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第一話 消失

窓から夕日が差し込んでくる


俺はこの尻に配慮のかけらもない木の椅子に座りながら、前に立つ眼帯をつけた男の授業を聞いていた。


「だが、なぜこの世に魔力が出現したかは未だによくわからない状態だ。諸説はあるけれども、突然変異だとかで根本的な資料だとかは見つかっていない」


男の名はゲルト・ヴォルフ。

俺の父親である。


父親が先生でその授業を同級生と受けるのは最初の頃はなんだかへんな気分になったものだ。

特に先生のモノマネをやるノリになると中々しんどい。


「ただ魔力と魔導器官はランツェ民族にとんでもない力を与えることになった訳だ」

なんだか小難しい話である。


俺は眼前に申し訳程度に並べられたメモ用紙を、今にも瞼が落ちそうになりながら眺めた。


「よし、今日の授業はここまでだ。お前らはとっとと帰れよー」


後方から終わったー!といったような声が聞こえてくる。

俺はようやくうたた寝から覚めた。

教室を見渡すとすでにみんな帰る支度をし始めている。


教室と言ったが所謂教室と言ったものとはこの部屋は違うのかもしれない。

なぜなら、まず席は10個ほどしかない。

建物自体もそこら辺の民家と大差ない大きさでお世辞にも立派とは言い難いものだ。

まあ俺はこれ以外の教室を拝見したことは一度もないので確証はないのだが。


「ノア、帰るわよ」


俺の名前を呼ぶ綺麗な声がする。

輝く金髪の髪の毛を垂らし、俺を見つめるのは、最近この里に越してきた同い年の女の子アレリアだ。

彼女が暮らす孤児院が近いという理由で、俺はいつのまにか彼女と一緒に帰る権利を勝ち取っていた。


「ちょっと待ってアレリア。今いく。」


俺は散乱する紙をまとめて彼女に合流した。


一方の父さんは、奥の教員室とも言い難い個室に入ろうとしていたが、俺をその翡翠の隻眼で一瞥すると、少し寂しそうな表情をしていた気がした。







帰る途中、アレリアはなんだが神妙な面持ちで問いかけてきた。


「最後の授業の内容さ、あなたどう思った?」

「いや、寝ちゃってあんまり聞いてなかったな」

「はぁ、珍しくメモを見てると思ったらうとうとしてたの?」


素直に白状すると、彼女は呆れたように息を吐いた。

今はもしかして授業真面目に聞く優等生タイプがウケたりするのだろうか。

田舎民に流行は難しい。


「どうせアレだろ?外国人どもは俺たちを征服して、よって俺たちは惨めに暮らさなきゃいけないんですっていう暗い話だろ?」

そう言うと、彼女はなんとも言えない顔をして

「まあそういう話だけど、ざっくりしすぎじゃない?」

と言った。


今は大陸歴1935年


もともとこのベルデン島にあった俺たちの民族の国、ルーテ王国は、先の大戦で例の魔術国家ランツェ国の侵攻を受けて滅亡。


半島はランツェの国家行政委任官統治区域、略称で委任官区。

俺たちはランツェから悪魔と呼ばれて迫害されている。


大戦は俺が生まれる10年前の話だ。

今ルーテ人は里で暮らすか、収容所にぶち込まれるか、レジスタンスに加わるかの三択しかない。


しかしどうだろう。

こんな山里と言っても、実際俺たちはひもじいながらも人間らしく生きていけている。


「俺はああゆうくらい話は好きじゃない。」


そういうと彼女はまた呆れたようなため息をついた。


彼女は最近ここに逃げてきたばかりだ。

なら、彼女も元々は収容所強制労働をさせられていたのもしれない。

だとしたら、ここで自由に暮らしてきた俺達に何か思うところでもあるのだろう。











俺たち二人は学校を終えた後も一日が終わる訳ではない。

今日も今日とて残業である。



学校の近くの大木の下、俺はアレリアともう一人の男の子と一緒にいた。


アレリアが花の蜜を吸っている。

この里ではスタンダードな糖分補給形態だ。

バカにはできない。


「ノア?聞いてる?」


しょうもないことを考えていると横から少し怒ったような声が飛んでくる


「あ、あぁ聞いてるよ、ハイン」

「そう、それでね、屋敷のじぃじに悪戯したんだけどこれがまた傑作でね。コーヒに塩を入れてやったら凄い顔してたんだよ」


残業というのはこのケラケラと笑っている里の長の息子ハイン・シュルツとの井戸端会議である。

この里の長はルーテ王国再建を目論む地下組織「ルーテ解放戦線」と繋がりがあるらしく、この里が作られたのもその運動の一環であるらしい。


「俺はお前んとこの執事が一年以内に辞表を提出するのに砂糖一杯分賭けるよ」

そういうとハインは楽しそうに笑った。

「あーあ。飛んだ大博打だね」

「それもこれも、この里でサトウキビでも育てば解決されるのにな」


そう言い合っていると、さっきまで道端の花の蜜を吸っていたアレリアがこっちを向いて

「ランツェ人供は紅茶に砂糖を入れないと飲めないくらいには肥え太ってるわよ」

と言った。

「はぁ、僕んちでも紅茶はストレートだよ。ここで甘いものと言ったらそれこそ道端の花の蜜ぐらいだ」

ハインがいうと俺たちの間に沈黙が流れた。


理屈ではわかっている。

俺たちはこうやって生きるのが一番マシだって。



でも、世の中には強いやつもいる。

世界を変えることを望む奴もいる。

ハインがまさにその一人だ。


ハインは長い沈黙の後、ゆっくりと確かめるように口を開き、

「だから、僕は変えたい。変えられなくても、変えたいと思い続けたい」

と宣言した。







アレリアとハインと別れて家に着いたあと、夕食の時間になって父さんは家に帰ってきた。


夕食の時になって父さんはやたらいつもより饒舌だった。

こんな社会から逸脱した山里において、酒は貴重で滅多に飲めないはずだ。

酔っ払いという可能性はない。


俺は昼間ハインが言っていたことを反芻していた。

変えたい。

それはつまり戦うということだろう。

俺らは対話なんてできない悪魔供なんだから。

こりゃ立派な反乱分子だな。


「なかなか腕が上がってきたなノア。シチュー、うまいぞ」


俺の作ったシチューを食いながら父さんはそう言う。

なぜ俺がシチューを作るのかって?


俺に母さんはいない。


記憶にあるのは八年前、俺が7歳の時だ。

俺が住んでいたのは今とはまた違う里で、その時はまだ母さんがいた。

俺は日曜日にお使いを頼まれて、帰ってきて父さんと母さんの待つ家に入ろうとした時だった。


「なんであんな子の為に、私たちが危険な目に合わなくちゃいけないの?!」

「それはノアの体を守り通す重要性は、戦線の一員であるお前だってよくわかってるだろ?」


()()()()

怒号に乗せて波打った言葉が、7歳の俺の心を打ち砕く。

俺は恐怖でその場から動けなかった。


「この里にもノアを狙って公安が入り混んでる!もう、任務とかうんざりなのよ!どうせ何も変えれやしない!ーなのに...なんで自分の子でもない奴の為に危ない目に合わなくちゃいけないのよ!」


俺は拾い子だったのだ。


母さんは凄まじい剣幕でまくし立てた後、部屋を出て俺の方まで向かってきた。


まだ俺が帰ってきていたのに気付いていなかったのだろう。

母さんは俺を見て泣いた。


そのまま母さんは家を出て行った。

それっきりだった。

その日の夜のうちにその里はランツェ人たちによって浄化され、母さんは帰っては来なかった。


「母さんと味付けが似てるな...」

そうつぶやく父さんの言葉を俺の耳は敏感に感知する。


「母さんはまだ生きてると思う?」

父さんはしまったといった表情をしたが、視線をシチューに落とすと、ポツポツと小雨のような具合に喋り出した。

「母さんは...そうだな。きっとまだ悪魔兵器にされてるんじゃないか?...まだ見えるんだろ?」


悪魔兵器は思想犯などで捕らえられたルーテ人が悪魔と言われる理由になった力を使った、ランツェの人として数えなくていい、前進しつづける。


知能も感情もなく、ただ命令されたままに敵を惨殺する、中身のない器だけの、その人の死さえも冒涜する兵器。

今の母さんに与えられた物としての名前だ。


父さんは俺が狙われる理由を教えてはくれなかった。

なぜランツェ人に俺がいると狙われるのか。

ただある程度は予想はつく。


俺にはいつからか母さんが見えるようになっていたのだ。

遠くにいても、身体中から触手のようなものを生やして拘束されている母さんがどこにいるのかがわかる。

それが、普段は閉じているが『瞼』を開けると母さんの場所を教えてくれる『目』。


この『目』の存在を俺は学校でみんなに伝えた。

もちろん能力の方ではなく、俺がランツェに狙われているということの方だが。


なぜそんな異能があるのかは知らない。

でも、俺はその異能を開くたびに、俺は自らへの強迫観念にさらされる。


ー母さんを助けにいけ。お前があんな子と言われる子供ではないことを証明しろ。母さんの子供として...と。


「ああ見えるよ。なぁ父さん、俺ももう解放戦線に入っても大丈夫だと思うんだ。今年で15歳だしちゃんとルーテ人の異能も使えるよ」


父さんと母さんはルーテ解放戦線のメンバーだ。

俺の異能を保持しておくなんらかの任務。

それが俺が今この里にいる理由だとして、母さんは子供を守る為でなく戦線のための道具を守る為に死んだことになる。


それは、俺が()()()()である証明だ。

認めたくない。

あの母さんとの思い出は本物だったと俺が証明したい。

だから...

「母さんを助けに行きたいんだ」

一息にそう放った。

今まで父さんは俺が解放戦線に入るのを反対してきた。

でも、本気で訴えればきっと...

「ノア。俺はお前の父親だ。子供は親に理不尽に抑圧される生き物だ。俺もお前への勝手な愛でお前を燻らせてきた。だけど、もう俺は抑えつけることはしない。ーなぜなら、できないからだ。」

そう言うと父さんは立ち上がった。


「もうこんな時間か...」


いきなり家中にドアが無理やり開く音がした。

「ゲルト・ヴォルフ!近衛隊公安だ!無駄な抵抗をするな!」

玄関が爆音を鳴らし蹴破られ、男が入ってきた。


何が起きている?

もしかしてまた、里が見つかった?

俺の所為で?


「近衛隊公安所属、リーンハルト・ハプスマルクがランツェ国家総帥閣下の命令によりゲルト・ヴォルフを反逆罪で死刑に処す」

リーンハルトと名乗った男の拳銃を持った手が父さんの眼前に構えられる。


「ノア...すまない...」


拳銃が火薬の音を叫ぶ。

床に倒れた父さんは脳みそをぶちまけて死んでいた。


1話目です

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