第五話 訓練
アレリアがまず走りだし、横をカバーするようにハインが並ぶ。
俺は距離のある攻撃を繰り出す為に、二人の一歩後ろを進む。
走りだしてみるとわかったが、全身の筋肉、肺と心臓、視力、聴覚など、あらゆる面で、魔血液を取り込んだ状態だと身体能力が大幅にアップしているのが感じられる。
(とにかくまずは刺胞の射撃性能をあげることだ。正確に射撃してせめてでも撹乱する!)
「はぁッ!」
アレリアの両手の鞭が音を立てながらガイルに迫る。
ガイルは軽々とそれを避けてみせた。
「こっちだ」
ハインはガイルの後方に回る。
アレリアが鞭を横薙ぎでガイルに叩き込だ。
だが。
「....痛いな。」
ガイルはその右手で鞭を掴みきっていた。
一言で形容するならば化け物だ。
俺たちは化け物と戦っている。
次の一手はおそらくアレリアを持っていく一撃だ。
「いけッ!」
俺は意を決し、ハインがガイルの後ろから打撃を加えるのと同時に、ガイルの胴めがけ刺胞を発射した。
(通った!?)
確かに刺胞は真っ直ぐに飛んだ。
真っ直ぐにガイルの左手の人差し指と中指の間にとんでいた。
掴んだ鞭ごとアレリアを横に投げ飛ばし、そのままの手でハインへガイルの裏拳が迫る。
ハインはとっさに腕に鎧を纏わせ、裏拳を受け止めたが、そのまま壁まで吹っ飛ばされる。
(まずい!)
今、アレリアの鞭はガイルに届かない。
今俺は孤立無援、カモだ。
ガイルがこちらに握りこぶしを作って迫ってくる。
瞬間俺の刺胞が装填された。
一か八か、俺は剣の形をした刺胞の柄を掴み、ガイルに突進した。
(狙いは刃物による陽動だ、アレリアの鞭が届くまでのッ)
次の瞬間
ガイルの拳と俺の剣が衝突し、
俺の剣は粉々に砕け散った。
俺が最後に見たのはガイルの迫り来る横薙ぎの手刀だった。
「おーきーろ、寝坊助」
頭を揺らすな。
ガンガンするんだよ。
重い瞼を開けると頭にたんこぶを作ったハインが俺を覗いていた。
「いてててて!」
「はははっようやく起きたねファーストキルさん」
「ったく、そっちこそ頭を手酷くやれてるじゃんかよ」
「名誉の負傷と言いたまえよ?」
もう慣れたがそれでも鼻につくやつだ。
「そいつは泡吹いて壁に叩きつけられてたわよ」
「おいゆーなし!」
「全く『ふぎゃあぁ』みたいな声出して吹っ飛んでくんだから集中できないじゃないの」
アレリアがハインをバカにする。
鼻血を垂らしたまんまのアレリアの顔もなかなか滑稽だったが、彼女にまだ勝てる自信はないのでノータッチとしておいた。
触らぬ神に祟りなしってね。
俺たちが三人で騒いでいると、全くもって無傷のガイルが近づいてきた。
「連携は悪くない。ただアレリアは前のめりすぎ、ハインは周りくどすぎ、ノアは堂々としすぎだ。まぁ、どう判断されるかはガラスの向こうで見てるうちの大将次第だがな。」
そういうとガイルは訓練室を出て行った。
ークラウス視点ー
「なかなかいい連携をしますねぇ彼ら」
ケビンは新しい物好きでもある。
彼はこの訓練を目を輝かせてみていた。
「あぁ、これは十分に戦えるレベルだろう。信頼し合う者たちは強い」
だが、とクラウスは言葉を続ける。
「こういった者たちは、一人が欠けるとたちまち崩れてしまいかねない。そうだな、特にいま剣を掴んだ少年はとかはな」
次の瞬間、ガイルの拳が少年の剣を粉々に砕いた。
「わはははっ、ガイル、魅せてくるじゃないか」
ガイルは相変わらずとして、私は彼らのような若者までも刺胞を持って戦わなくてはいけない世界に、強く憤るのだった。
あの剣のように少年達が砕けてしまわないか。
そう思うと同時に、それを運動の為なら肯定しようとする志への執念に、私は一人嘆息した。
俺たちは刺胞を使いこなせる素養を持ち合わせていると判断され、正式に解放戦線に加わることができた。
そして今日は、このホテル・ボルネマンの従業員としての初出勤という訳である。
「なんで私がこんなの着なくちゃいけないのよ......」
という訳で俺は図らずともアレリアのメイド服姿を拝めている訳なのだが、当の本人は非常に不服そうだ。
「仕方ない。これもルーテ人の自由のためだ。」
アレリアのメイド服姿となれば解放戦線の男衆どもの士気も上がり、民族自決主義への道は着実に近づくだろう。
そう軽口を叩くとアレリアが今さっき俺が敷き終わったベットの上に乗っかった。
「おいぃ!何してくれとんじゃぼけ!」
「元から汚ったない敷き方じゃない」
これでも俺史上最高の作品だった物は、一瞬にして崩されるのだった。
すると彼女は最適化された動きで素早くはみ出したシーツから綺麗に敷きなおしてしまった。
「はい綺麗。これで文句は言えないわね?」
それじゃ宜しくとトイレ掃除道具を俺に押し付けてくる彼女は人使いの荒さの面でも才能を持っていると言わざるを得ないだろう。
日が暮れても俺たちの仕事が終わるわけではない。
「何伸びてるんですか、まだまだ仕事はありますよ。うちに労基は通用しないので」
1フロア全ての掃除をさせられた俺に教育のテレサ先輩はさらなる追い討ちをかけてくる。
俺はしんどいながらも彼女についていき地下四階のとある部屋までやってきた。
「夜は交代でここにいてもらいます。まぁあなた達は深夜じゃないだけマシだと思ってください。何かあったら連絡を」
そういって俺とアレリアは部屋に取り残される。
この部屋にある機械達。
これは全て盗聴器だ。
ラゴアはルーテ委任官区第二の都市であり、ルーテにおける近衛隊公安の一大拠点でもある。
その為多くの情報が行き交い、ホテルのような密室では情報は漏れやすいのだ。
まぁもちろん政府関係の客が多いと言えども普通の客もいればカップルもいる。
カップルが夜のホテルで何をするのかと言えばまぁ明白だろう。
隣でアレリアが盗聴器から流れてくる不倫理な音声に顔を赤らめている。
「こっち見ないで、目潰すわよ」
「うぁ!すんませんッ!!」
無意識のうちにガン見してしまった。
俺は目が潰されないうちに反対側の機械に目を向けた。
機械から音声が流れてくる。
『そろそろ今の近衛隊長官もお役御免って話だぜ。』
『まぁ前の崇拝していた国家総帥が亡くなられて、精神的にきてたらしいもんな。だとしたら次は誰なんだ?」
『あぁ、なんでもあのゴリゴリ反ルーテのライデマン本部長が長官を失脚させようとかしてるらしい』
『大丈夫なのか?もし無理矢理逮捕なんかしたら政府側も黙ってないだろう。本格的に内戦が始まりかねないぞ』
なんだ?今かなり重要なことを言っていたような気がする。
今のランツェ本国は政府と軍と近衛隊の三組織の対立が深刻化しているらしい。
本当にどこかの組織が武装蜂起するのであれば、委任官区の兵力は大幅に引き抜かれるだろう。
そうすればこの絶望的な抵抗運動にも希望があるのではないだろうか。
俺はこのことをメモしてテレサ先輩に連絡した。