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10 「犬、特別なリードに繋げられる」



「……もしかしなくても、これってデートでは?」


 ユエと約束した翌日の朝。

 待ち合わせ場所であるアルビオン魔法学院校門前で、俺は落ち着きなく同じ所をグルグルと回る。尻尾を追いかけるように。


「いやいや、散歩だって言ってたし……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 確かにそう聞いたはずだ、散歩であると。

 デートであればそれはもうドキドキとしてしまうが、散歩であればシア姉と何度も行ったことがあるため遅れをとることはない……と思う。遅れってなんだ。


「だけどシア姉以外の女の子と二人だけでお出掛けなんて初めてで……」


 シア姉であれば俺を気の赴くままに振り回し、親と呼べる者がいない俺を魔法社会に溶け込ませるべく躾をするだろう。

 だが、今日の相手はそういった飼い主(仮)ではなく……言ってしまえば、ただの友達の女の子なのだった。


「でででででデートなのでは?」


 回る速度を上げながらテンパる。

 いややべえよ。俺なんにも用意してねえよ。

 シア姉はこういう時どうするべきだって俺を躾たっけ……!?


「た、確か花束を用意して、その中の一輪に指輪を仕込ませて、夜景の綺麗なレストランで手渡して――」


 いやすげえ手が込むじゃん……。


「花束と指輪ってどこで買えるんだ、もう今からじゃ間に合わ――」

「……レイド? おはようございます」

「わおん!?」


 石畳に座り込み、アルビオン観光雑誌"あるぶ"をペラペラと捲っていれば……


「あら、感心ですね。今日は散策が主。その雑誌があれば、指針にも事欠かないでしょう」

「ゆ、ユエ……」


 後ろからかけられた声にビクッと肩を跳ねさせ振り向けば、そこには昨日のように黒い和服に身を包んだユエが頷きながら立っていた。


「……どうしたのですかレイド?」

「い、いや……」


 不思議そうに、コトリと小首をかしげるユエに頭を振る。

 落ち着け。

 見た限り、ユエの態度は昨日と変わらない。俺が意識しすぎているだけで、これは友達と散歩をするだけなのだ、きっと他意はない。


「ほら、レイド。そんなところに座っていないで、こちらのベンチに座ってください。私もそれ、一緒に読みたいです」

「あ、ああ」


 言葉少なにそう返し、やんわりと袖を引かれてベンチに誘導される。


「ふむふむ、東西南北でおおまかに四つのエリアに別れているのですね」

「そうみたいだな。学院が中心にあって……」

「各国の特色が出るみたいですね。東は人間の多い商業区と生活区、北は獣人系が経営するグルメ街ですか」

「西にドワーフ系の工場や工芸品が売ってるところで、南は生活基盤を支える水路街か。お、水精霊やセイレーンにも人気でマジックアイドルの公演もやってるらしいぞ」

「まあ」


 年相応な表情で瞳を輝かせるユエだが、正直俺は自分が今冷静さを保てていることを誉めて貰いたい。


(すげえいい匂いするじゃん……)


 昨日とはまた違った雅な香りが、彼女の美しい黒髪から香る。それに一冊の雑誌を覗き込んでいるからちょっと肩が当たるし……女の子ってお尻以外も柔らかいんだなあ。


「……さっきからどうしたのですかレイド。今日は随分大人しいみたいですが」

「ユエすげえいい匂いする」

「へっ!?」


 ……しまった。つい本音が。

 俺の言葉を聞き、ユエは真ん丸に目を見開いている。片眼に宿る黄金の瞳が満月のようだ。

 いや、しかしこれはチャンスだ。彼女はプライドが高い。きっとデリカシーのない発言には怒りを返すだろう。

 このあたりで一発平手でも貰って、こちらの心機一転を図り――


「あの、えと……そう、ですかっ? お気に入りの匂袋を袖に入れていたので……き、気に入っていただけたのなら、よ、よかったです」

「!?」


 くしくしと、一房だけ結んだ黒髪を指で忙しなく梳きながら彼女は上目遣いでこちらを見る。

 三日月のようにイタズラな黄金の瞳は優しく細められ、その頬は淑やかに紅をさしていた。


 は? 可愛い……――いやそうではなく。


 お、おかしい。

 期待していた反応とは斜め上のものを返され、俺もなんだか脈が早くなる。いっそのこと怒ってくれた方がやりやすいというのに!

 互いに視線をさ迷わせながら、どことなく沈黙が流れ……しかし決して嫌というわけではない空気に浸っていると、ユエが仕切り直すように可愛らしく喉を鳴らした。


「こ、こほん。まあ一日で回りきれる広さではありませんし、今日は東に行ってみましょう。生活用品の目処もつけておきたいですし、なにより――」


 そこでユエはちょっぴり得意げな笑みを浮かべて、袖から一枚のカードを取り出した。


「私の占いでも、東が吉と出ていますからね」

「ほう、それは……いいことだな?」

「ええ、きっと素敵な何かが待っていますよ」


 それが俺にとってか、彼女にとってかは不明だが。

 多少いつも通りの雰囲気に戻った彼女に安堵の息を吐き、俺はベンチを立った。


「じゃあ行くか、リードは持ってきたか? きちんと首にかけてくれよ」

「……え、ええ、分かりました」


 しかし、彼女は得意げな笑みを収め。

 少しもじもじした後、袖から昨日見たリードを出すこともなく……


「さ、さあ、レイド?」


 スッと。

 その白く小さな手をこちらに差し出したのだった。


「……これは?」

「リードです」


 いや君の手じゃん……女の子らしいちっちゃくてスベスベしてそうな可愛らしいお手々じゃん……。


「……街中で男性にリードをかけるなど、シキノミヤの品性が疑われますから」


 だから、と。

 彼女はこちらから視線を逸らしつつも、「んっ」とその手をこちらに向ける。


「それともジェイルニール家の飼い犬は、レディの希望を無碍にするのが仕事なのですか?」

「うっ」


 それを言われると、弱い。

 俺は仮にもジェイルニール家の番犬。淑女の希望は可能な限り叶えるべしと躾られている。


「……お手を、レディ」

「はい。ふふ、あなたが逃げ出さぬようしっかり繋いでおいてあげますからね?」


 その小さな温もりを包み込めば、彼女は控え目に握り返してくる。

 そしてその顔は、悪戯が成功した子猫のようにはにかんでいるのだった。


「……これは、とんだ子猫に狙われたものだ」

「とてもいい気分です。さあ、行きますよレイド」


 くすり、と笑って彼女は飼い主のように先陣を切る。

 そんな彼女の雰囲気に、俺もなんだか楽しくなってきてその小柄な身体の横に肩を並べるのだった。


 ……こちらにじいっと注がれる、二人分の視線には気付かずに。


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