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21話 交渉決裂

 銃士隊でまず最初に叩きこまれるのは、敵は人間だろうと魔物だろうと容赦なく倒せということだ。血生臭い言い回しをすれば『必ず殺せ』という意味である。

 大切なものを守るためならば、時には命を奪う覚悟が必要なのだとエールは解釈している。


 そのことに疑問を感じたことはないし、エールはこれからも必要ならそうする。

 魔物はおおむね人間を敵対視しており餌か道具のようにしか考えていない。

 もっとも、魔物や奴隷を売買する密売人の存在を考えれば、人間の業も深いのだが。ゆえに魔物と友好を結ぶことはほぼ不可能であり、問題が起これば戦いは避けられない。


 だが、今回に限ってはただ倒せば良いというわけではないとエールは感じた。

 我が子を奪われた怒りはもっともであり、竜のテオドラが悪いわけではない。

 悪くないのに魔物だから何も考えず戦えばいいというのは釈然としないのだ。


 偶然居合わせただけの魔導列車の乗客にも罪はない。

 密売人は人間の法で裁かれるべきで、テオドラには引き渡せない。


 よって、速やかにテオドラの子供を返し、怒りを収めて帰ってもらう。

 無理なら戦って殺さず追い払う。エールはそのように考えた。


 エール、スパーダ、エリーゼ、アスクレピオス。

 この四人は停車中の魔導列車から降りて、先頭車両を目指した。


 テオドラが指定したタイムリミットまで後10分しかない。

 約束の時間まで交渉を試みるがおそらく納得しないだろう。


 その間、列車内に残ったセレナが密売人を探し、子供を確保する。

 なぜセレナなのかと言えば、彼女の武器が竜に対して通じないためだ。魔導銃は主に小型の魔物や対人制圧に使われる。大型の魔物には、効き目が薄い。


 対して、魔導砲を使うエールや、エリーゼの魔法の補助があるスパーダは戦いになっても通用する見込みがある。アスクレピオスは、治癒魔法で戦闘を広くサポートしてくれるだろう。よってこのメンバーなのだ。


 テオドラに子供を返す行為に打算はない。

 もし人質にしたり、うっかり殺しても竜の怒りを招くだけだ。


 魔導列車の外に出てしばらくすると、雪が降ってきた。

 列車内は魔法の力で暖房が効いていたので、寒暖差で一層寒く感じる。

 寒さが苦手なセレナが外に出ていたら、絶対に文句を言ったはずだとエールは思った。


「何の用だ人間……私の話はちゃんと聞こえていたか? その様子ではよほど滅びたいらしい」


 竜のテオドラと相対して、エールがまず圧倒されたのはその大きさだった。

 車掌の話から屋根に乗るくらいのサイズを想像していたのだが、違う。

 片腕で先頭車両の屋根を踏みつけにしている。人間なんてほとんど小人だ。

 その威圧感。覇気。殺意。エールは気がついたら小刻みに震えていた。


「私はケイローンの息子、アスクレピオス。誇り高き竜の一族たるテオドラ殿に話があって来た」


 テオドラの眼はまるで蟻を見るかのように冷たかった。

 しかし、アスクレピオスが発した言葉と共にその態度が一変する。


「ケイローンの息子……!? あのケンタウロスの長の。魔物に育てられた人間の魔法使いがいると聞いたが……貴様のことか。ほう……確かに魔物の匂いもする」


 エールとスパーダはそんな話を一切聞いていなかったので、内心で驚いた。

 アスクレピオスの表情は右半分を覆う仮面のように全く動いていない。

 まるで氷だ。動揺した様子もなく態度は堂々としている。

 出自を明かしたのは交渉に持ち込むための作戦なのだろう。


「テオドラ殿、私はオブラートに包まれた会話が好きではない。率直に話させて頂くが、よろしいか」

「奇遇だな。私も、もったいぶった会話は嫌いだ。一体何の用だ?」

「あなたの子を奪った人間と乗客の命をお許し願いたい。子供は必ず見つけ出してあなたに返し、あなたの子を奪った者たちは人間の法で裁くと約束する」


 赤き竜は目を少し細めて、やがて返事をした。


「駄目だな。見せしめが必要だ。竜に手を出すとどうなるか、身をもって教えなければならない」

「確かに人間は愚かです。ですが罪無き命まで殺め、あなたが手を汚す必要もないでしょう」

「口が達者じゃないか。ケイローンの息子よ、私が冷静に見えるか?」

「ええ。私にはそう見えますが」


 エールにはテオドラがほんの少し笑ったように見える。

 まるで嵐が来る前に静寂が訪れるように、直後、険しい表情で怒気を露にした。


「もう約束の時間だ、私の我慢はとっくに限界を迎えている! 『奴』との戦いに負けて夫を奪われ、今、我が子まで失おうとしている! 私の要求に応じないなら、何もかも八つ裂きにするだけだ! あの世でケイローンと再会するがいい、アスクレピオスぅ!!」


 テオドラが大きく息を吸い込んだ。

 上体を仰け反らせ、口から何かを吐き出そうとしている。


「――散れッ! ドラゴンブレスが来るぞ!」


 エールとスパーダは全力疾走で左右にバラけた。叫んだのはアスクレピオスだ。

 同時、アスクレピオスも人間とは思えない跳躍力で上へ跳ぶ。おそらく魔法の力だろう。テオドラの口から放たれたのは、灼熱の炎。エールたちがいた場所は瞬く間に火で埋め尽くされた。


 その威力たるや、降り積もっていた雪を溶かして、地面を大きく抉るほどだ。

 これが竜の怒り。会話を引き延ばすこともできない。テオドラはとっくにキレていたのだ。約束は果たされず、エールたちはその怒りを味わうことになった。


「……待ってください! 戦う必要なんてありません、子供はちゃんと……」

「黙れ、貴様らの死は最初から確定している!! 大人しく殺されろッ!!」


 エールの言葉を遮ってテオドラの巨大な右腕が振り下ろされる。

 反射的にエールはバックステップで躱して、背負っていた魔導砲を構える。

 引き撃ちだ。瞬時にテオドラの顔面を狙いプラズマ弾を発射する。

 プラズマ弾は直撃したが、まったくの無傷。これが堅牢と言われる竜鱗の力だ。


「はっ、案外やるじゃないか。だが効かないね」


 その隙にスパーダは抜刀してテオドラの背後に回り込んでいた。

 首筋めがけてサーベルで斬りつける。まるで金属同士が激突したかのような音が響いた。折れるかと思ったが、さいわい少し刃毀れしただけでまだ使える。


「そっちは背後から不意打ちか? なんだ、最初からやる気だったのかい」


 エールが魔導砲で援護しつつ陽動役になり、スパーダが不意をつく。

 そういう作戦だったのだが、そもそもの攻撃が効いていない。


「っ……やっぱり強いな、竜は。だけど諦める気はない……!」


 スパーダはテオドラの首筋にしがみついたまま呟いた。

 鬱陶しいのか、振り払おうとしたところで、エールがその邪魔をする。

 『誘導弾』だ。何発もの爆発する光弾が魔導砲から発射された。

 巨体のテオドラのそれを防ぐ手立てはない。全てが直撃する。


「まるで蝿にたかられてる気分だよ。戦うならもう少しやる気を出せ……!」


 全弾命中にも関わらずダメージは全く見受けられない。

 もう二人は十分本気なのだ。全力で戦っても、まるで届かない強さ。

 これが竜。これが魔物の頂点の実力。

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