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18話 はじめての魔導列車

 イエティに襲われた村の住民たちは全滅したわけではないようだ。

 納屋や屋根裏に隠れて難を逃れた者たちもいて、3分の1は生き残っていた。

 亡くなった犠牲者たちを弔って、エールたちは首都ユールラズへと帰還した。


「エリーゼ、どこにいるのー? 返事をしてー」


 エールの声がのどかな田園地帯に吸い込まれていく。

 今はと言うと、ユールラズ内の農業地域まで足を運んでいた。

 スパーダ曰くたぶん風に流されてしまったのだろう、と話していた。

 少ない情報を頼りに探し続けること数十分。遂にセレナが発見した。


「いたっ。エリーゼ確保ーっ!」


 呑気な話だがエリーゼは蝶々と戯れていた。

 もうどこにも逃がさないように両手でしっかりと握り締める。


「そんなに手でぎゅーってしなくても逃げないよー……」

「ごめん。今日は魔導列車に乗る日だから時間に余裕が無いんだよね」

「はぅ……そーだっけー……?」


 セレナの答えにエリーゼが首を傾げる。

 その話をしていた時、エリーゼは眠っていたかもしれない。

 次の目的地、天蓋都市ウェンディゴはユールラズからだと非常に遠い。

 徒歩では気の遠くなるほどの日数を要し、現実的とは言い難い。


 そこで天蓋都市と天蓋都市を繋ぐ『魔導列車』に乗ることにしたのだ。

 魔導炉という魔力を生み出す動力機関で動く乗り物である。

 物資の運搬や上流階級の者が旅行の足として使う。


「それにしてもスパーダは太っ腹だよ。イエティ退治の報酬で魔導列車の切符代払ってくれるなんてさー」

「うん……なんか悪いことしちゃったね……」


 魔導列車の切符代はとても高い。庶民には中々手が出せない。

 今回は運が良いことに格安の相部屋が空いていたので、切符を買えたそうだ。

 エールとセレナも今までの人生で魔導列車に乗るなんて経験がない。


「二人とも、悪いね。エリーゼ、しばらく腰袋から出ちゃいけないよ」


 スパーダは魔導列車の駅で待っていた。

 エリーゼを腰袋に収納すると切符を二人に手渡す。


「いやいや、良いんだよ。私たちもう仲間でしょ? ちょっと抱擁させてくれればそれで……」

「それは構わないけどなんでお礼が抱擁なんだ……」


 セレナはスパーダに後ろから抱き着いて胸を揉み始めた。

 凛々しい男の子のように見えるが、これでも立派な女の子なのだ。


「ううむ……中々の大きさですなぁ。小ぶりに見えてしっかりボリュームが……」

「セクハラはこの辺りで勘弁してくれないか。列車に乗り遅れるよ」

「あっ! ごめんごめん。乗ってからゆっくり楽しもうねぇ。むふふ」


 友達としての付き合いが長いので忘れかけていた。

 セレナは仲良くなるとすぐスキンシップを仕掛けてくるのだ。


「そうだ。乗る前に駅弁買わないと! ほらほら、急ぐよエール!」

「えっ!? うん……もう、セレナは忙しいんだから……!」


 奔放なセレナの調子に振り回されつつも、三人は魔導列車に乗車した。

 これほどの巨大な鉄の塊が馬より速く移動するなんて信じられない。


 相部屋は四人部屋となっており、二段ベッドが二つ、部屋の両端に置いてある。

 最後の一人は空きでいない。実質的にエールたちだけの部屋である。


 いよいよ発車すると、駅を出て鉄路を進みはじめた。

 雪景色が右から左へ流れていく。その様子にセレナは興奮していた。


「すっごぉい。はっやぁい! 見て見て、あそこに村が見える!」


 かくいうエールも、セレナほどではないが楽しかった。

 きっと銃士隊にいるだけではこんな体験をする機会も無かっただろう。

 ある意味で姉のおかげだ。姉も旅はつらい時もあるが楽しいと手紙で常々語っていた。


 昼も過ぎ、駅で購入した駅弁を食べ終わると三人は暇を持て余した。

 エールが窓から景色を眺めていると、セレナがこんなことを言い出す。


「ねぇ、列車の中を探検しない? 面白そうでしょ!?」

「セレナ……他のお客さんの邪魔になったりしない?」

「大丈夫だよ。よその部屋に入るわけじゃないし。数日間この列車で過ごすんだよ。色々知りたいじゃん」


 エールは消極的だったが、スパーダも行くと言ったので話はそれで纏まった。

 と、言っても面白い設備などあるわけではなく、せいぜい食堂車が存在するくらいだ。それでもセレナは興味深そうにきょろきょろと列車の中を観察していた。


 その時である。おそらく自室に戻るであろう、利用客とすれ違う。

 不自然なほど清潔な、塵ひとつない真っ白なローブ。顔の右半分を覆う半仮面。

 隠していない側の顔を見る限り、端正な顔立ちをした線の細い男性。


 まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのような出で立ちが、エールの目を引く。

 白衣の男とでも呼ぶべきその人物は、エールたちと視線を合わせず個室の中へ入っていった。


「さっきの人……何か変だったねぇ。仮面被ってたよ……」


 セレナの呟きはもっともだった。

 単に仮面を被っているから変人だという偏見ではない。

 気配が異質なのだ。何か底知れないものを目撃したような。

 そんな気がするのだ。


「……あの人を見て思い出したよ。密売人なんかもよく魔導列車を利用するんだ」

「あの人はそんな類じゃないと思うけど。それならもっと普通の服装をするでしょ」


 スパーダがふとそんなことを言うと、セレナが即座に否定した。


「まぁ、そうだね……でもそれっぽい連中が他の相部屋にいるんだよ」

「こ、怖いよー……密売人は妖精とか、奴隷とか、魔物とか……売っちゃいけないものを売るの」


 エリーゼがスパーダの腰袋の中で震えていた。

 密売人のことについて、エールもセレナも詳しく無かったが、スパーダは冒険者の仕事で何度か会ったことがあるそうだ。とっちめたことも、ある。エリーゼとの出会いがまさにそうだ。


 特に魔物の密売がやばい。物好きな他国の貴族などに売りつけるのだが、群れを作ったり仲間意識の強い魔物はどうやってか追いかけてきて仲間を奪い返そうとする。密売が原因で魔物の大群に襲われた天蓋都市もあるほどだ。


「何事も無いと良いんだけどね……何か……嫌な予感がするな」


 後になって分かるが、スパーダの予感は的中することになる。

 魔導列車は休みなく鉄路を進み続け、夜を迎えてもその速度を衰えさせない。

 夕ご飯の時間を迎えた時刻。エールが突然、高熱を出してしまいベッドで横になっていた。


「エール、大丈夫? 無理しちゃ駄目だよ」

「う、うん……たぶん風邪だよ。寝てればそのうち治ると思う……」


 思えば、朝から少し身体がだるいとは感じていたのだ。

 だが魔導列車に乗らなければいけないので、無理をしたのが良くなかった。


「スパーダ、解熱剤とか持ってないの?」

「すまない。僕も薬は……無いな。ポーションならあるけど」


 ポーションは飲用することで外傷を癒す魔法の薬だ。

 冒険者や旅人ならひとつは持ち歩いている。だが風邪には効かない。


「車掌さんにちょっと聞いてみる。もしかしたら薬を持ってるかも」


 セレナは部屋から飛び出して、他の乗客とぶつかりそうになった。

 その人物は、お昼頃にすれ違った半仮面を被る謎めいた白衣の男である。


「……すみません。ちょっと焦っていて……」


 セレナが道を譲ろうとすると、白衣の男は静かに問いかけた。


「……何かあったのか。君の事情次第では力になれると思うが」


 この異質な気配を漂わせる男に頼っていいのか、若干迷った。

 藁にも縋る思いで、セレナは打ち明けた。


「その……友達が風邪みたいで。高熱を出して苦しんでるんです」


 白衣の男は緩く腕を組みながらこう答える。

 無機質だった男の瞳に、微かに光が宿ったような気がした。


「……私は医者だ。良ければその子を診せてはくれないだろうか」


 そんな偶然があるのかと、セレナは幸運に驚くしかなかった。

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