
「ほ、ほんとに……? 良かったぁ~……きゅぅ」
勝利を知ったエールは安堵のあまりそのままカウンター席に身体を預ける。
スパーダはトレドの腕を離すと、彼はふぅっと脱力して椅子に座りこむ。
「約束だ。トロイメライ号は貸してやる。だがたった三人で船を動かせるかな?」
「……はぁ!? それってどういうこと!?」
セレナが胸倉を掴むとトレドはにぃと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「いや。船を貸してやるとは言ったが、船乗りを貸すとまでは言ってないからな。約束通り船は使っていいぞ。お前らで動かせるもんならなぁ」
「それは卑怯でしょ! 後だしで急に何言ってんの!? 往生際が悪いわよ!」
「おいおい。俺が悪いってのかよ。ちゃんと確認しなかったお前らの責任だろ」
「こ、こんの……!」
「それにな。飲み比べに負けたぐらいで、俺は部下に死ぬ覚悟で魔物退治に協力してくれなんて言えねぇよ。いるとしたら相当の馬鹿野郎だぜ」
居直るトレドに今にも殴りかかりそうなセレナだったが、そこで本当に拳を使うほど、彼女は暴力的ではない。手を離すと酔って動けないエールをおんぶして、酒代を店長に払う。
「っ……行こう、スパーダ。船は確保したから。後は人だけだよ」
「セレナ……それでいいのかい?」
「……仕方ないよ。前向きに考えていこう」
トレドの言い分にも一理はある。
確かに、覚悟のない者を危険な戦いに巻き込むわけにはいかない。
とはいえセレナも他に良い案は思いつかず、この場は黙って去るしか無かった。
しかし――意外なことに、救世主はすぐ近くで寝転がっていたのである。




