22話 セレナとぴぃちゃん
エールたちがテオドラと戦う一方で、セレナは列車内を歩いていた。
スパーダが見かけたという密売人の特徴は聞いている。全身黒ずくめの二人組。
一人は痩身長躯で、もう一人がやや肥満体形。どちらもサングラスで顔を隠していると。
乗客たちは今、後部車両に避難しているがその中にはいなかった。
ということは他の車両のどこかに身を潜めている。
魔導列車の外に逃げるとは考えにくい。天蓋都市まではまだまだ遠い。
こんなだだっ広い雪原へ軽装で逃げても待つのは死だ。
「まずいですよ兄貴……竜が取り返しに来やがった。もう少しで国外へ逃げられたのに……!」
「慌てるんじゃねぇ。逃げ道なんて無いんだよ。銃士と冒険者に期待するしかねぇ」
相部屋のひとつから、会話をしている声が響いてきた。
セレナはそっと相部屋の扉に耳を当てて、その内容を盗み聞きする。
「竜は物好きな貴族や騎士に高く売れんだよ。ガキの頃なら案外懐くんだぜ?」
「馬や犬みたいにですか。でもそりゃ嘘っぱちじゃないんですかい?」
「ちげぇよ。どこかの国には竜に乗る竜騎兵なんてのも存在したんだとよ」
顔は分からないが、会話の内容から察するに、彼らが密売人で間違いない。
こういう時、セレナは小難しいことを考えるタイプではない。正面からとっ捕まえる。勢いよく扉を蹴破ると、魔導銃を両手に構えて飛び出した。
「フリーズしなさい! あんたら密売人でしょ! 神妙にお縄を頂戴するわよ!」
「誰だてめぇ! このクソアマがっ、俺たちに何の用だ!?」
遅れて密売人の二人は懐に手を突っ込んだ。
セレナからすれば欠伸をするくらい遅い動作だ。いつでも撃てる。
密売人たちが取り出したのは魔導銃だった。
『ゲパルト』という名前のついているモデルである。
護身用の道具として民間人でも武器屋で簡単に購入できる。
気になるのはセレナの知るデザインとやや異なる点だ。
ゲパルトは護身用なので、撃てる魔法も動きを止める『麻痺弾』だけだ。
殺傷性の高い魔法を使うために改造している可能性は高い。
――が、そんなことはセレナに関係ない。
密売人が魔導銃を構えた瞬間、セレナの二丁の魔導銃から光弾が放たれる。
発射する魔法は突入前から『麻痺弾』に切り替えてある。
正確な狙いで密売人の手を撃ち抜くと、二人は床に魔導銃を落とす。
麻痺弾の効果で手が痺れて、しばらく利き手は使いものにならない。
「無駄な抵抗ご苦労様。もう諦めて欲しいんだけど」
「てっ、てめぇ~……!」
痩身長躯の方の男がわなわなと震えると、怒りに任せて殴りかかってきた。
セレナにはスローモーションに見えて手に取るように動きが分かってしまう。
顔めがけての単調なストレートパンチである。
セレナを左へ半身になって避けつつ、鳩尾に膝蹴りをぶち込む。
体勢を崩して膝から倒れたので、後頭部を魔導銃のグリップエンドでぶん殴った。セレナは気絶した長身痩躯の男を片足で踏んずけると、魔導銃を肥満体形の男に向ける。
「私はウィンターベル銃士隊のセレナ! あんたらはウェンディゴの銃士隊に引き渡すわ。それなりに重い罰を受けると思うから覚悟しといて。それで竜の子供をどこに隠してるの? さっさと吐け!」
ちょっときつい剣幕で怒鳴ったら、肥満体形の男は諸手を挙げて降参した。
天蓋都市の治安維持も銃士隊の仕事のひとつだ。
エールとセレナは休職中の身だがこれもある意味、仕事の内と言える。
「ち、違うんだ! 本当にちょっとした出来心で……こんなに上手く行くとは思わなくて! 竜の子供はそこの黒いキャリーバッグに閉じ込めてある。好きにしてくれ!」
相部屋にも関わらずこんなところに隠しているとは。
杜撰すぎる。相手は子供でも竜だ。大雑把なセレナでも慎重になった。
密売人の二人をロープで縛ると、恐る恐るキャリーバッグを開ける。
「……う」
セレナは思わず声を漏らす。中には、すやすやと寝息を立てる小さな竜がいた。
背中に小さな翼がある。鱗は赤みがかっていて、とても愛らしい。
子供の頃に読んだ、魔物に関する本の竜はどれもこれも厳めしいものだった。
見て描いたのか、はたまた想像で描いた挿絵だったのかはセレナにも分からない。でも確かなことがひとつある。本物の竜は絵と全然違う。静かに眠る竜の子供をそっと抱き上げると、相部屋を後にした。
「きゃわわ……きゃわわわわ。きゃわいい。こりゃー欲しがる人がいてもおかしくないね」
鱗に覆われた身体は少しざらついた感触だが、じんわりした温もりが気持ちいい。やがて竜の子供はセレナ腕の中で目が覚めた。
大きな青い眼をぱちくりと開いて、周囲をきょろきょろ見渡す。
「ぴぃ……ぴぃ?」
「あっ……目が覚めたの? もう大丈夫だからね。今からお母さんのところに連れて行ってあげる」
「ぴぃ?」
竜の子供が眼をまんまるにして首を傾げる。
もしかしてテオドラはお母さんではなくお父さんなのか。
テオドラの声色から察するに女性のはずなので合っていると思うのだが。
そんなことを考えていると、セレナは竜の子供の疑問符をようやく理解した。
「あっ。私? 私はセレナ。美人のお姉ちゃんだよ。よろしくね」
「ぴぃ! ぴぃ……ぴぃ!」
抱えている胸の中で竜の子供が両手をぱたぱたとさせる。
きっと助けてくれてありがとうと言っているのだろう。
言葉はまるで分からないが、セレナにはそんな気がしたのだ。
「ぴぃ! ぴぃぴぃ!」
竜の子供が自分を指差しながら、何かを伝えようとしている。
これもセレナの『そんな気がする』に過ぎないが、きっと名前を名乗っている。
だが言葉までは分からないので、その名を知ることはできなかった。
「ごめん……私ってば頭が良くなくってさ。あなたの名前が分かるまで『ぴぃちゃん』って呼んでいいかな」
「ぴぃ!」
首を縦に振ったので、竜の子供も納得してくれたのだろう。
話に夢中になっている場合ではない。そろそろ先頭車両に行かなくては。
と、その時、きゅるる、と竜の子供のお腹が鳴った。
「ぴぃ~……」
「お腹減ってたんだ。気がつかなくてごめん。えっと、チョコでも食べる?」
「ぴぃ!」
セレナがポケットから出したのはどこにでも売ってる板チョコだ。
どこかで間食をしようと売店で購入したものである。
竜の子供はチョコに飛びつくと、むしゃむしゃと食べ始めた。
「あはっ。口にチョコついてるよ。拭いてあげるからね」
「ぴぃ? ぴぃ~……」
「落ち込まなくてもいいよ。私も食べ方汚いからさ。にひひっ」
ハンカチで竜の子供の口を拭って、いよいよ準備完了である。
セレナは魔導列車の扉を開けて外へ出た。
外は身体の芯から凍る冷たい風が吹いていて、降り注ぐ雪を運んでいる。
「ううっ……寒いっ……」
「ぴぃ? ぴぃ!」
「ぴぃちゃんはへっちゃらなんだ……羨ましい」
先頭車両の方から激しい戦闘音が聞こえてくる。
後ろの車両からでもテオドラの姿がよく見える。かなりでかい。いかつい。
こっちは魔物の本の挿絵通りだ。あんなのと戦って勝てるのか。
ともかくセレナはテオドラに子供を返すため、エールたちのところへと急ぐのだった。




