第六話 決意表明
俺が近衛隊関係者と思われる人物たちの盗聴のメモをテレサ先輩に渡すと、彼女はわかりましたと一言だけ言って部屋を出て行った。
この狭く機械に囲まれた地下四階の盗聴室からは、蛍光を発する町を覆う宵の空は見えないが、もう良い子は寝る時間だ。
俺は隣で眠そうに座るアレリアに声をかけた。
「初出勤なのに激務だったな」
「そう?私は割と楽だったけども」
「お前はついに一度もトイレ掃除をやらなかったからな」
俺はジト目でそう彼女に訴える。
「あなたが敷いた下手くそなベットを直してあげたじゃない。適材適所よ」
「適材適所ねぇ。俺はハインと同じフロントがよかった」
「ハインはあなたと違って要領がいいもの」
まるでこっちは要領が悪いみたいな言い草じゃないかよ。
俺はそうかよ、と受け流しつつ話題を変えた。
「なぁ、今更かもしれないけど、なんでお前は俺と一緒に解放戦線に入ってくれたんだ?」
アレリアはその言葉を聞いて少し悩んだ様子だった。
その後、彼女は真剣な目で口を開いた。
「...私は確かにランツェ人を憎いと思ってるし、こんな世界は変えてやりたいって気持ちはある。でも、一番は...その...私たち三人が一緒に生きていける、唯一の場所だったから...かしら」
やはり俺は確信した。
彼女は俺を置いて行かなかったし、俺は彼女を連れてきてしまった。
たとえルーテ人が里以外で収容所送りを逃れる方法がレジスタンスに入ることだけだったとしてもそれは変わらない。
だとしたら、俺の望みを何も言わず彼女にも担がせる資格は俺にはない。
だから頼むしかないだろう。
俺は力を込めてその望みを口にする。
「...俺は、母さんを戦場から出してあげたい。」
「...そうよね。あなたはそう言うと思った」
「ー俺は置いていかないでくれたお前に感謝してる。だからこそ聞きたいんだ。この望みまで背負わせてもいいかって」
俺は真摯に彼女に問いかけた。
「ええ、私も貴方達が生きているまでは貴方達の望みも手伝ってあげれる。それを望むことで、ここにいてくれるって言うならね」
「ーそうか」
すっと肩の力が滑り落ちていく。
「だから、精々死なないように努力しなさいよね。あなたの刺胞、今の所全くと言っていいほど使えないわ」
「うっ...精進します」
彼女を一人にしない。
今まで親もいない孤児で、ずっと一人だったであろう彼女に、俺がしてあげれるのはそれくらいだ。
だから、強くなろう。
夜の獰猛な大自然の中で、もはや火を起こす燃料を選ぶ暇はない。
理想も希望も憎悪も愛情も本能も。
等しく革命の火にくべれば良い。
俺は寝室で瞼を閉じで物思いにふけっていた。
それにしても、さっきもアレリアに同じように俺の戦力としての価値の低さを指摘されたばかりだ。
俺の刺胞はなかなか使いずらい。
俺にはガイルのように刺胞なしでも戦えるようになるしかないのだろうか。
俺はケビンによって開催された昼間の新兵に対する講義の内容を反芻した。
ランツェ軍や近衛隊の歩兵は魔力を込めることで弾丸を連射できるアサルトライフルを主に装備しているらしい。
ランツェ人の中でも魔導器官を有しているのは魔術師の家系が殆どらしく、多くの兵士は魔力をアサルトライフルに通すことで効果的な中距離攻撃の手段を手に入れたと言う。
対して解放軍の銃はボルトアクションがほとんどだ。
ルーテ人は魔血液を使い「悪魔化」している間は頭と心臓以外は銃弾が当たっても、少しすれば治るらしく、解放戦線軍の切り札は総員が「悪魔化」し歩兵突撃を仕掛けることと考えられている。
考えられているという表現なのは実際にルーテ人とランツェ人が戦ったのは大戦以前の話であり、いまだにその戦法が通用するのかは怪しいところだからだ。
だが、「悪魔化」の再生能力も万能ではなく、流石に流血が多すぎるとそれに対応する魔血液が必要になってくる。
ただ、魔血液の打ち過ぎは自分の首も締めることになる。
ルーテ人は魔血液を打ち過ぎると自我を保てなくなってしまい、敵味方構わず刺胞を振り回して攻撃する化け物になる。
この状態になった兵士は「自失悪魔」とされ解放戦線軍内で排除対象になってしまうらしい。
母さんを悪魔兵器にしたランツェもこの現象をもとに悪魔兵器を作り出した。
いわば自失悪魔を操ったのが悪魔兵器ということである。
魔血液の使用は基本的にその場の指揮官に委ねられるが戦闘員は常に二本は注射器を携帯するという。
明日はケビンに魔血液を新兵たちはもらいに行かなければいけない。
俺はそのことを頭の隅に置きながら、瞼を閉じた。