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25話 縛り首の酒場

 冒険者のスパーダがいれば依頼自体は受けられる。

 ヒュドラ退治にもっとも必要なのは、海に出るための船である。

 小舟では駄目だ。きっと一撃で破壊されて海に沈むだろう。


 大型の船。依頼を受けるにはそれを自力で用意する必要がある。

 だが度重なる依頼失敗のせいで、どの船乗りも怯えて海へ出たがらない。


「問題は船ってことかー……どうすんの。私たちの全財産じゃ船はもちろん人を雇うのも難しいよ」

「船乗りの集まる場所はギルドで教えてもらってる。まずは駄目もとで頼むしかない」


 セレナとスパーダの会話を聞いてエールは静かに首肯した。

 港の近くに船乗り御用達の酒場、『縛り首の酒場』という店がある。


 物騒な名前だが、かつて海賊をしていた店長が足を洗って始めたらしい。

 ガラは悪いが誰でも歓迎。どんなに悪辣な者だろうと、駄目人間だろうと受け入れる。そういう度量の広さが人気の店なのだそうだ。


「すぐ行ってみようよ。場所が酒場なら夜に訪ねても良さそうだから……」

「そうだね。じゃあ夕食を済ませたら酒場へ行ってみようか」


 宿屋で晩ご飯を食べたエールたちは早速『縛り首の酒場』へ向かう。

 扉を開けた瞬間、一人の中年男性が吹き飛ばされて、ごろごろと地面に転がった。直後、酒場から女性が逃げるように走り去っていく。

 エールは吹っ飛ばされて地面に頭をぶつけたらしい中年の男に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですかっ!? 怪我は無さそうですね……良かった」

「す……すまねぇお嬢ちゃん……気にしないでくれ。ありがとな……」


 中年の男は長い髭を生やし、頭はぼさぼさで、見るからに冴えない感じだ。

 近づくと非常に酒臭い。会話は成立するようだが相当飲んでいる。

 よたよたと中年男が立ち上がると、酒場の中から笑い声が聞こえた。


「わははははっ! 見たかよ今の! すげぇぶっ飛んだぞ!!」

「さすが親分! 強ぇですね! 腕っぷしなら誰にも負けねぇや!」


 何か揉め事があって中年の男は吹っ飛ばされたらしい。

 店長の男は何も言わない。エールは思わず抗議した。


「て、店長さん! いいんですかこんなことっ!」

「新規のお客さんですか。この店は誰でも受け入れますがね。その代わり何が起きても自己責任って決まりなんですよ」

「き、気にするな。若いねーちゃんが困ってたから口を挟んだだけさ。でも俺、喧嘩は弱いんでよ……」


 エールは開いた口が塞がらなかった。

 中年男性によれば若い女性客をしつこく口説く男を注意したら、逆上して殴られたらしい。口説いた男も癪に障ったのだろうが、それでも暴力は良くないはずだ。


「それよりねェ、バルカロールさん。いい加減ツケを払ってくれませんかね。相当溜まってますよ」

「あ……ああ……すまねぇ。そのうち返すさ。もうちょい待っててくれ……」

「アンタそればっかりだ。おっと、それよりお客さん方は入店しないんですかね」


 店長は強面の顔をちらとエールたちに向けて確認する。

 このバルカロールと言う名前らしい中年の男を放っておいていいものか。

 エールは当初の目的なんて忘れて彼のことを心配してしまっていた。


「あ……いや、本当に問題無いから気にするな。お嬢ちゃんたちも何か用があるんだろ?」

「本当に大丈夫ですか……? そうは見えませんけど……」

「おう。もうピンピンしてらぁ。へへへっ、世話かけたな。んじゃ」


 そう言ってバルカロールはごろんとその場に寝転がった。


「え。ど、どうしてしまったんですか?」

「いや。今日は一文無しでな。寝る場所が無いからここで寝る」


 端的に言ってバルカロールはホームレスだった。

 ここまで身をやつした人物が天蓋都市に住んでいるのはめずらしい。

 大抵、新たな仕事を求めて外の村へ移住した方がまともに暮らせる。


「その人、いっつもそんな感じだ。気にしないで入って来ていいですよ」

「え。いいんですか!? でも……風邪引いちゃいますよ……」


 バルカロールが爆睡を始めたのでエールは仕方なくそのまま入店した。

 ようやく魔物退治を手伝ってくれる船乗りを探すことができる。

 カウンター席に座ってとりあえず飲み物を注文した。

 セレナとスパーダは酒を頼んだが、エールは飲めないのでソフトドリンクだ。


「それでお客さん、何の用でこの店に。ウェンディゴの人じゃないでしょう」

「あ。はい。海に出たいのでヒュドラの退治をしようと思ってて。協力してくれる人を探してるんです」


 瞬間、酒場の中は爆笑で包まれて、エールは一瞬状況が理解できなかった。

 何か変なことを言ってしまったのだろうか。いたって真面目な話をしたのだが。


「ぶはははっ、出来るわけねぇだろ! ガキ三人で勝てると思ってんのか!」

「冗談は大概にしておけよ! 腕利きの冒険者だって無理だったのに!」


 エールは笑いものにされているのが急に恥ずかしくなって、思わず俯いた。

 青筋を立てたセレナは酒を一気に飲み干すと、立ち上がって怒鳴る。


「ああ!? 良い度胸じゃん、いくら私たちが美人で可愛いからって舐めないでくれる!?」

「上等だ、かかって来い小娘。大人の怖さを教えてやるよ!」


 喧嘩をふっかけてきたのはバルカロールを殴った男の取り巻きだった。

 かなり大柄でいかにも力自慢といった見た目をしている。強そうだ。

 男はずけずけと近づいてきてセレナの青みがかった長髪を掴もうとする。


 半歩退いて避けるとセレナは蹴りを放ち男の顔面にクリーンヒットする。

 文字通り鼻をへし折られた男は一瞬でその場に崩れ落ちてしまった。

 喧騒に包まれていた酒場に静寂が訪れ、周囲の客たちは呆気に取られている。


「どうかしら。これでちょっとは信じてもらえると嬉しいんだけど?」


 セレナはむしろ機嫌が良さそうに、酒場の中をぐるりと見渡す。

 ぱち、ぱち、ぱち。拍手したのは親分と呼ばれていた取り巻きのリーダーだ。

 外で寝ているバルカロールを殴り飛ばしたのもこの男である。


「お見事だ。俺でもお前には勝てないよ。服装からして銃士隊の方かな?」

「そうですけど、何か。私たちに勝って鼻を明かしたいなら別の方法にしとくべきだったね」

「俺はトレドっつー者で、これでも貿易商でな……船なら何隻も持ってるぜ」

「へぇ。何が言いたいの?」


 セレナが関心を示したのを見て、貿易商トレドはにやりと笑った。


「俺は魔物退治にうってつけの船も持ってるんだ。その名も武装魔導船トロイメライ号! こいつは凄いぜぇ。帆船とは違って魔導炉を積んだ、鋼鉄製の頑強な船だ。そんじょそこらの攻撃じゃビクともせん。この船、使いたくないかい?」

「嬉しい申し出だけど、何か条件があるんでしょ?」


 セレナの問いに、トレドは酒瓶を掴んで勢いよくカウンター席に置く。


「腕っぷしじゃ敵わねぇ。だがここは酒場だ。飲み比べで勝負と行こうや。俺に勝ったらトロイメライ号を貸してやる!」


 エールは危険を感じてセレナの袖をくいくいと引っ張った。


「止めとこう、セレナ……飲み比べじゃ勝てないよ。相手はお酒の達人だよ!?」

「ふふふっ。お酒の達人って何よ。ただの喧嘩よりずっと安全だよ」

「もしセレナが急性アルコール中毒になったら……私……」

「何そのリアルな心配。でも大丈夫だから任せて」


 セレナはやけに自信満々である。何か勝算があるのだろうか。

 それでも止めようとするエールに焦れたのか、トレドはこうつけ加えた。


「不安だったら三人がかりでいいんだぜ。三対一だ。それなら構わんだろう」


 他の客が囃し立てて勝負の空気が生まれ、引き下がれなくなってきた。

 結局、エールにはセレナを止めることが出来ず、三対一の飲み比べになった。

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