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16話 自己崩壊

 村の近くには高い崖があり、ちょうど村を一望することができた。

 顔の右半分だけを覆う仮面を被った、白衣の男がそこから村を見下ろす。


「ふむ……少し面白いことになったな」


 それは白衣の男にとってまったく偶然の出来事であった。

 以前のように意図的に仕掛けた戦いではない。ゆえに興味は尽きない。

 あのイエティは『欠片』を長く所持し使い方を熟知している。


 きっとコボルドやアンダーワームの時のように上手くはいかないだろう。

 懸念が無いわけではないが、銃士側が勝つ可能性は低い、と白衣の男は考えていた。


「ふふふ……俺と戦う気かぁ? そんな豆鉄砲で?」


 イエティの考えも白衣の男とおおむね同様だ。

 『フィロソフィアの欠片』が与える力のブーストは絶大なのである。

 セレナの魔導銃では、欠片の力を持つイエティを倒すことは不可能。


「さーてね……やってみないと分かんないな。そればっかりは」

「なら体感させてやるよぉ……!!」


 胸に埋め込まれた欠片が輝きを増すと、イエティの身体が膜で覆われる。

 イエティが突撃の体勢に入った瞬間にセレナは構えた魔導銃を発砲した。

 銃口から火花が飛び散り、イエティの顔面にプラズマ弾が飛来する。

 恐るべき早業と正確な射撃と言わざるを得ないが、それも無意味。


「ふん!!」


 イエティを覆う魔力の膜がプラズマを跳ね返す。そしてそのまま突っ込む。

 直後、背後で爆発が巻き起こってイエティの身体は衝撃で吹っ飛んだ。


 したたかに全身を地面に打ちつけるも、『欠片』の力のおかげで怪我はない。

 振り向くと、一軒家の屋根に一人の少女が立っていた。

 白金の髪をたなびかせ、手には魔導砲を握っている。


 建物の影から状況を見守っていたスパーダは知っている。

 たしかエールと言ったか。『熾天使のカノン』の妹にあたる人物だ。

 エールの隣にはエリーゼがふよふよと浮かんでいた。なるほど。

 ここに来た理由はどうあれ、エリーゼのおかげで状況を把握しているらしい。


「誘導弾が効かない……やっぱりあの『欠片』を持ってる魔物は強い」

「大丈夫なのー……? あの魔物とっても怖いよー……」


 不安がるエリーゼにエールは笑顔で答える。


「なんとかしてみせるよ。私たち、ああいう魔物とはもう二回戦ってるもん」


 力技で倒すならハイペリオンバスターをおいて他にはない。

 難点はエールの魔力量では一発限りのうえ魔力の充填に時間がかかること。


 さいわいにして地の利はこちらにある。

 エールは今、イエティの手が届かない一軒家の屋根の上にいるのだ。

 風の妖精であるエリーゼの魔法で乗せてもらったのだが、ここなら安全に魔力を充填できる。


「お前は後回しにするかぁ。まずは屋根に乗ってる方を倒す!」

「ご宣言どうも。でもあなたじゃ攻撃が届かないと思うけど?」


 セレナの煽りも無視してイエティは胸に埋まった『欠片』を取り出し握りこむ。

 握った拳はダイヤのような輝きを放ち、屋根にエールがいる一軒家へ殴りかかる。木造建築のその家は、たった一撃で粉々に吹き飛んだ。


「うわわっ! うわ~っ!? そんなのあり!?」


 コボルド、アンダーワーム戦から治癒能力や耐久力の高さばかり注目していた。

 しかし『欠片』は使い方しだいで常軌を逸した破壊力を生み出すことも可能なのだ。崩壊した一軒家から落下するエール。エリーゼが慌てて魔法を発動する。


「はわわっ、空気のクッション!」


 雪が降り積もった地面に激突する寸前、空気の塊がエールを救った。

 ぼいん、と衝撃を吸収しつつ身体が跳ねて二本の足で着地に成功。


「あ、ありがとうエリーゼ。おかげで助かったよ……!」

「エール~……前、前を見て~……!!」


 エリーゼの方へ振り向くエールだが、攻撃はまだ終わってない。

 『欠片』を右手に握りこんだまま連続で殴りかかってくる。

 それをエールは危うい紙一重の動きによって回避していく。

 銃士になるための訓練で培った反射神経が無ければすでに死んでいただろう。


「ちぃっ、すばしっこい!!」

「……その瞬間は逃さないよ!」


 致死級の連続攻撃の最中、隙を見出したエールは魔導砲の筒先をどてっ腹に向ける。零距離でプラズマ弾を発射。凄まじい閃光と共にイエティが地面に転がる。


「がぁぁぁぁ!? こ、このクソアマァァァァァッ!!」


 攻撃に『欠片』の効力を集中させていたせいで防御がおろそかになっていた。

 ダメージありだ。ただイエティが即座に治癒力を発揮させたので、致命傷にはなっていない。この隙にエールはハイペリオンバスターの発射準備に入る。


 魔力の充填完了まで数十秒。イエティの傷が完全に癒えるのが先か。

 もしくはハイペリオンバスターが発射可能になるのが先か。


「行くよっ、ハイペリオンバスターだぁぁぁぁーーーーっ!!!!」

「もう我慢ならねぇ、死にさらせクソアマがぁぁぁぁ!!」


 エールとイエティが動いたのはほぼ同時。

 魔導砲の砲身から膨大な荷電粒子砲の光が放たれる。

 片やイエティは『欠片』を握った右拳で地面を叩き、衝撃波を発生させる。


 攻撃魔法というのは、大抵同じ攻撃魔法で相殺できる。

 イエティの衝撃波も『欠片』に秘められた魔力によって生み出されたもの。

 つまり魔法の一種だ。魔法と魔法が激突し、大きくせめぎ合う。


「お姉ちゃんに会うまで……私は、負けられないんだぁぁぁぁっ!!!!」


 だが気合いという一点においてエールはイエティに勝っていた。

 残された魔力を全て魔導砲に注ぎ込み、衝撃波を飲み込んで光の奔流がイエティを襲う。


「!? ガァァァァァァァッ!!!!」


 イエティは咄嗟に両腕でガードし、荷電粒子の光から身を守った。

 そしてなんと、力技で上空へと弾き飛ばしてしまったのである。

 竜鱗さえ貫くと言われる銃士の必殺技が初めて敗れ去った瞬間だった。


「やった! 俺の勝ちだ!! 『欠片』よ! もっと力を! もっと俺に力を!!」


 エールとセレナは絶望を覚えた。ハイペリオンバスターが敗れた今、切り札はもうない。傷を負わせたどころか、イエティの身体はむしろ魔力で溢れかえっている。あの『欠片』の力なのだろう。最早勝ち目はないかに思われた。


「馬鹿め……力の使い過ぎだ」


 成り行きを見守っていた白衣の男がその時、静かに独白する。

 村から離れた崖の上で呟かれた声を聞いた者は誰もいなかっただろう。

 ただ粉雪のように淡く空気に消えていくだけだ。


 イエティの身体に異変が生じたのも同じ頃だった。

 ハイペリオンバスターを防ぎ切り、勝利が確定したはずの彼に悲運が訪れる。

 急速に全身が朽ちていく。真っ黒な炭のように身体が変色し、崩壊を始めた。


「な……あぁぁぁ!? これは!? これはなんだ!?」


 イエティは動揺する。『欠片』をもらった時、こんな話は聞かされなかった。

 銃士が原因だとは思えない。ならこの現象は『欠片』によるものに違いない。


「やつらには教えてないが……『欠片』の使い過ぎは肉体の崩壊を招く」


 全ては、戦いを見ていた白衣の男の一言に集約される。

 イエティはあまりにも『フィロソフィアの欠片』の力を多用し過ぎた。

 欠片は所持者に莫大な魔力を授けるが、同時に肉体が崩壊する危険性も秘める。


「ど、どうなってるのエール……!?」

「分からない……でも……あの魔物はもう……」


 当事者であるエールとセレナは事態を把握できず混乱するしかない。

 ただ、イエティはもう死ぬのだろうということだけ感覚的に理解できた。


「あぁ……うぼぁ……」


 やがてイエティの肉体は完全に崩れてしまい塵ひとつ残さず消滅した。

 勝利したとは言えない結果だったが、全員無事に生き残ることはできた。

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