14話 とある村の惨劇
今はもうないが、ユールラズの近くにはいくつかの村があった。
幼い頃のスパーダはその村のひとつに両親と住んでいた。
両親は優れた狩人で、魔物退治もできるほどだったそうである。
寒冷化した今の世界で、冬を越えるというのは簡単なことではない。
魔物も例外ではなく冬眠したり、夏の間に餌を確保しておく必要がある。
それが出来なかった魔物はどうなるか。最も多いケースでは人間を襲う。
少なくともその日にスパーダの村を襲った魔物たちはそうだった。
飢えた魔物はとても凶暴で獰猛だった。致命傷を負っても構わず人を襲い、その肉に食らいついたという。
冒険者はいなかったが村は抵抗した。スパーダの両親も戦った。
スパーダは危ないからと両親が屋根裏に隠したらしい。
まだ幼いスパーダはずっと一人で怯えていたそうだ。
気がついたら、時折聴こえていた魔物の暴れる声がぴたりと止んだ。
恐る恐る屋根裏から外に出たスパーダが見たのは、食い散らかされた人間の残骸だった。腕を、足を、頭を食いちぎられ、白い雪が降り積もる地面が赤黒い血で汚れていた。
スパーダはしばらくの間、狂ったように叫んでいた。
最早誰かも分からぬ両親の死体の傍で、涙が枯れ果てるまで。
スパーダの村を滅ぼした魔物はと言うと、つい調子に乗ってしまった。
成功体験からいくらでも人間を食えると短絡的に思ったのだろう。
次に首都ユールラズを襲ったそいつらは、銃士隊にすぐ殲滅された。
後にそれを聞かされたスパーダはついこう思ってしまったのだ。
天蓋都市と村に住む自分たちの、何が違うのだろうかと。
なぜ誰も両親や村の人々を守ってくれなかったのか。
天蓋都市とそれ以外の集落に存在する『格差』を感じずにはいられなかった。
だから、スパーダは銃士隊があまり好きじゃないのだろう。
冒険者になったのも、この仕事なら村に住む人々を守れると思ったためだ。
それがダッシュから語られたスパーダの過去だった。
つい銃士に冷たい態度を取ってしまう理由がそれに由来している。
魔物に大切なものを奪われた悲しみが未だに癒えていないのだ。
「辛いだろうけど、だからって……あんな意地悪しなくてもいいじゃん」
ぼそりと呟くセレナをダッシュは首肯する。
「そうだな。お前らは悪くないんだ。でもあんまり責めねぇでやってくれるか」
エールも両親が他界しており、家族を失う苦しさは知っているつもりだ。
それは誰も責められない病気という形でだったが、ひとつ分かることがある。
心に傷を負った人というのは余裕がないものだ。どれだけ優しい人間でも。
そういう時は周囲の人間が黙って受け容れてあげるべきではないだろうか。
「私……何もできないけど、スパーダさんの気持ちも分かります。だから気にしません」
それが同じ痛みを知るエールの結論だった。
他人の問題なのにダッシュはまるで自分の事のように喜んだ。
「よし。明日スパーダに会いに行こう。俺の説得が効くかは知らんが」
そこでひとつの問題が生じたのである。
エールたちは昼頃、ダッシュと一緒にスパーダが利用する宿屋へ訪れた。
だが、スパーダはすでにどこかへ出かけてしまったようなのだ。
宿屋の店主に確認したところ、依頼で村を襲う魔物を退治しに行ったと言う。
「そういや……土地の開拓で追い払った魔物が、最近村を襲ってるんだったな」
ダッシュが犬ぞりで通る移動ルートとは無関係なので、すっかり忘れていた。
最近、人口が増加しているのもあって新たな天蓋都市を造る計画なのだ。
おそらくスパーダは同業者とパーティーを組んで退治に行ったはず。
その魔物退治もユールラズ近辺の村を拠点にするはずである。
土地勘のあるダッシュには拠点がどの村なのかおおよその見当がついていた。
「追いかけてみるか。話は早い方が良いしな」
「大丈夫なんですか……? 魔物退治の邪魔になっちゃうんじゃ……」
「気にするな。今日は村へ移動するだけで本格的な魔物退治はしないだろ」
自然に潜む魔物を見つけるのはそう簡単な話ではない。一流の冒険者でも、数日を要するという。
今日中に追いつけば迷惑もかからないはず、というのがダッシュの意見だ。
二人は再び天蓋都市の外、雪原が広がる外の世界へと向かうことになる。
空は暗雲が垂れ込め、雪の降る気配がする。
スパーダと仲間たちは到着した村の異変をすぐさまに感じ取った。
あまりに静かすぎる。まるで人がすっかりと消えてしまったように。
チリチリした空気に刺激され、スパーダは反射的に剣の柄を指先で触った。
腰袋の中で眠っていたエリーゼも目を覚ましたらしい。
まるでスパーダを盾にするように肩にしがみついている。
「空気がー……変だよ。気をつけて……何かいるよー……」
エリーゼは明らかに怯えていた。風の妖精は空気に敏感なのだ。仲間たちと共に、最大限に警戒して村の中へと進む。
道の角に差しかかった時、ぐちゃぐちゃと嫌な咀嚼音が聞こえた。
それはしだいにゴリゴリと骨ごと噛み砕く音が混じっていく。
すぐそこの曲がり角に何かがいる。スパーダは意を決して飛び出した。
そこで見たもの。白い毛で全身が覆われた、トロールほどの体躯を持つ巨人が人間を食い漁る光景。スパーダの脳裏に父と母の死体がフラッシュバックする。
「んん?」
間の抜けた魔物の声より速く、スパーダはサーベルを鞘から抜いていた。
一瞬で距離を詰め、道の真ん中に座る魔物の首筋を横一文字で斬りつける。
「うぉっ、おごっ、おおっ!」
魔物が状況を理解した頃には、もう手遅れだった。
首から夥しい血が滴り落ちていく。確実に致命傷だ。そう時間も経たずに魔物は光の粒となって完全に消滅するだろう。
「スパーダー……この魔物……なんなのー……?」
「……イエティだよ。まさかこの村を襲っていたなんて……思わなかったけど」
ちょうどスパーダたちが退治する予定の魔物もイエティだ。
イエティはその分厚い毛皮によって極寒の冬の中でさえも活動できる魔物である。縄張りから出ることは少ない。だがその縄張りを人間が奪ったのだ。
フェルネ王国は新しい天蓋都市を造るということで、土地の開拓を進めた。
開拓した土地には魔物がいた。魔物がいれば、当然だが排除する。このイエティはその生き残りだ。巡り巡って、人間が余計な真似をした皺寄せをこの村が食らうことになったのだ。
開拓する土地を見つけ魔物を排除するのは、一般的に冒険者の役割である。
犠牲になった村人のことを思うと、いち冒険者として申し訳ない気持ちになる。
――割を食うのはいつも天蓋都市の外で暮らす者たちだ。
「……まだいるー……普通とは違うみたいだから……気をつけてー……」
「分かったよエリーゼ。今回の魔物は少し厄介な相手ってことか」
エリーゼは腰袋の中に入ると、タオルにくるまって小さくなる。
戦いが怖いときはいつも腰袋に隠れる。そういう時は、決まって魔物が強い。
生きて帰れるかどうか。スパーダも覚悟を決めて挑むべき敵ということ。
サーベルを握り直すと、魔物を退治すべく村の探索を開始した。