第11話 幼馴染は見た 前編
日曜日、わたしは桐生君と遊園地でデートをした。
MDランドで桐生君とメリーゴーランドやコーヒーカップなんかに乗って楽しかったけど、ほとんどは優斗と乗った事があるものだった。
小さい頃に母と優斗のお母さんに連れられて4人で来た時、そして中学生の誕生日に優斗が貯めていたお小遣いで私を連れて来てくれた時。あの時はホント嬉しかった。
だから顔には出さなかったけど、その思い出がわたしの心に影を落としていた。
ーー
夜になって高台に登り遊園地の花火を見ていたら桐生君といい雰囲気になった。だからわたしは彼を見つめて熱い視線を送った。キスする心の準備は出来ていたから。
デートの数日前に友達に『初デートでキスは当たり前、場合によってはエッチもしなきゃだよ。詩織はそんなんだから10年も恋人が居たのにキスもした事がないんだよ。3回目のデートまでにエッチはしちゃわないと、その後はどんどん機会がなくなっちゃって、また優斗君みたいに友達関係になっちゃうよ』と忠告を受けていた。でもさすがにエッチはどうかと思う。
結局、桐生君はわたしの視線に気づいてくれなかった。
花火は5分ほどで終わってしまい、桐生君は運転手に今から帰るから準備をしといてくれと電話した。
この後に起きた出来事を私は一生忘れないと思う。
帰り道を少し歩いたところで桐生君が「喉乾いたね、あそこで何か飲んで行こうよ」と自販機てジュースを買ってくれた。
私たちは自販機のそばにあったベンチに座ってジュースを飲んだ。そこで桐生君が「実はさっき本当は平岩さんとキスしたかったんだ。でもちょっと怖じけついてしまってさ……」と、わたしの眼をじっと見つめて来た。
だからわたしは思った。
え? これって今キスしたいって事だよね?
ついにわたしファーストキスしちゃうんだ。
わたしからしちゃう?
ううん、やっぱり目を閉じて待つべきよね?
そんな事を考えてたら互いに見つめ合っていた彼の視線が、わたしから外れた。
なんだろ?
そう思って後ろを振り返ろうとしたら、桐生君の両手がいきなり私の顔を挟み動けなくなった。
えっ、と思った時には桐生君の顔が目の前にあった。
嘘?
わたし今キスしてる……?
わたしが呆然としてる間にファーストキスは終わり、桐生君の唇が離れた。
そして桐生君はつぶやいた。
「藤田……」
え、桐生君? なにを言ってるの……。
わたしは嫌な予感を覚えつつ桐生君の視線をたどり振り返った。
そして自分の目を疑った。
嘘!! なんで優斗がいるの!
優斗は見た事のない悲しそうな顔で私を見ていた。
それを見て私はもう優斗の恋人じゃないのに、まるで夫に浮気現場を見られたかのような錯覚に陥って取り乱した。
幸い清秀院さんがすぐに優斗を連れて行ってくれたおかげで、わたしはなんとか落ち着きを取り戻した。
桐生君は「まさかここで藤田に会うとは思わなかったよ、世間は狭いって本当だな。平岩さんも驚いたでしょ」と、笑いながら気遣ってくれたけど、わたしの気分は晴れなかった。そのせいで家に車で送ってもらっている間も私はほとんど黙り込んでしまった。
ーー
桐生君との恋人としての初デートは失敗だった。
あの時、優斗が現れなければこんな事にならなかったと思う。
私が優斗にキスを見られて暗い気持ちになった理由は自分でも分かっている。
わたしはまだ優斗を完全に忘れられていない。
物心がつく前からずっと優斗が大好きだった。
優斗と過ごした長い時間と思い出たちが、私の体と心に染みついている。
だけど優斗を振った事を私は後悔していない。
優斗はもうわたしの好きだった優斗じゃなくなってしまった。
だから時間がかかっても私は優斗を忘れる……。
ーーー
ーー
桐生君とのデートの翌日。
今日の午前中は9月末にある運動会のための予行練習の時間だ。
1年生全てのクラスが集まっての合同練習。
少し前にフォークダンスの練習が終わったけど、残念ながら私が桐生君とダンスをする前に音楽が終わってしまったので一緒にダンスをする事は出来なかった。そして今は友達たちと次の練習が始まるまでの時間つぶしをしている。
私はさっきから桐生君をチラチラ見ているのに、桐生君は男友達と話していて少しもこちらを向いてくれない。桐生君とは昨日のデートで家に送ってもらってからまだ会話を交わしてない。ダンスの時に少し目が合って軽く手を振っただけだ。
もしかしてキスの後、私がずっと暗かった事を怒ってたりするのかな。
「ねえ詩織、ちゃんとうちの話し聞いてる?」
「えっ、なに陽菜?」
「まったくもう、何じゃないよ。また今度みんなで遊びに行こうよって話しだよ」
「チッチッチ、陽菜乃は忘れたのかい。しおりんは昨日、桐生君とデートだったんだよ。つまり熱い一夜の余韻に浸っているのだよ」
「ちょっとあかり変な事を言わないでよ、わたしと桐生君は……」
その瞬間、昨日の桐生君とのファーストキスが頭を過ぎった。
「ほっほ~、赤くなっちゃて、こりゃあ何かありましたな。さてさてしおりんは桐生君とどこまでいったのかなぁ、ほらほら言ってみな?」
「詩織、言っとくけど隠しても無駄だからね!」
あかりと陽菜乃に囲まれてしまう。
「……キス……しました」
「やったなしおりん、おめでとう!」「詩織やったね」
あかりたちが両手をあげて抱き付いて来る。
「えっと、うん、ありがと……」
「ではしおりんの次なる目標は処女卒業だな」
「あかり何言ってるの! いくらなんでもそれは早いよ……」
「全然早くないよ詩織、早くロストバージンしなきゃだよ」
「そう言われてもまだ心の準備が………」
「ほらしおりん、桐生君がちょうど1人でどこかに歩いて行くではないか。きっとこれは、追いかけて行ってもっと仲よくなれと言う神の思し召しだよ。さあ行ってイチャイチャしてくるがいい」
あかりに言われ桐生君を見たら、男友達から離れ1人でスマホをいじりながら歩いていた。
「えっでも、もしトイレなら悪いし……」
「もう、トイレなら運動場のトイレに行くよ。詩織はもっと頑張って次に進まなきゃだよ」
「わっ、ちょっと2人とも押さないでよ……」
私は2人に背中を押され、桐生君を追いかける羽目になった。
……。
桐生君どこに行くのかな?
彼は何だか急いでるみたいで、歩く速度が早くて全然追いつけない。
わたしはやがて桐生君を追いかけて人気のない弓道場までやって来た。
桐生君こっちに来たよね?
「結愛それ本気で言ってんのか?」
え!?
今のは桐生君の声よね?
結愛って、清秀院さんと一緒なの?
今の声からして2人は弓道場の建物を曲がった先の自転車置き場にいる。
わたしはいけない事だと思いつつも、建物に隠れながら聞き耳を立てた。
「……よ、昨日も言ったでしょ。優斗様の心にはまだ平岩さんがいるわ、だから彼女を抱いて欲しいの。これは契約の範囲だと思うのだけれど?」
「結愛は昨日、俺が平岩とキスをしているところを見て何も思わなかったのかよ!」
「言ったはずよ、わたくしが愛してるのは優斗様だけ、あなたじゃないわ。それにあなたが抱いた女の子の数は1人や2人じゃないでしょ、その中に平岩さんを加えてと言ってるだけよ」
「違うだろ! お前が(待って! そこにいるのは誰?)」
嘘っ! 見つかっちゃった!?
わたしは全力で逃げだした。
必至に走って校舎まで行き中に入る。それから女子トイレのドアを開け個室に駆け込んでカギをかけた。
しばらく外の様子を窺ってたけど追って来る様子は無かった。私は少し落ち着きを取り戻す。
―さっきの話しはどういう事!?




