11話 犬ぞりで進んでいけば
アンダーワームとの戦いの後は穏やかな旅が続いた。
運が良いのか魔物と遭遇することもなく、村から村を経由して首都を目指す。
「この村にはユールラズまで犬ぞりで運んでくれる人がいてね。その人を紹介してあげよう」
「犬ぞり!? すごいよセレナ。そんなの話でしか聞いたことがないよ!」
エールは興奮気味だった。村と天蓋都市を犬ぞりで往復して冒険者や物資を運ぶ人がいるのは知っている。だが、まさか自分が犬ぞりを体験することになるとは思わなかったのだ。
「おーいダッシュ。いるんだろう。頼みがあるんだ。出てきてくれないか」
村の一角、何の変哲もない一軒家の扉をポーラはどんどんと叩いた。
しばらくして姿を現したのは、長身で大柄な人間の青年だった。
青年と言っても無精髭を生やしていたので、実年齢よりもずっと年上に見える。
「なんだよポーラの姐御か。めずらしいな、この村まで来るなんて」
「頼みがある。この子たちはエールとセレナって言うんだけど、首都まで運んであげてほしいんだ」
ダッシュという名の男はじろりと二人を睨みつけるように見た。独特の威圧感がある。しかし詮索するような視線ではなく、即座に顔をポーラの方へと戻す。
「姐御の頼みなら金は取れないな。まぁいいさ。運ぶだけなんだろ?」
「別にお金を払うのは問題ないよ。この二人には恩があるから」
「そういうわけにはいかねー。ヨチヨチ歩きの頃を知られてる人の頼みだしよ」
ポーラとダッシュは付き合いの長い関係であるらしい。
そして嬉しいことにその縁のおかげでタダで犬ぞりに乗せてくれるそうだ。
ダッシュはいったん家の中に入って防寒具を着てまた出てきた。
「そりの準備をするから少し待っててくれ。夜までには首都へ運んでやるぜ」
そう言ってダッシュは緩やかな動作で一軒家の隣にある小屋に入っていく。
愛想の欠片もない人物ではあるが、悪い人には見えない。そんな印象だ。
「とっつきにくいけど良いやつだよ。まぁ仲良くしてあげてくれ」
ポーラの道案内もこれが最後である。後は犬ぞりに乗っていれば目的地に着く。
村から村を渡り歩くこの旅はポーラの案内がなければ、もっと時間がかかっていたことだろう。エールとセレナは礼をして彼女に感謝するのだった。
「ポーラさん……今まで本当にお世話になりました!」
「感謝の必要はないよ。君たちのおかげで村を襲った魔物を退治できたからね」
だが敢えて言うならば、とポーラは話した。
「カノンを連れて帰ってくるんだよ。そして君たちが良ければ……また村に来てくれないかな。世界樹を森に植えて育てるんだ。苗木を見ただろう? あの樹を私がちゃんと育てているか……見に来てほしいんだ」
それがポーラ流の心配だった。
『最果ての楽園』という前人未踏の地を目指す二人を気にかけているのだ。
もしかしたら道半ばで命尽きるかもしれない。この冷えきった世界は安全とは無縁の場所だ。エールとセレナの旅がどれだけ過酷なのか、天蓋都市の外に住むポーラは理解している。
「……はい! きっと……きっとお姉ちゃんと一緒に帰ってきます!」
「にひ、そうですね。ポーラさんの作るご飯は美味しいし。また食べたいな」
「それぐらいお安い御用さ。二人とも、約束だからね」
最後に二人はそれぞれポーラと抱擁を交わすと、そりの準備が済んだようだ。
犬を繋いだ鎖を持ったダッシュがエールとセレナに声をかけた。
「別れの挨拶は済んだか? こっちはいつでも行けるぜ」
「あ……はいっ! 今行きます!!」
エールとセレナはばたばたと走ってそりの先頭に座るダッシュの後ろに乗る。
ダッシュはポーラに手を振ると、ポーラもまた手を振り返し、いよいよ犬ぞりが出発する。
そりを引く犬はどれも白い毛並みをしていて、精悍で、可愛かった。なでなでしたい。結構なスピードがあって、当たり前だが歩くよりずっと速い。
未だに雪が降り積もっている春の白い大地を猛スピードで進んでいく。
ダッシュは時折、声で犬に指示を飛ばして、必要に応じて右や左に曲がったりする。指示語は独特な言葉だったのでエールとセレナにはどういう意味か分かりかねたが。
「ダッシュさん、ポーラさんとはどんな関係なんですか?」
しばらく直進が続く道で、暇を持て余したエールはそんなことを尋ねた。
ダッシュは後ろをちらっと見てこう返事をする。
「ああ、そのことか。いや、俺の生まれが単にシキミ村ってだけさ」
「なるほどぉ。だからポーラさんとも親しかったんですね」
「まぁな。俺はクソガキだったからよく森に入って遊んでな。森番のみんなにはしょっちゅう怒られたぜ」
なんとも腕白な話だが、その時、よく世話を焼いてくれたのがポーラだったそうだ。月日が経ちダッシュも大人になると村の助けになることはないかと思い、犬ぞりの仕事を始めたらしい。
天蓋都市から物資を運べば、それだけ村の生活が豊かになると考えたのだ。
それだけではない。犬ぞりは村や開拓地へ足を運ぶ冒険者の手助けにもなる。
「今、俺が生きてるのも姐御のおかげってわけよ。だから頭が上がらないのさ」
ダッシュの宣言通り、犬ぞりは夜までに首都のユールラズに着いた。
同じ天蓋都市でもウィンターベルとは比較にならない巨大さだ。
なにせ、このフェルネ王国の首都なのだからそれも当然だろう。
この国で一番最初に完成した天蓋都市であり、人類を寒さから守ってきた。
「定刻通りに到着だ。ようこそ首都ユールラズへってな」
「ありがとうございます。ウィンターベルとは違う迫力ですね……」
犬ぞりから降りると、多数の犬と共に門を潜って中へと入っていく。
ユールラズの中へ足を踏み入れた瞬間、ぽかぽかした空気がエールの冷えた身体を温めた。天蓋都市特有の、魔法で調整された温暖な環境を感じる。
自分たちが暮らしていた場所は守られた空間にあったのだと、今はそう思う。
「ついでに安くてサービスの良い宿屋があるから、一緒に来るといいぜ」
「本当ですか? えへへ……それじゃあお言葉に甘えて」
犬たちを繋ぐ鎖を外したダッシュは、犬に囲まれた状態で宿屋へ向かった。
鎖がなくてもダッシュから離れない辺り、犬との信頼関係の高さが窺える。
宿屋に着くと、エールたちは部屋を借りて、ダッシュもそのまま一泊するらしかった。そりを引いていた犬たちに関しては仕方ないので馬小屋で寝泊まりさせるようだ。宿屋の店主とは付き合いが長いらしく、犬用の餌もちゃんと準備してくれるらしい。
「エール、目的地に着いたのはいいけどこれからどうやってお姉さんを探す?」
「うーん……まずは冒険者ギルドか、酒場で情報を集めようかなって……」
「酒場ね。飲んだくれで頭のおかしなおっさんが居そうで怖いなぁ。ほら私って繊細だから……」
セレナは偏見に満ちた想像を述べながら、部屋のベッドに背中から倒れこんだ。
もう少し時間が経てば夜になる。そうすれば酒場も忙しくなってくるだろう。
早速、姉のカノンに関する情報収集ができるとエールは考えていた。