13話 妖精連れのスパーダ
テーブル席に座ってエールはジュースを、セレナはワインを飲む。
夜は長い。スパーダという人物が来るまで二人はのんびりと待っていた。
名前の印象から察するに男性だと思われる。
しばらくすると慌てた様子で酒場に少年らしき人物が飛び込んできた。
年齢はエールと同じくらいで、冒険者らしく腰にサーベルを提げている。
「スパーダ、いらっしゃい。エリーゼならここで寝てるよ」
「はぁはぁ……ずいぶん探した。まったく僕を困らせるのが得意だよ、この子は」
店主が声を掛けると、スパーダは息を切らしてカウンターに近づいた。相当探し回ったのだろう。眠っているエリーゼを無造作に掴んで腰袋に突っ込んだ。それでもエリーゼは変わらずにすーすーと寝息をたてている。
「エリーゼは礼も言わず寝てるけど、あそこのお客さんが見つけてくれたんだよ」
「まったく! 仕方のない子だ。でもその人たちには感謝しないとな」
スパーダの顔がエールとセレナに向いた瞬間、その表情が怪訝になった。
そのまま立ち去ってしまおうかとスパーダは考えたが、礼のひとつは言わねばなるまい。エールたちのテーブル席の前まで近づいて軽く頭を下げた。
「エリーゼを見つけてくれてありがとう。困った子でね、よくふらふらと何処かへ流されてしまうんだ。本当に助かったよ。じゃあ……僕はこれで」
「あっ……ちょっと待ってください。ひとついいですか?」
そのまま立ち去るスパーダをエールは呼び止めた。
スパーダはまた怪訝に思った。何せこちらは話す用など何もない。
かといって無視をするわけもにもいかない。立ち止まってエールたちを見る。
「……あの、私、カノンっていう冒険者を探しているんですけど……」
「『熾天使のカノン』のことかな。それが僕と何の関係が?」
「私のお姉ちゃんなんです。スパーダさんがお姉ちゃんと話したことがあるって聞いて……」
そこまで聞いてスパーダはピンときた。確かに『熾天使のカノン』と話した記憶はある。現在、最強の冒険者とも名高い彼女との貴重な会話だ。忘れるわけがない。カノンが行方不明になったという話も知っている。
「……確かに話した記憶はあるよ。手がかりになりそうな情報も覚えてる」
「本当ですかっ!? 良かったら教えてくれませんか……!?」
エリーゼを見つけてくれた礼と思えば安いものだ。
だがスパーダの心に黒い感情が滲んだ。果たしてその話をする義務などあるのかと、つい思ってしまったのだ。
「でも断るよ。僕は銃士が嫌いでね。悪いが君たちに話す気はないな」
「えっ……そんな……!」
エールは嫌いだと言われた途端、悲しげな表情と共に俯いて黙ってしまった。
きっとショックで落ち込んでいるのだろう。セレナがすかさず疑問をぶつけた。
「じゃあどうすれば教えてくれるの。お金でも払えばいいの?」
「僕の気持ちの問題だ。お金とかで解決するってわけじゃない。すまないね」
「なんで銃士が嫌いなのか知らないけどさー……あなた、意地悪だね」
それがセレナの精一杯の嫌味だった。スパーダは冷たい表情のまま語る。
「銃士隊は何もしないだろ。天蓋都市を守ると言って、安全な場所から出ない……そういうところが気に食わないんだ。外で暮らしている人間がどれだけ大変な思いをしているか知らないからな」
「それは……」
セレナは咄嗟に反論しようとしたが、出来なかった。
たしかに銃士隊は天蓋都市の警備が主な仕事で、村に関しては冒険者に任せっきりだ。それは魔物が現れたとき、天蓋都市の人々は国も守るが、村に住む人々は放置するということだ。
同じ国の人間なのに、暮らしている場所が違うだけで明らかに格差がある。
スパーダはそういう事情から銃士を嫌っているようだ。だから意地悪なことを言うのだ。
「ごめんなさいスパーダさん……さっきの話は忘れてください」
「エールはいいの……!? なんか、私たちが悪いみたいな言い草で許せないよっ!」
エールが俯いたまま小声で呟くとセレナは怒った様子で両手で机を叩いた。
だがセレナが怒ったところでスパーダの気持ちは変わらないだろう。
ならば話を続けることは無意味だ。セレナは無言で去っていくスパーダの背中を恨めしく睨みつけることしかできなかった。
「いいのー……スパーダ。あんなこと言って……」
『赤鼻の酒場』を出ると、腰袋で眠っていたエリーゼが目を覚ました。
エールたちとの会話を眠りながらもうっすらと聞いていたらしい。
「……そんなつもりじゃなかったんだ。でも……」
スパーダは自己嫌悪に陥っていた。エリーゼにはよく分かる。
銃士である二人を見て昔の出来事を思い出してしまったのだろう。
八つ当たりなのはスパーダ自身も分かっている。それでも意地の悪いことを言ってしまったのは心の傷がまだ塞がっていないからだ。辛い悲しみの記憶をどう処理すればいいのか、分からないのだ。そんなことをしても更に自分が傷つくループに陥るだけなのに。
一方、カノンを探す手がかりを知ることができなかったエールは途方に暮れた。
ほかにも情報が得られないか、酒場で聞きまわってみたが空振りに終わった。
この首都ユールラズから一体どこへ向かったというのか。まるで分らない。
やはりスパーダから会話の内容を教えてもらうしかないだろう。今日はとりあえず宿屋へ戻り、どうするべきかセレナと二人で作戦会議を開いた。
「どうにかお願いするしかないよ……何度も頼み込めば折れてくれるかも……」
「それで上手くいくかなぁ。いっそボコボコにシメちゃえば口を開くかもよ」
「そ、そんなことできるわけないよ……悪い人のすることだよ……」
セレナはスパーダに腹が立っているらしく、グーで殴る素振りを繰り返す。
不意に扉をノックする音が聞こえた。エールが返事をすると、ダッシュが扉を開けて入ってくる。明日にはユールラズを出て村へ帰るらしく、別れを言いに来たらしい。
「何か相談でもしてたのか。この際だ、俺にできることがあるなら言っていいぞ」
「それが……そのぉ……」
エールは藁にも縋る思いでダッシュに事情を話した。
無精髭を撫でながら耳を傾けた後、彼は思わぬことを口にする。
「スパーダなら俺も知ってるよ。明日、一緒に行って頼んでやろうか」
「え……!? 知り合いなんですか!?」
「まぁな。冒険者を運ぶことも多いからよ。俺が頭を下げて済むなら協力するさ」
エールは驚きながらも光明が差したことに喜ばずにはいられない。
犬ぞりで人と物資を運ぶ仕事上、ダッシュは冒険者との繋がりも多いのだ。
スパーダもまた彼のお得意の客であり、知らない仲ではないそうだ。
「だが、あんまりあいつを悪く思わないでやってくれ。そういうことをつい言っちまう事情があるんだ」
「事情って言われても……私はどうしても悪い印象が拭えないですよ」
セレナは怒りを隠さず、スパーダの冷たい態度を思い出しながら言った。
スパーダの過去を勝手に話してよいものか、ダッシュは少し悩んだが話すことにした。なぜならスパーダは本来なら面倒見の良い、善良な人柄なのだ。
「それはスパーダがまだずっと小さい頃の話になる。吹雪が降り続ける寒い冬の日だった……」