第七話 目
「え....?」
暗く閉ざされた地下四階の部屋に俺の驚愕が木霊する。
俺の見る先にいたのは、手を血で真っ赤に染め、ぐしゃぐしゃにされた人だった何かを運ぶケビンの姿があった。
「やぁ。おはよう」
「う”ッ、、お”ぇ”ぇ”」
部屋に充満した血の匂いに、俺は胃に消化されかけた朝食を胃液とともに床にぶちまけた。
朝から最悪な気分だ。
「おいおい、きったねぇな」
俺は声のした方に振り向く。
「よぉ里の辛気くせぇ野郎」
ただでさえ今さっき吐いて最悪なのに、さらに最悪なのがきた。
「何か用かよ、レオン」
「あぁ?テメェと同じに決まってんだろ」
レオン・ベスコ、俺と同じ新兵だ。
俺はこいつが苦手だ。
昨日のケビンの講義で初めてあったが、まぁ第一印象は最悪に尽きる。
ふんぞり返って話は聞かず、俺たちにいちいち突っかかってくる、そんなやつだ。
「ちょっとノア君いきなり汚さないでくれるかな」
「すいません、今掃除します」
俺の吐瀉物にケビンは腹を立てながらモップを俺に渡してきた。
白衣を纏い、全身を血で彩った風貌はマッドサイエンティストさながらで、俺は少々恐怖を覚える。
「へっ、朝っぱらから掃除とは大層健気なこったなぁ」
「ちッ」
相変わらずだな。
心の中でレオンに毒づきながらも俺はモップを動かした。
「ケビンさぁーん、注射器まだっすかぁ?」
「はいはいちょっと待ちなよ坊主」
「あ?俺はガキじゃねぇよ、もうランツェ人二人も殺したんだ」
「そうやっていらん見栄を張るのがガキって話さ」
なにを言うか、レオンも俺もまだ15だってのに威勢がいい。
彼の豪胆さは賞賛に値するがそのうち必ず後悔するだろうな。
俺はモップを片しにいくついでに注射器の準備をするケビンに質問する。
「あの...ケビンさんはなんで血まみれなんですか?」
ケビンは至って平然に答えを言った。
「ランツェ人の死体を処理してたからさ」
まさかとは思ったが、もう解放戦線はランツェ人への殺人も厭わないというわけか。
「もちろん、殺したんじゃなくて自殺した人の死体だよ。こうやってランツェ人の遺体を集めては血を採取して、遺体に残った魔力を貯めてるんだ」
「なぜ魔力を貯蔵するんですか?」
「お前そんなこともしらねぇのかよ」
レオンがそう煽る。
今すぐ奴の鼻の穴にモップの柄を突き刺してやりたい。
「ルーテ委任官区もランツェの領土で魔力税を払わなきゃいけねぇんだよ。ランツェ人に魔道具は必需品だからな、魔力を供給しないといけねぇんだ。払えないところは摘発される」
「そう、だから悪魔化に必要な魔血液を取るついでに、納税する魔力も頂いてるってわけさ」
なるほど、と俺は頷く。
確かにランツェは魔力を使う魔道具が生活に多く関わってきている。
国営の魔力供給機関はランツェ人からしか生まれない魔力を徴収することで、安定した魔道具への魔力供給を行っているという訳か。
なら魔力を納税できないものは潜伏したルーテ人の可能性があると摘発できる仕組みになっているのも頷ける。
「ご説明ありがとうございます」
「どーも」
「感謝は受け取っといてやるよ」
「お前には言ってねぇ」
ケビンの魔血液の準備が整ったようだ。
「はい、二人とも落とすなよ〜」
手に渡された二本の注射器を俺はまじまじと眺める。
注射器の形はいわゆるピストル型だ。
この二本の注射器を解放戦線から配られた戦闘服のホルダーに差し込むようになっているのだろう。
この注射器を持って晴れて解放戦線の一員になったような気分がして、年甲斐もなく少し興奮しているのが自分でもわかる。
騎士が剣を授かる気持ちと形容すれば良いだろうか。
そんな俺の感慨を他所にレオンはもう地下室を出ようとしていた。
「ありがとうございます。おいレオン、感謝もなしかよ」
「うるせぇ、俺はただ訓練を急ぐだけだ。ここは礼儀よりも実力が求められてる場所だろうが」
「それとこれとはまた別だと思うがな」
「あぁ?」
俺はレオンにどつかれ尻餅をつく。
たく、なんなんだこいつ。
関わるだけ損な気がしてきたぞ。
(!...なんだこれ)
ケビンが大丈夫かいと尻餅をついた俺に声をかけてくるが、俺はそれに答えることもできないほど混乱していた。
「...アレリアとハインが、上で刺胞を出してます」
「はぁ?なんでそんなんがわかんだよ」
「見えたんだよ...」
本当に『目』で見えたのだ。
尻餅をついた衝撃で開いた『目』に、前までは母さんしか映らなかったが、今はアレリアとハインも映るようになっている。
「一応見に行こうか」
ケビンがそういい、俺たちは地下三階の訓練室に向かう。
ケビンが訓練室のドアを開けた瞬間、咄嗟にケビンが左に飛び退った。
「まじ...かよ...」
先ほどまでケビンがいたところにアレリアの鞭が伸びてきていた。
二人は俺より先に魔血液を取りに言ってたらしい。
二人は魔血液を勝手に使ってケビンに怒られていたが、俺はこの新しい『目』の力に困惑せざるを得なかった。
もう一度『目』を開く。
しかし、今見えるのはやはり母さんだけだ。
(あれ?)
母さんはいつも『目』で見ると檻の中で拘束具に繋がれているが、今は軍用トラックに乗せられている。
誤魔化しきれない、嫌な予感が全身を襲った。




