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6-5、地下神殿


 気がついたとき、あたりは真っ暗だった。

 頭の下にはリュックが枕として置いてあったので、私はリュックから懐中電灯を取り出して辺りを見た。

 ここは円柱状の吹き抜けで、壁に沿って螺旋状に階段が上へと続いている。ここを上まで上がると、神殿の入り口があるはずだ。

 私は夢でアレクとここを登った事を思い出した。


 ……アレクは今何処で何をしているのかな。レアナと喧嘩してないかな?


 私は光を上に向けるが、崩れたであろう箇所も、外の光も見えなかった。


「うわぁ……ここすごく深いんだ……よく生きていたな……」


 ここの蓋になっていた、巨大な一枚岩が割れた記憶がある。しかし、私と一緒に落ちて来ただろう瓦礫は辺りには見当たらなかった。


 ……日本からイギリスにワープしたみたいに、サーが介入した? だからどこにも怪我をしていないのかな?


 私は自分の体に異常が無いことを確認して、リュックを背負った。

 歩いてみると分かる。ここは聖地神殿で、夢では何度も見たことのある場所だ。場所は上層の端のほうだろう。ならここを触れれば光が灯るはず。

 私は壁の光のスクロールに触れた。すると魔法が発動し、ライトのスクロールが一斉に点灯し、神殿は昼間のように明るくなった。


「わぁ……」


 まるで日本の博物館のような、ツルツルの壁と模様入りの床が目に入った。

 エントランスホールは円形で、中央に水が流れる竜の像が置いてある。


 その像は四体の守護竜をかたどっていて、竜の口から静かに水が流れていた。その像は四体どれを見ても本物によく似せてあって感心する。私は像をよく見ようと噴水の周りをぐるぐる回っていた。

 床も壁も水平垂直で歪みは全く無い。これは手作りで素材を組んだというレベルではない。


「ううむ、町とは建築技術が全然違う。西の塔よりもずっと高度な感じ」


 私は浮かれながら、フレイが引きこもっていた神殿を興味深く見て回った。大樹のある箱庭は火竜の庭よりずっと広く綺麗だし、守護竜を作った育成室も実在した。

 育成室には、円形の部屋の壁に育成ポットが並んでいる。前はレアナもアレクもここに並べられていた。

 No.6だったアレクの箱の横には、No.7の箱があり、ずっと中身が入ったまま置いてあったが、そのNo.7の箱は床に倒れていて、中身は空だった。


「そうだ! 竜の人を探さなきゃ! 殿下に刺されていたんだった!」


 私は浮かれて観光していたことを反省して、落ちてきた場所に戻った。しかしどこにも人影は見当たらなかった。

 一緒に落ちた竜の人はどこにいるんだろう?


「あっ、血だ……」

 

 私は部屋の端に血が落ちているのを発見した。血はそこから等間隔に落ちていて、地下に向かう通路へと続いている。私が寝ていた箇所は汚れて無かったので、時間が経つとアレク同様本体に回収されているのかもしれない。なら早く見つけなければ消えてしまう。


 私は床の血痕を探して奥に進んだ。

 血痕の間隔はだんだん広くなり、追うのは難しくなった。私は完全に血痕を見失ったと青くなり、辺りを見回す、すると通路の端に黒い服の男性が立っているのが見えた。


「あのー! お怪我、大丈夫ですかー?」


 駆け寄る私に、男は振り返り無表情で私を見ていた。


「あの……血、で、殿下に刺された怪我が……背中を、かんつう……」


 うろたえつつも、床と彼のお腹を指して説明すると、男は無言で首を縦に振った。


「大丈夫なんですか? あんな血が出ていたのに」


 無言で頷く男を見て、私は信じられなくて眉を寄せる。男は無言のまま私の手を取り男の胸元にあてて、怪我が無いことを確認させた。


「あ、服が破けてるだけだ、なんともない……」


 私は男の背後にまわり背中も確認する。背中から剣先が突き出ていたのを確かに見たのに、怪我は見当たらず服とマントに穴が開いているだけだった。私は真剣に男の胸と背中を見ていたが、はっと我にかえって赤面した。


 ……な、何触っちゃってるの私!


 私が赤面して照れ笑いしていると、男も私と同じように笑った。


「わ……」


 ……完全無表情からの笑顔のギャップが凄い!


 私はしばらく見とれていたが、はっと気がついて男から視線を外した。


「……水竜は第五層にいるそうです、歩けますか?」

「はい、元気です、歩きます」


 私はコクコクと頷き、ギクシャクしながら先を歩いた。

 ふたりはさらに下層を目指して、長い石造りの螺旋階段を下りた。階段は所々崩れているが、危ないところは竜の人が手助けしてくれるので無事に下りられた。


 私は歩きながら、夢でフレイだった頃を思い出した。

 あそこは植物の研究室

 あそこは動物の……虫の……

 フレイは太古に、サーと共にさまざまな生物を作った。


 神殿の入口は廃墟同然だったけど、中身は無事で、夢見た通りの見慣れた風景が私の目に映る。


 ……すごいな、夢と同じすぎて、まだフレイの夢を見ているような気持ちになる。


 ひたすら階段を下り続け、三層につくと、フレイが体のある時に使っていた部屋の扉を見つけた。


「フレイの部屋に荷物置かせてもらってくる」


 夢と同じ、フレイの部屋の扉を開けると、夢で見た通りのフレイの私室が当時のまま残っていた。


「フレイが死んで三百年経ってるよね? どうして何も変化が無いんだろう」


 神殿自体は壊れているところもあるのに、フレイの部屋はどこも壊れていない。鏡台にはホコリひとつ落ちていないし、リボンもショールも当時のままだった。



 私はベッドの脇にリュックとマントを置くと、懐中電灯を持って竜の人のもとに戻った。五層へは、四層の扉の部屋を通過する。各国への扉は厚い氷で封じられていて、完全に機能していなかった。


「……寒い」


 私はブルッと身を震わせた。フード付きマントを置いてきたのは失敗だった。私は取りに帰るか悩んで振り返ると、竜の人は肩を押さえて立ちすくんでいた。


「大丈夫ですか?」


 竜の男は蒼白でいまにも倒れそうだった。私は彼の背中をさすって顔を見た。熱も体温低下も無いようだが、男の体は震えている。


「寒いですか? 一旦戻りますか?」

「……水竜と同調している……この身体自体には問題はない」

「では、もっと上で待っていてください、ここから先は私一人でいきますから!」


 男は首を横に振った。


「彼女から……大切なものを……もらわないと」

「私がとってきますよ! だからここにいてください!」

「……持てるものでは……守護竜でないと……」


 アマツチは竜の体では危険があることを念押ししていた。それでも行くのは、よっぽどの理由があるからなんだ。そう覚悟をしているのなら、私は手伝うしかない。


「分かった。行こう」


 私は男の腕をとり自分の肩にかけた。体重差がありすぎておんぶするのは無理なので、彼の体を支えながらゆっくりと階段を下りた。



 神殿の第五層はなにもなく、がらんどうの広い鍾乳洞だ。

 階段を下まで下りきると、辺りは真っ暗だった。この層に明かりのスクロールは見当たらない。ここは上の部屋のような寒さは無かったが、逆に蒸し暑く、何かが腐ったような臭いが鼻についた。

 私は竜の人を入り口に座らせて、懐中電灯をつけて周囲を照らした。


 ――ポタン、ポタン


 天井の石から水滴が垂れる音が何もない空間に響く。奥に進むほど腐臭が強くなり、私は手で鼻を押さえた。

 ライトを照らしていると、その部屋の中央に、何か巨大なものが横たわっているのが見えた。


「セシル!」


 私はセシル目指して一心不乱に走った。

 そこには長さ七メートルはあるだろう、巨大なヘビのような生き物が地面に横たわっていた。ヘビは頭と背中にヒレが生えていたが、どれもボロボロで、頭も体も肉が腐り、一部の骨が露出していた。

 私は竜の頭にすがり、名前を呼んだ。


「セシル、私、来たよ! フレイが会いに来たよ!」


 私がその鱗を触ると、水竜の眼球が動いて私を見た。


「セシル、正気に戻って! 竜は死なないし、体はサーの結晶から出来ているもの、腐るはずが無いわ……」


 私が泣きながらその頭部にすがりつくと、水竜は笑うように目を細めた。


『フレイ、ああ、フレイ……ここまで来てくれてありがとう』

「……あっ」


 そのとき私の頭に、水竜の記憶が、気持ちが一気になだれ込んできた。



 私の目の前に、雪に覆われた山々が映る。

 空を飛んでいるように、視点は白い山河を抜け、氷の都を映し出した。その城の中には、セシルがずっと長く愛してきた、白髪の男性がいた。


 この世界では、守護竜と初代四国の王は神の結晶から作られていた。彼らに死という概念はなく、極度の精神及び肉体の損傷時には結晶に戻り、休眠することができた。


 しかしここ、ファリナは遺伝で初代の王、メグミクの結晶を伝えていた為に、ファリナだけは何度も王を変えてきた。

 メグミクは直系の子孫に発現することが多かったが例外もあった。最後のメグミク王が死んだときに、結晶は氷の山河に飛び散り、その後メグミクが現れる事はなかった。

 空座には、最後のメグミクを滅した男が座った。


 男は神の結晶を殆ど有して無かったが、水竜はその王を心から愛した。しかし、神から伝説の王の集結命令がだされ、各地に太古の王が産まれたが、ファリナだけは王が生まれなかった。

 ファリナの国民は王に后を持つことを薦めた。王は先代の王の子孫である妻を迎え入れた。しかし、最愛の王が他の女を見ることに、セシルは次第に耐えられなくなり、水竜は心を病んでいった。


 一人目の妃の息子はそれなりに大きな結晶を保有していた。メグミクは現れなかったが、この婚儀は成功したと水竜は思った。

 ふたり目の妃は全く王を愛していなかった。しかも、他所の国の男との子を宿していた。それにも関わらず、その娘は最初の子どもの以上の結晶を持っていた。

 メグミクの再来が、現王の子である必要も、ファリナの国民で無くてもよいと水竜が知ったとき、水竜の心は完全に壊れた。


 朽ちていく身体を、枯渇する浄化力を、最愛の王に見せたくは無かった。水竜は王から逃げ、聖地にこもり、他の竜に感染しないように聖地を氷で封鎖した。


 でも、でも……

 ――私にはまだヤリノコシタコトガアルノ!


 水竜の最後の咆哮が歌となり各地に走る。

 その歌を聞いて駆け付けてくれたのは、ちいさな、ちいさな、おんなのこ……。



「セシル!!」


 何処か遠くで、彼女の声が聞こえた。

 ずっと昔、まだ初代のメグミク女王がいた時代、聖地で私が来訪するのを待ってくれていた、小さな女の子の幽霊……

 彼女はとてもかわいそうだった。体はないし、ずっとここから外に出られなかった。そんな彼女に私は何度も何度も話をした。その時間は、私にとっては、なによりも楽しい、かけがえのない時間だった。


 しかし、彼女が体を持ち、外に出られるようになったとたん、世界は彼女を否定し、無惨に殺された。それは、再生への儀式だった。彼女はこの夢見る世界から本来の身体に還って、もう一度ここに来ると私と約束をした。


 ――本当のあなたと、その最愛の人を連れて



 朽ちた竜の瞳に、ふたりの人影が映った。




 涙でぼやけた視界が、だんだんと自分のものに戻ってきた。雪に覆われて白かった景色が薄れ、視界には真っ暗な洞窟が映し出された。


『長かった、ずっと待っていたわ。待ちくたびれて、私腐っちゃった……』


 肉が腐り、骨が浮き出ている水竜の顔に、私はしがみついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……私が来るのがおそすぎたから、私があなたの事を忘れていたから、あなたをこんなに苦しめてしまった……」


 こんな姿になっても健気なセシルを見て、私はセシルにすがりついて泣いた。


『あなたのせいじゃないわ、私のことは、全部私のせいなの……私、王を愛しすぎてしまったわ。ほかの人が王になるのが嫌なくらい。それは、守護竜はやってはいけないことだったの……だから、民は私に失望して……私は私を保てなくなった……』


 セシルは失いそうになる意識を繋いで、途切れ途切れに話していたが、そこで眼を閉じた。


「……セシル!」


 セシルが死んでしまったのかと、その目蓋を撫でる。

 すると、手に私の涙がついていたためか、手が緑色に光り、セシルの傷を少しだけ癒した。


 ……治る……アレクみたいに血をあげたら、セシルも治るかもしれない。


「待ってて、私何か切るものを持ってくる!」


 私が懐中電灯を拾い階段に向かうと、入り口で黒いものにぶつかった。それは覆い被さるように私に寄り掛かってきた。


「……ヤメロ、……血を使うな」

「なんで? セシルが治るのよ?」


 黒いものに光をあてると、私を止めたのは竜の人だった。彼は立っているのもやっとのようで、体がガタガタと震えていた。


「あああ……倒れる」


 私は必死で彼を支えて、地面に座らせた。

 洞窟から、途切れ途切れにセシルの思念が飛んでくる。


『壊れたのは……体じゃない……心なの』


 セシルの言葉に、竜の人は頷いた。


「守護竜がいないと、ファリナは雪に埋まる……彼女は結晶に戻って、その魂を浄化しないといけない」


 私は泣きながら、辛そうな竜の人の背中をさすった。


「でも、それって、セシルが消えちゃうよ……」

『いいの……それでいい……新しい私は、喜んでメグミクを迎える……それでいいの』

「セシル……」


 私は竜の人をその場に置いて、ヨロヨロとセシルの前に行った。セシルは目を少しだけあけて、泣いている私を見ていた。


『ああ……悲しい……胸が痛いわ……。フレイがここに来て……私は少しだけフレイになれた……ずっと憧れていた、ヒトになれた……それだけで……しあわせよ……』

「セシル……」


 私はセシルの額を撫でて、目を閉じる。


『あなたと約束したから、ここでずっと待っていたの……ねえ、フレイ、私を……コロシテ……あの人を……助けて……』


 それを聞いた私の目からぼろぼろと涙が落ちる。


「出来ないよ! セシルを殺すなんて出来ない……」

『……ハヤク……』

「やだよ! ママだって、信だって、私のせいで死んじゃった、それにセシルもなんてやだ! もう誰も、私を置いていかないで……」


 私はセシルの大きな頭にしがみつき、すすり泣いた。すると背後から手が伸びて、強い力で抱きしめられた。


「……!?」


 大きな手が私を抱きしめて、耳もとで語る。


「幸、水竜を殺してやれ……水竜の死を受け入れてやれ。でないとファリナも水竜も……この世界も全てが終わる……」


 その姿を見て、水竜は頷くようにまばたきをした。


『そのこが、あなたの連れてきた、あなたが一番好きな子なのね……私、ずっと気が付かなかったわ……』

「……えっ?」


 私は驚いて、背中にいる竜の人の顔を見た。


「私が、あなたを連れてきた?」


 男は私から離れて、水竜の顔の前で膝をついた。


「水竜にお願いがあります、あなたの持っている王の命を、私に預けさせてください」


 セシルは瞳だけを動かして男を見る。


『そう……あなたも、私の王を護ってくれるのね……』


 水竜は微笑むようにそっと目を閉じた。ジーンは水竜の鼻の上に生えた角に手を当てる。


『……私の王を、よろしくお願いしますね』


 セシルがそう言うと、ふたりの足元に赤い魔方陣が展開された。その光は真っ暗な洞窟を赤く照らし、セシルの宝物はジーンの体に移った。

 セシルはジーンに王の命を託して、ふたりに向かって微笑んだ。


『ねえ、フレイ……そして異世界から来た少年……次の私に、しあわせな世界を、未来をみせてあげて』

「セシル……」


 私はよろよろと立ち上がり、目の前にいる人を見た。彼の目からも涙がこぼれ、頬を伝って、足元に波紋を作っていた。


 ……あなたは、信なの……?


 私は首を振って涙をぬぐった。そして目の前の水竜の頭部にしがみついてその頭を撫でた。


「……セシル、セシル……おやすみ、セシル……」


 私がそう言うと水竜の身体は崩れ去った。

 崩れた破片がキラキラ輝いて、辺り一面を日の出のようなあたたかい赤い光で染めあげる。

 光は少しずつ収束して小さな卵になった。


 宙にプカプカと浮かんでいた卵が突然下に落ちたので、私はとっさに受け止める。

 手のひらの上の卵はほんのりあたたかく、暗闇の中キラキラと光を放っていた。私は涙を拭ってその卵をそっと胸に抱いた。





セシルが病んだのはサーの命令を遂行するのを嫌だと思ったから


メグミク(四の王)が成人する→メグミクと契約するために現職の王の契約解除→今の王老衰で死亡


今の王が死ぬのは嫌!←神の命令違反



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