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20話 赤き竜のテオドラ

 朝になると目が覚めたエールは服をすぐに着替えて、窓から景色を確認した。

 雪景色なのは昨日と変わらないが、どんよりと曇っているのが分かる。

 この感じは、雪が一降りするときの気配だ。


「おはようエール、早起きだね」


 どうやらスパーダも目覚めていたようだ。むくりとベッドから起き上がる。

 本当はセレナの妙な色気で気分が落ち着かず眠れなかっただけなのだが。

 セレナ本人はと言えば、寝息を立てながらぐっすりと熟睡している。


「スパーダ、もう少しゆっくり寝た方がいいよ。朝ごはんまで時間があるもの。なんだか疲れているみたい」

「うん……それもそうだね。お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうかな」


 スパーダはいそいそと空いている上のベッドに移動して二度寝を始めた。

 エリーゼについては、言うまでもなくまだまだ睡眠中である。


 エールは少し暇を持て余したので、部屋の外へ出てみることにした。

 知らない人でも誰かいれば、お話をして時間を潰せるかもしれない。

 すると、アスクレピオスがいたのだ。通路の窓から空をじっと見つめている。


「アスクレピオスさん! おはようございます」

「……何かの威圧感があるな。魔物が近くまで来ているかもしれない」


 返ってきたのは挨拶ではなく、物騒な予感だった。

 エールは何も感じない。アスクレピオスはただ窓の外に視線を向けている。

 真似をして窓の外をじーっと凝視していると、エールにも何かが見えた。


 銃士として、遠方の標的を狙えるよう視力は養っているつもりだ。

 遠くから何かが接近している。それは空を羽ばたいているようである。

 だが、おそらく距離感から考えるに鳥ではない。鳥にしては巨大すぎるのだ。

 色は真っ赤で、曇天の中でもくっきりとシルエットが浮かび上がっている。


「あれは……竜だな」


 アスクレピオスの言葉を聞いて、エールはびっくりした。

 竜。それは多種多様な魔物の中において最も誇り高き存在。

 人間に劣らぬ知性と、あらゆる攻撃を防ぐ堅牢な鱗と、すべてを葬る炎を吐く力を持つ。


 エールは竜をいわば魔物における貴族のようなものだと教わった。

 数百年に一度出現する魔物の王を除けば、竜ほど高貴な魔物はいないと。


 竜は過酷な自然環境を好み、その縄張りから出ることは少ない。

 しかし自らの土地へ侵入した外敵には一切の容赦なく襲いかかる。

 だからおかしいのだ。魔導列車が通る場所に竜の縄張りがあるとは思えない。


「あの……大丈夫ですよね。竜は偶然通りがかっただけで……」

「それは私にも分からないな。だが確実にこの列車に近づいてきている」

「あわわ……見間違いじゃなかった。ど、どうすれば……」


 エールは慌てるしかなかった。

 例え一体であろうと、相手が竜なら銃士隊だって部隊を組んで挑む。

 この列車に戦える人間が果たして何人いるだろうか。エールたち三人ではとても倒せない。


「まずは車掌に報告すべきだろう。そして必要なら戦える者を集める」


 顔の右半分を仮面で隠したこの男は、いかなる時も非常に冷静だった。

 エールはまるで生徒にでもなった気分で、はいと挙手する。


「私と、仲間のセレナとスパーダは戦えます。でも列車の乗客って上流階級の人が多いんですよね……」

「その通りだ。おそらく戦力になるのは私と君たちだけだろうな」

「アスクレピオスさんも……戦えるんですか?」


 エールの問いに、アスクレピオスは数瞬の間を置いてこう答えた。


「少しはな。たとえ負傷しても私の治癒魔法ならすぐに治せる。邪魔にはならないだろう」


 荒事が得意そうには見えないが、アスクレピオスには底知れない何かがある。

 直感的にだがエールはそう思うのだ。この人はきっと頼りになると。


 セレナとスパーダにも事情を話そうとした時、車両がわずかに振動した。

 そして徐々に減速していき、遂には停止してしまったのである。

 青褪めた表情で車掌がこっちに来るのが見えた。


「車掌、何があった?」


 アスクレピオスが静かに問いかける。

 車掌は動揺しているようで酷い滑舌ながら、せいいっぱい答えた。


「せ、せせっ、先頭車両の屋根に魔物が……りゅ、竜です。あれは竜です。間違いありません」

「やはり接触してきたか。だが狙いが分からないな」


 エールは車掌の背中をさすって、気持ちを落ち着かせた。

 加えて今すぐ乗客に事情を説明して、後部車両に避難させるべきだと話した。

 非戦闘員は拡散させず集めておいた方が被害が及ばないよう戦いやすい。


「聞こえるか人間どもよ。私はテオドラ。誇り高き竜の一族だ」


 その時、恐ろしい威圧感を伴った、低い声が魔導列車に轟いた。

 竜は知能が高い。人間の言葉を知る個体も少なくないと聞く。

 この声の主こそ、さっきアスクレピオスとエールが見た竜の声なのだ。


「手短に要求だけ伝える。私の子供と、私の子供を連れ去った愚かな人間を差し出せ。そうすればこの場にいる者の命だけで許してやる。だが私の要求に応じない場合は天蓋都市をひとつ滅ぼす。私の子供がもし死んでいたら、その時も天蓋都市をひとつ滅ぼす。30分だけ待ってやる。せいぜい、賢明な判断をすることだ」


 エールは、まだ完全に状況が飲み込めていない。

 やがてざわざわと乗客が騒ぎはじめて、混乱が起きた。

 とにもかくにも、車掌は客を落ち着かせながら後部車両へ避難させはじめる。


「これは……どういうことなんでしょうか?」

「考えられる可能性はひとつだ。誰かが竜の子供を攫ったのだろう。確か、この国では魔物を飼うのは危険という理由で犯罪になっていたな。事件の犯人は密売人といったところか」


 そこで、ようやくスパーダが話していたことをエールは思い出した。

 密売人らしき人間を見かけたと言っていたではないか。

 そのことを話すと、アスクレピオスが方針を立てる。


「密売人を見つけるべきだな。子供を返せば戦いを回避できる可能性もある」

「そ……そうですねっ。でも竜は一度怒ったら手がつけられないって……」

「ああ。だが交渉次第では密売人の命だけで許してくれるかもしれない」

「え……」


 胸の中がもやもやする。

 本当に密売人を竜に引き渡せばそれでいいのだろうか。

 確かに、密売人は罪を犯した。だからといって簡単に死なせていいのか。


「……その、密売の罪ってどれくらい重いんでしょうか」

「私も詳しくはない。刑務所行きは免れられないが、死刑になるとは限らない」


 避難誘導で騒ぎが大きくなったので、いよいよセレナとスパーダも通路に出てくる。事情を話すと、二人はすぐに密売人を見つけよう、と言ってくれた。


「みんな……いいかな。竜の子供は返すべきだけど、私、密売人さんは引き渡したくない」

「……どういう考えなのか、詳しく聞かせてもらおうか」


 アスクレピオスの疑問はもっともだった。

 とはいえ、エールの考えというのは至極単純なものなのである。


「密売人さんは悪いことをしたけど、でも……死に値するほどじゃないかもしれない。なら……人間の法で裁かれるべきだって。竜を怒りを宥めるために命を差し出すのは良くない……と思うんです」


 たしかにテオドラの要求通り、子供と密売人を引き渡して交渉すれば穏便に済む可能性もある。

 それを良しとしないのがエールの考えなのだ。竜は強い。とても恐ろしい。

 天蓋都市ひとつを滅ぼす力がある。普通ならば戦う必要のない道を選ぶはずだ。


「まぁ、要求通りにしても乗客は皆殺しだもんね。飲めるわけないよ」

「でもできる限り……竜のテオドラさんも殺したくない」

「えっ。どういうことよ、エール?」


 同調していたセレナもこれには驚いたらしい。無理もない。

 その意を汲んでくれたのはアスクレピオスだった。


「……子供を攫われた竜は罪を犯していないから、か?」


 エールはこくりと頷いた。


「だめ……ですか? そうですよね……」


 ただでさえ強い竜を、殺さずに追い返す。

 そんな無茶が受け入れられるとはエールも思えない。

 しかし、アスクレピオスも、セレナも、スパーダも、その予想を裏切った。


「……君の仲間が了承するなら私はそれでいい。後15分しかない。決断してくれ」

「私はいいよ。元々勝てるか分からない相手だからね。かえって成功するかもよ」

「僕も構わない。エール、君ってどこまでも甘いけど……僕はそういう君が気に入ってる」


 まさか賛同してくれるなんて思いもよらない事態だ。

 無茶に付き合ってくれる仲間にエールは心から感謝した。

 腰袋からふよふよとエリーゼが飛び出てきて、瞼をくしくし擦る。


「竜の子供さんを探す人と~……竜さんと戦う人がいるね~……どうするの~……?」


 かくしてタイムリミットの迫る中、作戦会議が開かれたのである。

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