第5話 主人公は財閥令嬢の手作り弁当を食べる
キーンコーンカーン コーン
午前中最後の授業の終わりの鐘がなった。
つまり俺が待ちに待った清秀院さんとの昼食タイムだ。
かつてこれほどまでに昼食時間が早く来て欲しいと願った事があったか、いやない。
朝の登校の後に清秀院さんと別れてから僕は彼女の事ばかり考えてた。
他の事なんてほとんど覚えていない。
朝、クラスメイトの桐生とか言う奴が詩織の事で謝罪したとか、授業の合間の小休憩中にわざわざ詩織が隣のクラスから桐生に会いにやって来てイチャイチャしてたとか、ホント清秀院さんの事に比べたらどうでもいいことだ。
振った相手に対する心づかいが全く出来ていない、尻軽詩織の態度は百年の恋を完全に冷ましてくれた。もはや別れた事に微塵の未練もない。だからあの女が桐生とイチャイチャしているのを見て怒りしか湧いてこなかった! あんな女に惚れた俺がどうかしてた。ホント清秀院さんとは真逆の女だ、早く清秀院さんに会って癒やされたいよ!
その愛しの清秀院さんとの待ち合わせ場所は、グラウンドの傍にあるひときわ大きな木だ。その辺りはちょっとした公園のような雰囲気でいくつかのベンチとテーブルが置いてある。なのでそこで食べようって話になった。
始め俺は屋上にしようとしたんだけど「うちの学校は開放されてませんよ」って笑われた。次に俺が考えたのは中庭、だけどここは詩織との思い出の場所だから止めた。
ーー
ー
大きな木の下で清秀院さんを待つ事5分、ようやく清秀院さんの姿が見えた。
彼女の両手にはそれぞれ弁当が下げられてた。
あっ、これ迎えに行った方がよかったかな?
「清秀院さん!」
俺は彼女の元に駆け寄った。
「優斗様お待たせしました」
「いや今来たところだから、それより弁当持つよ」
「あっ、ありがとうございます」
俺は半ば強引に清秀院さんから弁当を受け取った。
「ゴメンね迎えに行った方がよかったよね」
「いえ、軽いので全然大丈夫でした」
うん、やっぱり清秀院さんが笑ってる顔は最高だな。
今までの俺なら駆け寄りもしなかったし、優しい言葉もかけなかった思う。だから今やってる事がけっこう恥ずかしい。でも俺は男らしく正しいと思った行動を取るって決めたからな。
俺は弁当をベンチの前にあるテーブルに置いた。ベンチには清秀院さんを待つ間に二人分のハンカチを敷いておいた。
清秀院さんはベンチに座ると弁当箱の袋を解き、蓋を開けた。
清秀院さんが作ってくれた弁当の中身は噂の伊勢海老などではなかった。
もちろんそんな事は始めから期待していない、……まあ食べてはみたいけど。
「ごめんなさい、初めてのお料理だったので大したものが作れなくて……」
「そんな事ないよ、凄く可愛てく美味しいそうだよ」
「優斗様にそう言って頂けると嬉しいです」
彼女はそう言ってにっこりほほ笑んだ。
ああっ、やっぱり清秀院さんは俺の癒しだよ。
「では……」
「えっ、せ、清秀院さん?」
清秀院さんは弁当箱から、箸でタコさんウインナーを1つ摘むと僕に差し出して来た。
「はい、優斗様あ~ん♡」
「清秀院さん自分で食べれるからっ!」
無理! 男らしくと言ってもこれは恥ずかしすぎるよ。
周りにいる生徒が何人かこちらを見てるし。
「優斗様、清秀院さんじゃなくて結愛ですよ。罰として食べてくださいね。はい、あ~ん♡」
も、もう、これはもう食べるしかない。
俺はおずおずと口を開けた。
すると清秀院さんは嬉しそうに俺の口の中にタコさんウインナーを入れた。
モグモグ。
「うん、凄く美味しいよ」
「ふふふ、わたくし恋人が出来たらこうして食べさせてあげるのが夢だったんてす」
ホント清秀院さんは可愛い。
あいつとは大違いだ。
「では次はから揚げと卵焼き、どちらがいいですか?」
「えっと、……じゃあ卵焼きをお願いします。ゆ、結愛」
「はい♡ ……では優斗様、あ~ん♡」
モグモグ
幸せだなぁ。そうだ!
「じゃあ、次は僕が食べさせてあげるね、どれがいいかな?」
「えっ!? ……それはちょっと恥ずかしいです」
「ええっ? ちょっとそれ酷くない?」
「ふふふ」
「あははっ」
僕達はお互いの顔を見て笑いあった。
「それではトマトをお願いします」
「分かった。はい、あ~ん」
清秀院さんの口は小さくて可憐だ。
それに比べ詩織は大口開けて俺が作った弁当を食べてた。それを見て美味しそうに食べてくれて嬉しいな、なんて思ってた俺は大馬鹿だった。
これが本物の女の子だよ、あいつは女の子じゃない。……そう、あいつはメス犬だ、尻軽だし。
ーー
ー
「ご馳走さまでした。清秀院さん、、じゃなくて結愛。とっても美味しいかったよ、ありがとう」
「いえ、大したものを作れなくてすいません。それでは……」
んっ。
清秀院さんが靴を脱いでベンチに登り……正座?
膝ごとこちらに向き直した清秀院さんはポンポンと太ももを叩くと両手を広げ俺を招いた。
「どうぞいらしてください」
「え……」
こ、この膝枕はオーソドックスな左や右からのではなく真正面から俺を受け止める縦向きの膝枕!
まさかその神聖な場所に俺の頭を置けと言うのですか!!
「優斗様、女の子に恥をかかせてはいけませんよ」
ゴクリ。
こ、ここで断るのは男じゃない……よな?
「はい、……それじゃあ」
お母さん、優斗は今から男になります!
「失礼します……」
「うふふ、いらっしゃい優斗様♡」
うわぁ、俺の頭が清秀院さんの太ももに包まれてるよ。
ここは極楽か!
うん、極楽だ。目の前には絶景の山まで見えるよ!
「今日は優斗様のおかげでいっぱい夢が叶って幸せです」
「……いや、俺の方こそ結愛のおかげで幸せだよ。恋人の手料理なんて初めて食べた。そうだ今度はお礼に俺が弁当を作ってくるね」
「本当ですか!? 優斗様のお弁当食べてみたいです。……でも、今回は別のお礼をお願いしてもいいですか?」
「いいよ、何でも言って」
「では今週の日曜、わたくしとデートしていただけませんか?」
清秀院さんとデート!
そうだ、俺たちは恋人なんだから当然だよな。
「日曜日、うん大丈夫だよ。結愛はどこか行きたいところある?」
「遊園地に優斗様と行きたいです。優斗様と一緒にボートを漕いだり、観覧車に乗ったり、優斗様とやりたい事がいっぱいあります♡」
清秀院さんは本当に俺が好きなんだな。
俺ももう清秀院さんが大好きだよ。
―特に俺の彼女の膝枕は最高です。
すいません執筆が遅いので、次回は来週土曜です。詩織視点2話の予定です。