8-3、契約
お昼前のお城の厨房は閑散としている。
セダンの食事は一日二食のようで、お昼は暇なのだ。
この世界に来てから、私はあまりお腹がすかないのにご飯を食べさせられていたので、食事の間が長いのはありがたい。
「あとは時差ぼけっぽいのがなー」
最近は夜ちゃんと寝ているのだが、朝になって目覚めても、眠りの浅いまま無理やり起きて動いている気がする。お陰で日の出前に起きるという日課さえも三日に一度しかこなせていない。
早くこの世界に体がなじんでほしい。切実に。
私が調理場で頼まれた食料を運んでいると、城門の前に沢山の人と竜がいた。私はアレクを肩車をして近寄り、人混みの中でひときわ目立つ赤い少女に話しかける。
「ミクさんどうしたの? なにかあったの?」
「あ、コウ。あのね、アマツチがアスラに偵察に行くみたい。隊を率いて」
「へー」
ミクはついて行きたいのか、なんだかそわそわしてる。
「ミクはいかないの?」
「うーん、行きたいんだけど、私がいると隠密にならないとか言って隊に入れてくれなかった……」
「まあ、そうだね……」
私は砂漠で暴れていたアマミクを思い出した。夜に輝く赤い大剣はとても目立っていた。
「一人で後からついていこうかな」
「すぐばれるから、やめてね?」
私はミクの手を引いて仕事を手伝って貰う。
アマミクはすっかり人に慣れて、以前なら逃げていた挨拶も出来るようになった。明るくて力持ちでたよりになるミクは、男性だけでなく女性からも愛された。
「姫、調度いいところにきた。ちょっとこれ持ち上げてくれ」
「はいよー」
「姫、ちょっとこれ灰にして」
「いいよー」
「姫! 崖が崩れて人が埋まって……」
「それは大変!」
歩いているといろんな人がミクに声を掛けてくる。
ミクはセダンの民から歩く重機がごとく愛されていた。黙っていれば絶世の美女なんだけどね?
「コウはいつも黒竜かかえてるから、少し筋力ついてきたんじゃない?」
私は腕を曲げてみるが、筋肉の盛上りは無かった。
「セダンはご飯おいしいし、魔物も出ないしで、最近は倒れてないよ」
私の後ろから幼児アレクがちょこまかついてくる。小さなアレクはお城で大人気で、赤子に飢えていたおばさま達によく撫でられていた。
「黒いのは地味に大きくなってるけど、ヘビはかわらないのね? やっぱ、守護竜はその土地にいないとダメなのかしら」
私はアレクに聞く。
「そうなの?」
「しらん、No.4に聞け。私は土地の浄化には関わらん」
「君も銀の水の浄化はできるの?」
「ある程度なら……四国の守護竜の二割程だな。No.7と同じく、急場の代行にも足らん」
「ふーん、守護竜の力ってすごいのね」
……って、さらっとジーンさんは代行にならないって言ったな、ファリナは大丈夫なの?
アマツチがアスラに行ってしまった夜、ミクが枕を抱えて部屋に来た。
「夜の飲み相手がいなくなった」
「ミクは毎晩アマツチと飲んでいたのか……」
ここに来たときは死にたがっていたアスラの女王も、最近は全く死を口にしなくなった。
聖地に行った時とか、アマミクと離れている時間が多かったので、ミクはいつの間にか一人でも寂しがらないようになったようだ。
セレムだけでなくアマミクも自立したのね、と、私はアマミクの成長を頼もしく、また少し寂しく思った。
相方がいなくなったと半べそをかくミクさんが可愛く思えて、私はミクを部屋に入れた。
「あと、白ヘビがアマツチにまきついて行った」
「最近側にいないと思ったら、とうとう?」
……四の王がアスラにーとか言ってたもんね。まあ、アマツチがいたら守ってくれるよね。
ミクはアレクをつつきながら、ベットでゴロゴロしていた。
「アマツチのばかー、私も連れてけー」
「やっぱ、君たち仲良しだよねー。くっついちゃえばいいのに」
ミクは「ん?」と、顔を上げる。
「いつもくっついているわ」
「……えーっとね、カウズとシェレン姫みたいな、恋人になればといいました」
私が言うと、ミクは頬を膨らませた。
「あいつが私より弱いからやだ」
……この世界でミクより強い人っているの?
◇◇
食後にアリスから貰った鉄分や葉酸の錠剤を飲んでいると、散歩していたアレクが部屋に戻ってきた。セダンに到着したときは私の腿くらいしか無かった背丈も、私と同じくらいに成長している。
「おかえり、見回りどうだった? 何か発見した?」
アレクは何も答えずに部屋の隅に立った。
「相変わらず君は必要なこと以外は話さないね。血は足りているの? 今必要?」
私がアレクの側に行くと、アレクは顔を背けた。まるで反抗期の中学生みたいだ。
「無視一回目」
「……」
「あと二回返事しなかったら強制執行」
そう言うと、アレクはゆっくりと顔を動かして、不機嫌そうな目で私を見る。
「……必要ない」
「そう? 今鉄剤飲んだしあげられるよ?」
私が笑って言うと、アレクは私の顔に手を添える。目の前にアレクの長い睫毛が見えて、私は綺麗な顔だなあ……と見とれていた。
「この顔が好きなのか? 裁定者よりも」
「裁定者って誰? そう言えば二の王もそう言っていたな。それは誰なの?」
「……」
……無視された。アレクと会話するのは難しいな。
私が苦笑していると、アレクは黙ったままじっと私を見ていた。
「契約をしないか?」
「それはなに?」
アレクは私の長い髪を一房つまんで言う。
「契約無しで行動するよりも、契約があった方が利点が多い。血の補給も必要なくなる」
「君に血をのませなくてもよくなるの?」
「そう、それに主人の損傷も対価無く治せる」
「あ、それセレムが言ってたやつだ」
アレクが黙ったまま私の髪の毛を触っているので、なんだかくすぐったい。私はすこし赤くなって一歩距離を置いた。
「でも私、異世界人よ? あなたと契約しても、この世界に問題ないの?」
「元々No.5とNo.6はサーを主に作られた。我々は王を見つける必要はないし、逆に四国のどの勢力にも与してはならないという制約がある。フレイはその制約にあたらない」
……まあ、世界の生き物の数を調整するのに偏りがあったらダメだもんね。
「それでも、契約というシステムは残っている。今まで実行されなかったのは、該当者がいなかったからにすぎない」
「けいやく……」
……そういえばジーンさんも、王の命がどーのと言っていたな。契約すると、命をアレクに預ける事になるのかな?
「命の預け入れは王の体に損傷が起きても死なないようにするためだ。フレイが必要はないならやらなくてもいい」
……そういうものなのか。というかアレクは私の考えに返答しているなぁ。
「ファリナ王が長寿だったり、セダン王が兄たちと違って若いのは守護竜と契約しているからなのよね? 契約すると成長止まる?」
「命の預け入れをしていなければ止まらないと予測する」
「あー、それと繋がってるのか、不老不死」
「フレイの嫌がりそうな点は、互いの魔力の補填を含めて始終繋がること。あとは魂が結び付くくらいだ」
私は首を傾げてアレクを見る。
「最後のは何? 結び付くとどうなるの?」
「竜には主人が見聞きするものが見通せるようになるが、今現在既に見通せるから変わりはない」
……あれか、ジーンさんの言っていた、五感の共有というやつか。契約は恋愛脳のセシルのせいか結婚を想像してたけど、アレクの話だと同一化ってことなんじゃないかな?
「いや違う、竜と人の魂は混ざらない」
「まあ混ざっちゃったらセシルみたいに`王大好き´と連呼するのはナルシストになっちゃうからね、そうかー、いや、やはり分からないや……契約……」
私がうーんと悩むと、アレクと目が合った。闇のように黒い瞳と、白い肌が対照的だ。竜のジーンと比べて輪郭が細く、少しつり目の切れ長の目がとても可愛い。
アレクの顔に見とれて、私はしばらくボーッとその顔を見ていた。しかし、脳裏に信の呆れ顔が浮かび、アレクから目をそらした。
「私は信が好きなんだけど……君と契約したら浮気になるんじゃないかな?」
「守護竜は人の婚姻には関与しない。姿も主人の命ずる形をとれる」
……普段は猫や鳥になってくれるというのか。それでもなぁ。こんな綺麗な人と一生一緒にいるのは毎日心臓が持たない気がする。特に大きくなったら怖い。美形の青年が常に側にいるとか、ドキドキして死ぬ
私がどう返事したものかと困っていると、アレクはふむと頷いた。
「やはり、体積が小さいほうがフレイにとっては抵抗が無い様子」
「……そんなことないよ! 元に戻るのは良いことだよ! 能力面の問題もあるし!」
アレクはふっと笑って、私に顔を寄せる。
「わぁ……」
あまりの近さに私が真っ赤になると、アレクは少し身を離した。
「フレイは、対象物が小さい者ほど対応が疎かになる……警戒がなくなるようだ」
「……んん?」
私はアレクの顔を覗きみた。
「もしかして、わざと小さいままでいたの? 君は大きくなれるの?」
アレクは無言で頷いた。
私は息を吸って、大きな声で言った。
「アレクセイ・レーン、今すぐ、本来の姿に戻りなさい!」
アレクは目を閉じて、黒い靄をだした。すると私と同じくらいだったアレクの体が伸び、中学校の保健室で見た、端正な顔立ちの男性になった。アレクの胸あたりに私の頭がある。
……うわあああ。見上げるほど大きい
「成体になってたの……」
私はその腕にすがって、大きく肩を落とした。
アレクはしゃがんで私の頭に手を置く。綺麗な男性の顔が私の目の前にある。
その時頭によぎったのは、地下の書庫でのジーンさんとのキスだった。私は驚いて身を固くし、下を向いて目をぎゅっと閉じた。
アレクは私から離れて、少し考え事をしていた。そして、私が目を開けたときにはいつもの黒猫の姿に戻っていた。
「ニャア」
私は床にいるアレクに向けて手を伸ばす。アレクは私の手に飛び乗り、所定の場所に収まった。
「君は私のために猫の姿をしているのだと分かったよ……ありがとう……」
猫はにゃんと鳴いて、私の頬をなめた。やはり猫だと大丈夫だ。
「ちなみに、いつから成体だった?」
『No.5と分離した時から』
「塔から……」
『十分な量の糧があった』
「あ、ああ、そう……」
子猫や赤ちゃんだと思ってかわいがっていた存在が、自分より年上の青年男性だった! いや、知ってたけど! はじめから青年像が本体だったけど!
……小さいのは生まれたてで力が弱ってるせいだと、勝手に思い込んでいたよ。
私はなんだかキツネにつままれた気分で、呆然と黒猫を撫でていた。猫は体を伸ばして私の口を舐めた。
「ひゃっ!」
『契約をすればこの行為は無用になる』
「あはは……そうだね……」
私が真っ赤になって頷くと、猫は私の腕から飛び降りた。そのまま外に出ていこうとするので、私は扉を開ける。
「契約の事だけど、信に相談してみるよ。それまで待っていてくれる?」
猫はニャンと鳴いて、ドアの隙間から出ていった。猫が視界から消えると緊張がとけて、私はドアを背にしてへたりこんだ。
……あの、綺麗なお顔の男性が、死ぬまでつかず離れず一緒にいるって、ものスゴい事だ。
私はアレクが出ていった扉を、いつまでも見つめていた。




