8-1、セダン(再び)
アマツチ、アマミクと私と竜達は西の学舎に別れを告げ、大きな翼を持つ二匹の竜に乗って、再びセダン王都に降り立った。
セダン城の入り口には、とても小さな白髪の老人が立っている。一行は老人に案内されるままにお城の地下にある地竜の巣に向かった。
「爺さん、王に話があるんだけど、空いてる時間ある?」
「明日なら夕食に割り込み可能じゃな」
「出来れば、王兄弟と俺らと爺さんだけで」
「了解した」
ひんやりとした地竜の巣につくと、老人はアマツチから離れて私の前に立った。私は青くなって地竜に頭を下げる。
「ごめんなさい! またセダンに来てしまって! オージンさんに何かあったらまずいので、ずっと隔離部屋にいますから!」
地竜は目の前にある私の髪を引っ張り「座れ」と頭をはたいた。私は床に膝をつく。
「感応能力なら、ワシのほうである程度は防ぐものを作ったので大丈夫だ。ここでは普通に過ごしてくれ。ただし、ケガだけはしてくれるな。病もだぞ」
老人はそう言って、紋様の入ったフードを私に見せるようにかぶった。そのフードが防御アイテムらしい。
「……はい、オージンさん、気を付けます」
「水竜を再生したのはあいつから聞いたが、黒竜まで連れてくるとは思わなんだ」
地竜はそう言って、私の肩に乗っている黒い鳥を見た。
「実は黒竜に相談したいことがあるのだ」
「爺さん、それ、人口のこと?」
「うむ、それだ。何故この世界に人が増えなくなった? 命の水はそこまでつきているのか?」
黒竜は目を閉じたままなにも答えない。私は心配してアレクの羽を撫でた。
「調べられない? 力足りない?」
私が聞くとカラスはカアと鳴いて地面に下り、人の形に戻った。
黒竜は人の形に戻ったものの、かつての長身の男性ではなく、とても小さな子どもの姿をしていた。身長がオージンさんにさえも届いていない。
私は二才児くらいのサイズのアレクをそっと抱き上げた。
「ふぁぁ……かわいい……」
黒目がちの大きな目、ほっぺたはぷにぷにでとても柔らかい。
私はちいさなアレクを胸に抱いて頭を撫でた。チビアレクは顔を私の胸元に押し付けて、じっと目を閉じていた。そして、ポツリと言う。
「検索修了。現状における命の水は全て利用されている。世界における人口は減ってはいない。むしろ、増えていると結果が出た」
それを聞いたアマツチは驚いて声をあげる。
「そんなはずはない! 世界の最年少はファリナ姫で十四才だ。この世界にはそれ以下の年齢の子どもはいない」
「……新しい人口の大部分がアスラに分布している」
「なにそれ、アスラに人はいないわよ?」
ミクがそう言うので私も頷いた。
「ここ数年で、数万を越える命の水がアスラに分配され、銀の水に変わり、三割は再生されずに消えている。要請者等の詳細な情報は銀の盆が無ければ分からない」
「……他国の水をワシらの許可なく利用出来るのは、サーしかおらんのだが」
小さな黒竜の発言に、地竜は頭を悩ませた。
「聖地に行かんとならぬな。西もまだ聖地とは繋がって無いよな? 扉を聖地に繋げるのに半週くらいかかるか……」
そこまで言って、地竜はアマツチを見る。
「現在セダン王からワシへの要請では人口は増やせなんだ。お前らはどうなのだ?」
「……えっ、俺今セダンの実権無いけど」
白い老人はアマツチの足をペシペシ叩く。
「ダメでモトモトでダメモトじゃ、お主に期待はしておらん」
「……あーあっそ、じゃあ頼むよ」
アマツチは私に抱っこされている、子どもの前に屈んだ。
「黒竜、セダン城下の人口増加申請、とりあえず十人」
「人口増加申請。セダン王都……」
申請を受けて、アレクは目を閉じて停止していた。
その場にいた全員が固唾を飲んで小さなアレクを見ていた。しばらくすると、アレクは黒目がちな目をゆっくりと開けた。
「……新たにこの地に人を増やそうとも、水不足で却下される。というか、何だ……?」
アレクは眉を寄せて地竜を見る。
「No.1、聖地から銀の盆が奪われていないか?」
「……なぬ?」
岩が剥き出しの自然の洞窟のような地竜の巣で、全員が唖然とし、小さな黒竜を見ていた。
アレクの言う銀の盆とは命の天秤とも言われ、浄化された命の水を盆に張って、そこから人口調整をして各国に配付するものだ。
とても大切なものなので、神殿下層に設置してあったが、それが見当たらないと言う。増加申請を出すことは出来るので、この世界のどこかにはあるらしい。
地竜は腕を組んで首を傾げる。
「ワシは知らん。聖地には長いこと行っておらんからな」
「コウちゃんは? 前に行った時に見なかった?」
銀の盆というと、相撲のトロフィーのような大きな杯だよね。神殿では見ていないけど、フレイの記憶では、セシルのいた五層よりもさらに下、世界樹の天辺のほうにあるらしい。
「聖地は行ったけど、銀の盆の部屋には入ってないの。下層はセシルのいたところしか見てないわ」
アマツチは私の話を聞いて苦笑し、私の頭に手を置いた。チビアレクが素早く動いて、ぴょんと飛び上がり、一回転するようにアマツチの手を蹴った。
「触るな」
「……そうだった、忘れてた」
アマツチはチビッ子に攻撃されたことに驚いて、一歩下がって、フウと息を吐いた。
「俺が聖地に行って確認してくる。コウちゃん、盆のあった場所を教えてくれる?」
「わかった。地図かいとく。なんかアレクが邪険にしてゴメンね」
「大丈夫、怪我はしていないよ」
アマツチに敵意むき出しのアレクを、私はギュッと抱いて、アマツチがアレクの視界に入らないようにした。そのままよしよしと赤子の頭を撫でる。アレクは目を閉じて大人しくしていてくれた。
一行はそこで解散した。
アマミクは姫の部屋に来ないで途中で別れた。どうも前回私に姫の部屋から追い出された後に、別の部屋を貰ったらしい。ミクは寂しがりなのに変なの、と、私はアマミクの背中を見送った。
私はエレノア姫の部屋につくと、抱っこしていたアレクをベッドに下ろした。
アレクはオージンさんとの話の後すぐに「疲れた」と言い、猫の姿になって寝てしまった。私とセレムは黒猫の寝顔を見ながらベッドでくつろぐ。
「世界のシステムが動かされているみたいね」
『だなぁ。一体、誰が、何のために?』
「レアナは? 彼女が人口調整してるんじゃない?」
『……コウ、俺らは単独では行動出来ないんだ。竜が世界のシステムを動かすには、その地の権利者の命令が必要なんだよ』
私はガバッと起き上がって小さな白いヘビを見る。
「だって、塔のレアナは勝手気ままに動いていたじゃない。アナタだって、ファリナ王を無視しているわよ?」
『無視はしていないぞ。今は仕えるべき王がいないだけだ。俺は俺を確立するための、王探しという最優先事項を遂行中だ』
「……あ、そうなんだ。自由気ままにうろついているのかと思ってた」
『そこまで落ちぶれてはいない』
セレムはふん、とそっぽをむいた。私はその小さなヘビのような頭を指でつつく。
「じゃあ、レアナは誰かに仕えているのね?」
私がつぶやいた言葉に水竜がうっとうめいた。
『四の王がとられてたら俺はもう今世捨てる……』
「セレムさん、四国の王は双竜の主人にはなれないのよ、それに四の王はいないって学舎でいってたでしょ、大丈夫だよ」
『んなの確定情報じゃないじゃん。俺が察知出来ないだけでどっかにいるかもしれないじゃん! んなのヤダヤダヤダ』
小さな白ヘビがだだをこねて部屋を飛び回る。
「……んもー、さっさと行っておいでよアスラに! アスラは砂と魔物しかしないからね、君の王がいないことをしっかり確認しておいで!」
セレムは旋回するのを止めて、私の目の前に降りて来た。
『馬鹿者、仕えるもののない我など無力よ! ちょっと水を出せる空飛ぶ魚同然よ! 単身そんな所に飛び込めるはずなかろう』
セレムは宙に浮いたまま、体を長く伸ばし、目を閉じて、顔を上にあげた。
……いや、そんななさけないことでどや顔されても。
その姿がかわいくて私は苦笑する。私は目の前で浮いているセレムを捕まえた。
「わかった、君がよわっちーことはよくわかった。きみも少し寝なさい。撫でててあげるからね」
私はベットに寝転んで、蛇と猫を気がすむまで撫でていた。
◇◇
次の日の夕食時には、セダン王と会食まじりで交渉をすることになっていた。
アレクは寝てるので部屋において、私はそのままの格好で食堂に行こうとしたが、王のお付きの女官が部屋の外で待ち構えていた。私はまた風呂につけられ、あれこれ着せ替えをさせられた。
薄手の袴に肩のあいた和風の着物をまとい、さらに薄い花模様の羽衣を巻かれた。
「裾の長い服苦手だ……こけそう」
私が着物の動きにくさに閉口していたら、背後から笑い声が聞こえる。振り向くとセダン王が立っていた。
「いや、笑って失礼。なんだか服が歩いているように見えて……」
「いま頑張って、重い服を移動中です」
私が必死になって裾をまくりあげ階段を登っていると、セダン王が私をかついで腕に乗せた。
「どこに行かれますか? 連れていきますよ」
「食堂に……」
「御意」
王さまに抱き上げられていいのかな? と私は恐縮するが、セダン王はにこやかに笑って私を食堂まで連れていってくれた。
「まあまあ何てこと!」
食堂につくと、女官がわらわら寄ってきた。
「歩けなくて階段で立ち往生していたぞ、小さな子にエレノアの格好させるのも大概にしてやってくれ」
王は私を床に下ろして、笑いながら自分の席に移動する。私はセダン王にペコリと頭を下げた。
「コウー会いたかった!」
私はその声に振り向くと、アマミクが私を抱きしめた。ミクさんも珍しくひらひらごてごてしているが、元から体力が有り余っているので問題ないようだ。
ミクは私に抱きつきぐりぐりとその胸をおしつけた。
「部屋にコウがいないと寂しいよー」
「いや、ミクも部屋に来なよ」
ミクはうーんと考えて、私の頭に顎を乗せた。
「長くてうねうねするもの、キライよ」
「ミクは水竜が苦手なの?」
「猫もキライ」
「意外だ。おいしそうとか言いそうなのに」
アマミクはブルッと震えた。
「小さくて潰しちゃいそうなんだもの……ある程度壊れない大きさでいてくれないと」
なるほど。と感心しつつ、私はミクの抱擁を堪能する。
……あー、ミクさんやわらかい。いいにおい、ママみたいで落ち着く。
部屋の入り口でキャッキャとじゃれついている女子を、給仕する人達はほほえましく見ていた。
王は笑い上戸なのか肩を震わせて笑っている。私が王を見ると王は笑うのをやめて真顔になった。
「では、皆が席についたら話を聞こうか」
食堂には十人掛けくらいの長机に、セダン王と三人の兄のうちふたりが座っている。私とアマミクもアマツチの案内で卓についた。
全員が座ると、セダン王はニッコリと微笑んだ。




