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6、(信)班活動


 毎日同じように繰り返される日常生活にうんざりしながら、信は教室の、窓側の最後尾という特等席に座って幸の背中を見ていた。


 班の席配置を決めたのはじゃんけんで勝った俺で、最後尾をとったのは幸の様子が見えやすいからだ。

 幸の隣には真面目で面倒見のいい佐久間菊子を置いた。


 吉田は俺の側に置いたら授業中うるさいので、後ろから三番目、幸の前に置いた。しかしこれがうかつだった。


 幸は学校では無口で大人しい。幸に話しかける人はあまりいないが、基本的に人からの頼みは断わらない。幸が人を否定をすることは滅多にない。


 一方吉田は吉田で、マニアックなゲームとアニメ等の話しかしないので、クラスで浮いていた。特に女子からはウザいと嫌われていた。


 ラノベやゲームをこよなく愛している吉田は、色んな意味で夢見がちな少年だった。

 幸の夢の話のような、異世界の自分を妄想したり、小説のような恋愛を夢見て憧れている。

 そんな吉田にとって、自分をキモがらない幸は珍しいのだろう。吉田はことあるごとに幸に話しかけていた。


「手紙を信に回して」

 からはじまり、「消しゴム貸して?」「宿題見せて」「これどう思う?」と、吉田は俺に接するように幸にからむので、しまいには幸が寝た振りをして、吉田との交流を全力で拒否するようになっていた。


 ……普段ハイしか言わない幸にイヤと言わせる吉田のあつかましさはすげぇ


 俺は後ろからその様子を見てあきれていた。



 昼食時に菊子が「今日から班で食べることになったから」と宣言し、手早く俺と菊子の机を合わせて四人席を作った。


 委員長の有無をも言わせぬ強制力に幸がノーと言うはずは無い。幸は言われるがままに机移動を手伝っていた。


 この件は菊子と公園で話し合い済みで、四人でいるときの話題も決めていた。

・学校の事

・テレビ、ネット、ニュースのこと

・雑談

 幸の病気と夢は禁止事項にした。誰が聞いているかわからないからね。


 その辺の事を知らない幸は、うれしそうに菊子のご近所や剣道の話を聞いていた。

 テレビの話などは主に吉田の得意分野で、ネットで話題の事件や面白い話題を巧みにふっていた。

 まあ、オタ寄りの吉田の話題が深みに向かおうとするたびに軌道修正しなくてはならなかったけど、幸は楽しそうだった。


 ……まあ、こんなもんだろう。


 俺は満足して一息ついた。

 男のふたりで幸をかまうよりも、間に委員長が入るだけでクラスからの見え方が全く変わる。


 この班は、問題のある幸と、オタの吉田をクラス委員が面倒見ているのだろう。という形でクラスから容認された。



「問題は登下校だ……」


 昼休み、誰いないPC室で、俺は画面を見ながらため息をついていた。

 吉田はまた部活の先輩につかまり、幸は保健室で寝ている。学校でヒマなときは、俺はここに来ることにしていた。


 教師不在時のネット閲覧は禁じられていたが、ネットが見られ無くても、学年別の問題集や、定期テストの過去問題などが閲覧出来る。パソコンを自習につかう生徒もチラホラいた。

 しかし俺は勉強をしにきたのではなく、個人的なデータをまとめに来ているのだ。


 例の幸の夢をまとめるのに、画像が欲しかったので、自分のノートPCには入っていないデザイン用のツールを開いて地図を作成する。

 文字も特殊なのでフォントから作らないといけないし、年表の更新も必要だ。


 俺は時計を見ながら作業をして、終了五分前にはSDカードへのデータ移動と作業履歴の削除までこなして席を立つ。


 ……高い画像編集ソフトを入れてくれてありがとうございます。


 誰もいない教室から職員室の方角に向かい、俺は神妙に手を合わせた。


 異世界の地理と歴史のデータの整理は、幸の世話が無いときに切れ切れにやっていた。中身も大分まとまり、異世界とかファンタジー要素が無ければ先生に見てもらいたい出来映えだと思う。


 ……まあ見せられないけど。ネットに晒すわけにもいかないから自己満足だけど。


 俺は印刷した異世界のデータを見て一人慢心していた。


◇◇


 一方、昼食時から寝ていた幸は、保健室で目を覚ました。

 夢は珍しく前回の続きで、フレイは黒竜と地上の神殿周囲の森を見て回っていただけだった。


 ……今日は平和な夢だった


 私はホッとして目を開けると、ベット脇に菊子さんがいたので驚いた。


「……ななな?」


 何をいえばいいか分からずに、私が口をパクパクと動かすと委員長が言う。


「迎えに来たの。一緒に帰ろうと思って」


 ぶっきらぼうな態度とは裏腹に優しい事を言う菊子さんを見ていたら、私は先程まで見ていた夢の人を思い出した。


 ……そう言えば、黒竜の人も黒目が大きくて、ややつり目で、髪も目も黒かったな。黒竜は菊子さんに似ているかもしれない。


 黒竜はツンツンしているけど、本当はすごく優しい事ををフレイは知っていた。同じように、菊子さんもいつも人の為に行動しているのを私は見ていた。

 私は保健の先生に会釈をしてベットから出る。


「ありがとう菊子さん、わたし一人で帰れるよ」


 私が断ると、保健の先生は「送って貰いなさい、あなたのお母さん連絡つかないし」と間に入ってきた。


 ……エレンママ、ケータイ持ってないし、日中は外にいることが多いからなー。


 私は、庭仕事にコーラスに買い物にと、日々忙しそうなママを思い出して苦笑した。


「帰りましょう、話したいこともあるし」


 菊子さんが私の手を引くので、申し訳ないと思いつつ、菊子さんについていった。

 信から菊子さんの剣道の強さを聞いていたが、繋いだ手のひらが固くて、豆が何個も出来ているので、本当の事なんだなー。と、私は感心した。


 美人で優しくて頭もよく強い。ときたら本当にすごい。パーフェクトだ。

 なんでこんなすごい人が私に気を掛けてくれるんだろう? 先生が委員長に頼んだとか? 他には信がお願いした可能性もあるかな、同じ部活らしいし。

 お昼にお話した感じだと、菊子さんのお家に来る生徒さんの面倒も見ている感じだった。もとから人の面倒を見るのが好きなのかもしれない。


 ……なんのメリットもないのに、エライ人だなぁ。いや、ホント心苦しい。申し訳ない。


 私はこんなスゴい人が自分に接触してくることが、本当に不思議だと思った。



 まだ日が暮れるには早い時間に、幸と菊子は二人ならんで街を歩いていた。大きなランドセルを背負った小学生にまじって、歩道をゆっくり歩いていく。菊子さんは交差点に立っている見守りのご老人に、丁寧に挨拶をしていた。


 私は先を歩く菊子さんをぼーっと見ていた。

すっと伸びた背筋に、長い手足、適度についた筋肉、そしてまっすぐな艶のある黒髪がとても綺麗。

 フレイも美人の部類だと思っていたけど、この人に比べると気品が違う。


 人によっては「偉そう」とか言われそうな、強気の姿勢と真面目な性格は、空に向かって伸びるしなやかな竹のようだと思った。


 そうして黙って歩いていたら、菊子さんが見守りの方を指差した。


「今の道に派手な色の帽子を被ったご老人がいたでしょ? あの方たちはこの町の子どもを見てくれる方々だから、有事の時は頼りなさい」

「えっ? あ、はい」


 私は振り返って交差点を確認する。するとご老人が手を振っていたので、私も手を振り返した。


「あとは、あそこのコンビニと、酒屋、児童館も駆け込めるの。黄色い看板がはってあるお家も大丈夫よ。この辺を押さえておけば小さいこも一人で帰れるわ」

「あ、ありがとう……」


 これは、小学校にあがるまえに習うやつだ。歩道の歩き方、信号のわたり方とか、それ系のやつ。菊子さんにとって私はちっちゃいこ同然なのかもしれない。


 ……うわー、恥ずかしい。信に迷惑を掛けていることだけでも辛いのに、私の被害者が増えている。


 ここはちゃんと話を聞いて、ひとりでも余裕で帰れる事をアピールしなくては。


 私は拳を握り、フンッと決意をしていると、菊子さんは私をまじまじと見ていた。


「携帯は持っていないの? 専用アドレスとかは?」

「……な、ないです」


 ママが機械が苦手なせいか、そーゆーものは一切持っていなかった。うちにあるのはテレビと家電だけだ。


「し……信のパソコンのメールなら……」


 菊子さんは眉をしかめた。


「あなたに連絡がとりたいのに、羽間くんにメールしてどうしろと?」

「あー、伝えてくれると思はうけど……あはは……」


 期待にお応えできなくて、私は笑うしか無かった。

 菊子さんは鞄から折り畳みの携帯電話を出した。


「学校では出せないけど、これってこの携帯のありかを親に検索してもらうことが出来るのよ。見守りっていうシステムが便利だから、親御さんに検討して貰うといいわ。そしたらアドレスを教えてね」

「アハ……」


 ママと携帯電話を買いにいく想像が出来ない。あの人に日本語の書類を書いたり、契約したりとかできるはずがない。

 コンビニとスーパーならママも行けるんだけどな!


「言うは言ってみます……期待はしないで」


 私が力なく笑うのを菊子さんはじっと見た。


「まあ、毎月のお金がかかるから、持っていない子も多いけどね、高校になったら殆ど持ってるって兄が言っていたわ」


 ……高校


 私は、自分が高校生になった姿を全く想像出来なかった。短いスカートで、道端で四角いものを見てる高校生は街でよく見かけるけどね。


 そんなことをボーッと考えていると、菊子さんににらまれた。


「真面目に聞いてる?」

「はいっ、聞いています! マジメです!」


 私が恐る恐る菊子さんを見ると、疲れた顔で溜め息をついていた。もう、本当に申し訳なさしかない。ツラい。


「羽間君も、ずっとあなたを見ているわけにはいかないしでしょう? 部活だって、高校受験だってあるし、同じ学校に行けるとも限らないから」


 はい、そもそも私は高校に行く予定は無いから、信は好きな学校に行って、好きなだけ部活をしたらいいと思う。

 信は信なのだから、私の世話を強要できないし、する責任さえ皆無だ。

 彼は、善意で私の面倒を見てくれている。


「……あの、委員長も私の面倒を見なくてもいいよ。私は一人で帰れるし、クラスで一人でも平気だよ」


 それを聞いて菊子さんははーっと深い溜め息をついた。その音があまりに大きかったので、私はビクッと怯えた。


「別にあなたのためにやっているのではないのよ」

「えっ?」


 ……じゃあ何のため?


 私はハアハアと息を切らせて、家までの長い坂を上るが、菊子さんはケロッとしていた。彼女は坂の上から、遅れて歩く私を見ている。


 ……待っててくれる、優しい。それに比べて私の情けなさときたら。


 私が申し訳なさと疲れでヨロヨロしているのに、菊子さんは凛と立ってよく通る声で告げた。


「本来なら教室では寝ないで欲しいのだけど、これがしょうがない事だと言うのは理解しました。次はクラスの雰囲気の問題ね」


 私は黙ってコクコクと頷く。


「クラス全員が仲よくするのは無理だとは分かっているけど、あらかさまに一人で怯えている子がいるのは困るの。標的にしろと言っているようなものだからね、イジメの」

「イジメ……」


 その話、信も言っていたな。六年の話だったけど。


「私はなるべく平穏に学校生活を送りたいし、部活も勉強も頑張りたいの」

「はい」

「それには表面だけでいいから、あなたかどこかのグループに入っていて、問題が起こらないように予防線を張りたい。そのための班なの。分かった?」

「…………」


 私が何も応えず口をポカンと開けていると、菊子さんは後押しした。


「Do you understand?(分かった?)」

「Yes i do,mam.I understand(分かりました、ママ)」


 ……しまった! 同級生をママ呼ばわりしちゃった!


「発音上手ねぇ。さすが……」


 反射で言った返答……しかも、ママと言ってしまったのに誉められたので、私は真っ赤になった。

 委員長は赤くなった私を見て、クスクス笑って背中を押す。


「あなたの家はあそこでしょう? 私はここまでにするわ」

「あ、ありがとう!」


 背中をそっと押されて、私は赤くなったまま家に駆け出した。そして門の前で振り向いて、菊子さんに向かってペコリとお辞儀をした。



◇◇


 篠崎幸が自宅の門を開けて、広い庭を駆けていく姿を、菊子は柵越しに見ていた。

 篠崎邸は門から家までかなり距離があり、玄関までの道には夏の花が色とりどりに咲いている。

 まるで海外の映画に出てくるような洋館にクラスメイトが住んでいたことに、菊子は少し驚いた。


「うちも広いけど、平屋で道場があるだけだからなぁ……」


 菊子は幸の家の横に回り、道から少し奥まった細い路地の先にある、古い瓦屋根の民家を覗いた。


「地図ではこの奥に羽間くんの家があるけど、あきらかに私道っぽいので入れないな」


 菊子はこの辺の地区割り用の、世帯主の名前の入った地図を見ながらふぅと息を吐いた。

 二人の家は本当に隣接していて、幸の家にある大きな木が、二軒の家の橋のようにも見えた。


「本当にお隣なのね」


 菊子は誰もいない信の家に手を振った。


「また明日ね、羽間くん」


 佐久間菊子はそう呟いて、一人帰路についた。


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