第10話 主人公は財閥令嬢とデートする 後編
俺は清秀院さんに連れられ、花火を見るために15分ほど小さな山を登って、切り立った高台にやって来た。
意外と体力を使ったがデート中に軽食を取っているのでお腹はあまり空いていない。
山を登る途中、たまにカップルが夜陰に紛れてキスをしていた。
もしかしたら俺にもワンチャンあるのでは無いかと期待してしまう。
「わぁあ。優斗様、見てください夜景がとっても綺麗ですよ」
清秀院さんは切り立った場所に設置されている柵の方に走って行った。
両手で柵を握りしめ、身を乗り出さんばかりに夜景を眺めてる。
白のワンピースを着た清秀院さんの後ろ姿に見惚れる。
美しく長い髪が後ろでまとまり、夜景とマッチして神々しさすら感じる。
俺が清秀院さんのそばに近づいていくと不意に彼女が振り返った。
「優斗様……。わたくし夜景の見える素敵な場所で恋人としたかった夢があるんです。それが何だかわかりますか?」
「う~ん、なんだろ」
「ではヒントを差し上げます」
そう言って清秀院さんは俺の目を見つめながら静かに瞳を閉じると少しあごを上げた。
こ、これってもしかしてキスしたいって事か!
俺は清秀院さんの両肩に軽く手をかける。
本当にいいんですね! 頂いちゃいますよ!
ゴクリ。
俺は彼女の小さな唇に自分の唇をゆっくりと押し当てる。
「ん♡」
清秀院さんの唇はとても柔らく、このまま時が永遠に止まって欲しいと思った。
しばらく彼女の甘い唇を堪能した後、泣く泣く解放する。
「あっ、優斗さま……」
清秀院さんは瞳を開いて俺と目が合うと、恥ずかしそうに視線をそらし頬を赤らめた。
「ありがとうございます。わたくし優斗様にファーストキスを貰って頂いて幸せです……」
気付くと清秀院さんの目には涙が溜まっていた。
それを見て俺はこの人を絶対大事にしようと決意した。
「俺も初めての相手が結愛で幸せだよ」
「優斗様……」
彼女が再び目を閉じ、俺たちは2度目のキスを交わす。
パーン、パパン。
キスの途中で花火の音が聞こえて来た、それはまるで俺たちを祝福しているかのように。
「見てください優斗様、素敵な花火♡ まるでわたくしたちを祝福してくれてるみたいです」
「俺もそう思った」
俺は結愛の肩に手をまわし、互いに寄り添いながら花火を見学した。花火が終わってからもしばらく俺たちは寄り添ったまま静かに夜景を楽しんだ。
ブ~ンブ~ン。
清秀院さんのポーチからスマホのバイブ音が聞こる。
彼女はポーチを開けて中をまさぐり。
「あっ、すいません父から電話です。もしもしお父様……。今はまだMDランドにいます。……わかりました今から帰ります」
「優斗様申し訳ありません、父が心配していてそろそろ家に帰るように言われました」
「こっちこそゴメン。もう遅いし心配するよね、いいお父さんだね」
「はい、父は優斗様の次に大好きなんです」
すごく嬉しい。でもぽっと出の俺に1番を取られたお父さんが、ちょっと可哀そうな気がする。
ーー
来た道と違う道で山を下り始めた。
「こっち側の夜景も綺麗だね」
まあ、こっち側もいたる所でカップルがキスしてるんだけど。
「本当ですね」
清秀院さんはカップルたちに触発されたのか、俺の腕に自分の腕を絡ませて寄り添って来た。
奥手な俺は自分からやるのにまだ緊張するから、彼女からしてくれるのはありがたい。特に柔らくて大きな胸を押し付けてくれるのが最高。
「優斗様、喉が乾きました。あそこの自販機によってもいいですか?」
「うん、いいよ。俺も喉が乾いた」
自販機の側にはいくつかのベンチがあり、座っている1組のカップルの後ろ姿が見える。
そして俺たちが近づいて行くと、突然カップルがキスを始めてしまった。
「えっと……止めとこうか」
俺はカップルに聞こえないよう小声で清秀院さんに聞いた。
「そうですね……。……え、桐生君?」
っ!?
俺は思わずキスをしているカップルを見返した。
向こう側の男が本当に桐生なら、手前の女の子は詩織なのか!?
そう思った瞬間に心臓が跳ね上がった。
そして俺はなぜか女の子が詩織では無く別の女の子であればいいと願ってしまう。
すぐにキスは終わり、女の子から離れた男の顔が見え目が合った。
「桐生……」
「……藤田」
「えっ……」
聞き覚えのある女の子の声に動悸がする。
そして女の子は振り返ると、俺を見て大きく目を見開いた。
「詩織……」
「……優斗?」
一瞬の静寂の時間が流れる。
「ごめんなさい平岩さん、わたくしたち喉が乾いたから飲み物を買おうとしただけなんです。そしたら……ごめんなさい、邪魔者は消えますね」
清秀院さんは呆然としている俺の手を取りその場から連れ去った。
ーー
「ビックリしました。まさかあの2人とここで出くわすなんて……」
「……そうだね」
「優斗様、もしかして平岩さんに妬いてます?」
「えっ、何で!?」
「すごくお顔が暗いです」
「いや、そんな事はないよ。ちょっと驚いただけだよ」
「優斗様……」
「?」
清秀院さんはゆっくりと俺に近づくと正面から優しく抱き締めて来た。そして背に回した手をギュッと強めて言った。
「大丈夫ですよ。……今は平岩さんを忘れられなくて辛くても、わたくしが直ぐに忘れさせてあげますから……」
「結愛……」
俺は清秀院さんの優しさに甘え彼女を強く抱きしめ返した。




