7-3、西の塔と研究発表
いつも朝食に誘ってくれる姫が今朝は見当たらない。不思議に思って、寄宿舎の管理人さんに聞くと、今日は塔で研究の発表があると言う。
姫も準備があるらしく、日が昇る前から塔にいるとか。
アマミクと私の席もあるらしく、女性の研究者が塔まで案内をしてくれた。
「わぁ……すごいねここ」
私はセレムを胸に入れて塔の中を見渡した。
広いエントランスには、磨かれた大理石のような床と、白い柱が等間隔に並んでいる。天井には所々に光のスクロールが設置されていて、室内を明るく照らしていた。
塔と言うから、教会の鐘楼のようなものかと思っていたが、水平で凹凸の無い床や歪みの無い柱は現代建築っぽい。
「なにここ、気持ち悪い……」
整頓された歪みのない建物をミクは怖がり、私の腕にしがみついていた。ミクの心は髪の毛を見るとわかる。私は色を失って茶色く見えるミクの頭をよしよしと撫でた。
エントランスには大勢の研究員がいて、カウズを取り巻いて話している。カウズは小さいので大人に囲まれると姿が見えないが、声からして中心にいるのはカウズだろう。
私は遠巻きにカウズを見ていたら、背後から肩を叩かれた。
「おはよ、朝から飼育ごくろうさん」
「……アマツチ」
キスの事を気まずく思っているのは私だけのようで、アマツチはいつも通りの様子で、朗らかに笑っていた。
「飼育って何よ」
ミクが私から離れてアマツチの足をぐりぐりと踏む。アマツチは気にせずミクの相手をしていた。
声に気が付いたのか、カウズが手を軽く上げてこっちに歩いて来る。私はペコリと頭を下げた。
「お招きありがとうございます」
「一の王と三の姫、そしてコウさん、朝から呼びつけてスミマセン、西に来られた記念に、塔の研究の成果を見てやってください」
「はい!」
研究発表なんて中学校ぶりだ。しかもその殆どの発表を聞くこと無く寝ていた私は、殆ど初体験と言っても過言ではない。
……今日は絶対に寝ないようにしよう!
私は拳を握って気合いをいれた。
カウズに案内されて、一行はゾロゾロとカウズの後ろをついていく。
フレイは西の塔に来たことが無く、あまり夢でも覗いていなかったので、塔の内部は新鮮だった。
「研究塔ってすごいキレイですね、床とか水平垂直で人が作った感じがぜんぜんしないもの」
私がポツリと呟くと、先頭を歩くカウズが答えた。
「ここの建築材は魔法が使われています。昔、魔法は基本的なエレメンツのものしかありませんでしたが、組み合わせることで色々なことが出来るようになりました」
「へえー、機械じゃなくて、魔法の力なんだ」
私は先生っぽいカウズの話を感心して聞く。
「たとえば、風と火を組み合わせると、火力調整が自由な火のスクロールが出来ます。そういった複合型スクロールが、最近の主な研究内容ですね」
「組み合わせれば可能性無限大なのね、魔法」
塔の二階までは階段を使ったが、そこから上は違うルートらしい。カウズは二階に設置されている丸い円盤に乗る。カウズが装置を触ると円盤がゆっくりと上がった。
「あっ、エレベーターだ……」
「一応階段もありますがね、直線で上ったほうが時間短縮になりますので」
「そうね、この高さを階段で上るのはたいへん」
アマツチは塔に慣れているのか全く驚いていない。一方、エレベーター初体験のミクは真剣な顔をして振動に耐えていた。
「アンタ、こんなん使ってるから体力ないのよ」
「……全てが力で解決出来るのなら体力向上を考えますけど?」
ミクとカウズがまた喧嘩をしそうだったので、私は怖がる振りをしてミクのお腹にしがみついた。ミクは私を抱きしめてよしよしと肩を撫でる。ガス抜き成功。
円盤は塔の最上階につくと、ゆっくりと装置の扉が開いた。
最上階には姫をはじめとした研究員がカウズを待っていた。先頭で出迎えた姫はカウズの手を取り、頬を染めて笑う。
「カウズ様、いよいよですね。成功をお祈りしますわ」
カウズと姫は先に部屋に入って行く。残された三人はしばらく廊下で準備がすむのを待っていた。
「……くそ、いいなぁ……あの研究爺に嫁が出来るとは予想していなかった」
「カウズは四の国の女にはモテるわよね、昔から」
「メグかぁ……早く再生してくれないかね、待ち遠しいよ、あの笑顔……」
「フン、四の王はメグ以外はみんな男として生まれて来たのよ、次のメグが女の可能性は低いらしいわ」
「えー、それはショック」
アマツチは肩を落としていたが、ふと顔を上げた。
「そういや、コウさんもあの男といい感じだったな」
「……ひっ!」
突然話を振られて、私の肩はビクッと跳ねた。
「な、なんですか? いまなんて言いましたか?」
「だって神殿でキ……」
「ギャーッ!」
私はアマツチの顔に寝ているセレムを投げつけた。ミクが興味津々で寄ってくるが、ここで動転するのは守護竜に障りがあるからダメだ。
「なになに? どうしたの?」
「な、何でもないよ、いや、ミクさんには後でちゃんと話すけど、今はムリ! お願い、心が落ち着くまで待って!」
私はひと息つくとミクから離れて、アマツチを壁際に連れて行く。私は投げられてもしつこく寝ているセレムを回収し、小声でアマツチに話した。
「なんで? なんで知ってるの、見てたの?」
「見てた。っていうか、直接見た訳じゃなくて、光で追いかけていただけどけどね」
「……この世界覗き見する人おおすぎる」
私が壁に向かってボソッと呟くと、アマツチは笑って私の頭を撫でた。私はその手をがしっとつかむ。
「あれは昨日の君と同じ、魔力補給だからね。言わないでね、他の人に言わないでね」
真っ赤になって必死に口止めする私を見て、アマツチは微笑んだ。
「別に好きなヤツなら問題無いんじゃないの? 探してたヤツがあいつだったんだろ?」
「えっ? うん、そう……半分だけどけど、そう」
「半分?」
アマツチは分からないと眉を寄せた。
「それ、後でミクさん交えてちゃんと話してくれる? 君のその目的の為に俺ら頑張ったんだからね」
……あっ、神殿地下であった事が気恥ずかしくて考えないようにしていたけど、すごくアマツチに失礼な事をしていた。ちゃんと説明しないとダメだ。
「えーっと……ごめんなさい。後でちゃんと話す。ううん、聞いてほしい……でもちょっと待って、思い出すと冷や汗出るから、心の整理つけるから……じゃないと竜に大迷惑だからね……」
アマツチは笑顔で「いいよ」と笑う。その笑顔を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
◇◇
「皆様どうぞお入りください」
姫に呼び掛けられたので、三人と一匹は室内に入った。
塔の最上階はしきりの無い円形の部屋で、大学の講義室のように中央に向かって傾斜し、椅子が丸く並んでいた。
部屋の中にはたくさんの研究員がひしめいている。みんな興奮気味で、今日の発表を楽しみにしているようだ。
部屋の中央には大きな円形の装置がある。部屋の天上と床から根っこのように、透明なチューブがついていて、中央の装置に集まっていた。
「……きれい」
私はその装置に近付きうっとりとみていた。それは火竜のキューブ端末のように透明で、中はホログラムのような虹色の淡い光がまたたいている。
「きにいった? 綺麗でショ」
「……!」
「これ、私が作ったの。あなた昨日羊をみていた子どもね」
私が振り向くと、書類を手にした金髪美女が優しく笑いかけていた。
「はい、すごくきれいです。火竜のキューブの大きなやつみたいだなーと思ってました」
「そう、気に入ってくれて、うれしい」
美女は微笑んで屈み私の頭をそっと撫でる。彼女からふわりとラベンダーのような香りがした。私はとても懐かしい気がして、胸が痛んで涙がにじんだ。私が泣きそうなのに気がついたのか、美女が微笑んでポケットから飴を出した。
「かなしいときは、おさとうひとさじ」
……ああ、何故懐かしい気がするのかが分かった。この人、エレンママに似ている。
私は去っていく美女の後ろ姿を見ていた。美女はアマミクにも飴をあげていたが、ミクは何故か髪を逆立てて怒り、飴を床にはたきおとした。私はあわててミクの側に行く。するとミクは私の腕にしがみついてきた。
「なんか、あいつやだ……」
アマミクは何故か毛を逆立てた猫のように、警戒して美女を見ていた。
……この世界に、フレイ以外にミクさんが恐れるものってあるんだなー。
私はアマミクをなだめつつ、白衣の金髪美女をじっと目で追っていた。
◇◇
しばらくすると部屋の光のスクロールが消されて、中央の装置の光が暗い部屋をぼんやりと照らしていた。装置のそばには、カウズとあの金髪美女が立っている。
「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。私は、ファナ・マリーと申します。この魔導具の開発担当者です」
ファナと名乗るその人が、拡声器らしき指輪を手に、手際よく装置の説明をする。
……こーゆー姿は全然ママににてないなー、というか正反対。ママはこんなキビキビ喋れない。
私はずっと美女の姿を追っていた。部屋にはスクリーンのようなものが表示され、魔女の森を映し出した。
説明は途中でカウズに変わる。
「ここと、聖地の間にまたがる円型の森は、今から三百年前に、No.8が創造主の結晶を飛散させた時に生じたものです。現在はそれを苗床にして、様々な種類の魔物が住まう魔の森になっています。今回は、その森に装置をつけて、サーの結晶をこの装置に回収しようという壮大な計画を、彼女が発案し、こうして実験にまでこぎつけました。ここまでこられたのは、彼女をはじめ、この塔に集う、私達全員の協力あってのことです」
カウズはファナに手を差しのべた。
「では、我々の研究の成果を発案者の彼女の手から、作動して貰いましょう」
会場は歓声と拍手で盛り上がる。部屋の中央では美女が悠然と膝を折り、観客に挨拶をした。
「……ううう」
何故かミクは怯えきっていて、私の腕にしがみついて美女を凝視している。
「どうしたの? ミクさんなんだかおかしいよ?」
私はミクの背中をよしよしとなでた。気付くと私の胸元から白い蛇が顔を出している。セレムもじっとファナを見つめていた。
『コウ、あれはなんだ? あそこにいるのは竜か、人か、神か、竜か? 俺にはわからん……』
私は驚いてセレムを見た。この世界のデータを検索できる守護竜が不明と言ったのは、あの紫の沼と、No.7のあの人だけだった。
……樹木に情報が記載されていない、異質な人なんだ……あの金髪の女性はもしかしたら異世界人かもしれない?
ファナが装置を作動させた。装置は大きな音を出して、床と天上に繋がるチューブから、細かな光が躍り装置に少しずつ入って行く。そのキラキラと輝く光の粒は、装置中央に集まり、収束されて赤い結晶に変わった。
「やった、成功だ!」
会場が喜びの歓声に沸いた。
姫もカウズに抱きついて成功を祝っていた。ファナは装置の蓋を開けて、慎重にサーの結晶を取り出した。それは手のひらサイズの小さなものだったが、サーの結晶を見たのは初めての私は、緊張して彼女を見ていた。
「わたくしの、ほんの思い付きが、こんな成果を出せたのはヒトのミナサマのおかげですわ……」
美女は結晶を手に悠然と微笑んだ。
「しかし、これは古のケッショウ。このままではツカエマセン……」
ファナは白衣のポケットから何かを出した。
「ここに、すばらしいカテがあります」
私は目を擦った。
……なんだろう、ファナさんが、全然違う人に見える。姿がぶれて、白いものが透けて見える?
私が眉を寄せて必死に彼女を見ていると、隣にいたセレムが声を出した。
『竜だ……、あいつは竜だ……』
「えっ?」
ファナが手から小さな青い小瓶を出して、その中身をサーの結晶にぶちまけた。小瓶から出された青い液体は、赤いサーの結晶に触れて、結晶が紫に変化していった。
『ヤバイ、あいつNo.5だ!』
セレムが叫ぶ。
「No.5って、守護竜? 白竜?」
私の声に周囲の人が「えっ?」と言って振り向く。中央では彼女の手から、紫色の瘴気が吹き出し、部屋を紫色に染めた。
「この瘴気、アスラを覆っていたやつ!」
……サーの結晶を眠らせてしまうヤツだ!
私はあわててセレムをつかんで胸に突っ込む。ミクは意識を失い、私の腕から離れ床に崩れた。私は慌ててミクを抱き起こすが意識はないようだった。煙でよく見えないが、ミクだけではなく、周囲の研究員も倒れているようだ。
その中で、一人だけ平然と立つ者がいた。
「レアナ……」
『……お久し振り、元気ダッタ?』
レアナは日本語でそう言うと、クスクスと笑った。




