5-4、約束
私とミクは腹ごなしに居住区の散歩をしていた。
西の学舎は通学&出勤時間らしく、同じデザインの白いローブを着た人たちがゾロゾロと塔に向かって歩いている。
ふたりは掲示板脇のベンチに座って、行き交う人を見ていた。学者の住人はアマミクを見て驚く表情を見せるも、時間に追われているのか素通りしていった。
ミクはふわふわのポニーテールを風に揺らして空を見る。
「……暇だなぁ、魔物でもいないかなー」
魔物狩りは暇潰しですることじゃ無いだろう、と思うが、面倒なので突っ込まなかった。
「日が昇らないうちに来れば良かった。風竜の浄化見たかったなー」
「コウはそんなん見るのが好きなの? 物好きねー」
「風竜はすっごく綺麗な竜なのよ! 青空よりもっと濃い青で、ターコイズのヒレが風にたなびくと壮観なんだから。ミクもここにいる間に見ておくといいよ!」
ミクは理解できんと、呆れてコウを見た。
「うちの火竜だって固くて強くてカッコいいから!」
「そりゃ火竜は固さに特化してるもの。ミクの剣だって弾いてたでしょ、火竜は強いよ! あと、高熱になるとマグマのごとく赤く光るのがかっこいいよねー……火竜すきー」
私が自分の竜を誉めるのを聞いて、アマミクは嬉しそうに笑う。この世界の王と守護竜仲良ししすぎる。
ふたりでダラダラしていると、通勤集団の中から、小さめの人がふたりこっちに向かって歩いて来た。
「三の姫、そしてコウさん、ここにいらしたのですか?」
その一人がフードをずらす。フードで隠れていた長い黒髪がサラリと風に揺れた。
「シェレン姫」
「おふたりともカウズ様の家に戻りますか? 鍵を渡しておこうかしら」
アマミクと距離を取って、姫の後ろにいたカウズが嫌そうに言う。
「三の姫を家に入れるのは勘弁してください。寝る場所には姫のいる女性用の宿舎を開けますよ」
「一の王は?」
「アイツは野宿で……といいたいところてをすが、私の家で問題ありません」
姫はカウズの家の鍵を持ってるんだなぁ……このふたりはどーゆー関係なんだろう?
恋人を通り越して家族のような二の王とシェレン姫を見て、私はぶるっと震えた。これ下手に触れると馬に蹴られるヤツ。
「では塔に行きますので」
カウズが手を軽くあげて塔に向かう。私は二の王の後を追おうとしたら、姫に声を掛けられた。
「コウさん、少しお時間ありますか?」
「あの、私、二の王とお話がしたくて……」
姫はにっこりと笑って言う。
「二の王はお忙しい方です、お急ぎのご用件でしょうか? わたくしで良ければお聞きしますよ?」
……お話も無理か、姫が馬蹴りモードになっちゃう?
私は困って姫を見た。まあ、あれだけ仲良しなら二の王に伝えてくれるかな?
「えーっと……フレイは何故ここに呼ばれたのですか?」
「世界を再生するためとお聞きしておりますよ」
「……せ、世界を、再生? それは、どうやって?」
……子どもがいないのは知っていたけど、再生? 私にそんなこと出来る?
シェレン姫は何度か瞬きして、にっこりと笑った。
「今夜にでもカウズさまにお聞きしておきますね」
「お、お願いします」
私は手を揃えて深々と頭を下げた。そのまま女三人は、姫の案内で女性用の寄宿舎を一部屋開けて貰った。ミクはそこで寝るというので、私はカウズの家に戻り、リュックを持って寄宿舎に置いた。
◇◇
私は一刻も早く聖地に行きたかったが、二の王がフレイの事を知っていそうだったので、姫から答えを聞くまで待つことにした。
同様にアマミクも、紫の結晶の結果と対処の目処が立つまで、一同は西の学舎に留まることにした。
ミクと私は学舎仕様の白いローブを借りて、姫に西の学舎を案内してもらった。ここでは皆フード付きローブを着ているので、ローブさえ着れば、年若い女が三人がうろついていても特に目立たなかった。
三人は周辺施設を見渡せるという物見の搭を姫の案内で登った。塔の上から見る西の国は緑地が多く見えて、セダン同様平和でのどかな感じだ。
「西の学舎は基本的に魔法や生物の研究や品種改良を主としています」
姫は草原の広がる地域を指す。
「搭の東には農地と牧畜区域があり、ここで改良された品種をセダンに卸し、大量生産してもらっています」
「西も温暖で作物育ちそうなのにね、生産はしないんだ?」
「それは農作業をするよりも、研究をしていたいという国民性でしょうね。三の姫が望むなら、南側をアスラに提供しても良いと二の王が言われていましたよ?」
話には興味無さげに景色を見ていたアマミクが、話を振られて驚く。
「いや、うちは国民いないから、土地あってもどーにもできないわ。私は生産性皆無とカウズに罵られてるしね」
「そうですか、それも王にお伝えいたしますね」
姫はクスクスと笑う。
「塔はセダンから農作物を買い、日々の糧とし、ファリナからは鉱物や魔昌石を仕入れて加工し双方の国に卸しています。両国が仲が悪いために、西に仲介料が入ってる状況です」
「……関税、じゃないか、中卸し業ってやつか」
「セダンとファリナが国交回復してくれたら、二の王の仕事が減って助かると、カウズ様はぼやいておりました」
……カウズとしては、仕事が減る方がうれしいんだな。セシルに会ったら言ってみよう。
「西の気候は温暖なので、寒さをしのぐための魔昌石は必要ありませんが、簡単な調理や生活に必要な火はスクロールでおこします」
姫はおもむろに巻いた紙を広げる。そして紙に書いてある魔方陣を発動させて、簡易灯をともした。
紙の上に丸い光が浮かんでいて、なんだか不思議な光景だ。
「火のスクロールには、光と熱の二種類あります。どちらも元素が違いますので魔方陣を書くときに注意が必要です。火のほうは光より簡単なので、スクロールがなくてもおこせますよ」
私は感心して姫の持つ紙を見た。紙は植物性のものとは違って少し重くて色がついている。そこに丸い円と細かい記号や数字が装飾的に書き込まれている。
「いかにもっていうか、魔法だねー。ミクさんの火もこーゆー仕組みなのかな?」
ミクは「さあ?」と首をかしげた。姫はクスクス笑う。
「三の姫の炎はご自身から発していると伺ったことがありますよ。水竜が水を大量に産み出せるのと同じしくみらしいです」
……セシルさんそんな特技あったんですね。聖地ではお話していただけなので知らなかった。
「でもまあ、この国で人気のスクロールはやはり風ですね。風車や船を思うように動かしたり、高炉に風を送ったりも出来ます。規模の大きなものは雲をも動かせますよ。風産業は、セダンの誇りです」
シェレン姫は嬉しそうに説明する。姫はこの国を愛しているんだなー、いや、愛しているのは国じゃなくて二の王かもしれないけど。
塔の案内は、姫が全身で二の王大好き! と説明しているようで、私は少し照れくさかった。
アマミクは国や魔法の話は興味が無いようで、上の空で遥か彼方を見ていた。
「ねぇ、姫はここで何をしてるの? 勉強?」
「はい、わたくしは、ちょっと……家出中で……」
「家出?」
「えっと、自分探し的な……」
姫は顔を手で覆って恥ずかしいと隠す。魔法や産業の話が終わったからか、ミクも話しに参加していた。
「なにそれ? 自分って探すものなの? 食べ物を探すなら分かるんだけどなぁ」
それは全然違う話だよ。と、私は思うがツッコめる雰囲気ではなかった。
ミクは体の話を、シェレン姫は心の話をしている。お互い違うことを言っているが、わかってないのか姫は顔を真っ赤にしていた。
「伝説の王の方々のにはわかりませんわ! 自分が何者で、どこからきて、何をしなければならないとか、はじめから全て決まってらっしゃる方々なのですもの!」
「は? 私がしなきゃいけないことってある?」
アマミクはアスラの王としての存在を定義されてるのに、国そのものが無い場合は何をしたらいいんだろうね?
「……私に聞かれてもわかんないよ」
私は答えられなくて、笑ってごまかした。
「三の姫は、この世界を救わないといけないのですわ!」
テンションの低いミクとコウの背後で、シェレン姫は空に向かって拳を付き出した。
「三百年前のサーと女神の約束を知らないのですか? 女神の元に七竜と四王が集まったとき、世界は再生されますのよ! 先程カウズ様が言われていた、人の滅びの運命は回避されるのです!」
……それだ!
前に地竜の言ってたヤツだ。あと怪しいサイトにもそんなことが書いてあった。
姫の熱意に置いていかれ、アマミクは首を傾げた。
「……あら? 無反応……?」
姫は虚を付かれてまばたきをする。
「世界に創始の力が集結したら、今ある人口の減少も、命の光不足も解消されます。滅びの運命を塗り替える事ができるのですわ!」
「……うへぇ」
なにかの宗教に妄信しているような姫の口調に、ミクは弱冠引きぎみだ。私は困って姫に聞いた。
「それって、女神っていうかフレイが守護竜と伝説の王を集めたってことなの? フレイは別にそんな夢は見てなかったから、私はどうしたらいいのかゼンゼン分からないよ? 誰か世界を再生する方法を知っている人はいないの?」
「……うっ」
姫が返答に詰まった。この話は神話とか伝記というあやふやな情報なのかもしれない。
「カウズ様も方法は聞いてないと言われておりました。サーラジーン御方なら分かると思うのですが……」
「サーはめったに起きないからなぁ……」
私がここでやらないといけないことがあるなら、学院の泉でサーとお話したときに教えてくれている筈だ。
「……あと、もうひとつ聞きたいんだけど」
「な、なんでしょう?」
「七竜っていうけど、フレイの体も守護竜だったよね? 本来なら八竜だし、四人の王もメグミクがいないわ。これはどう穴埋めしたらいいのかなぁ?」
「……それは」
それを聞いた姫の顔から血の気が引いた。
「……そ、そうなのです。なぜかうちの国では王が再生されていないのです。そしてNo.8の竜はセダンの森に飛び散っているのです」
フレイは自分の転生に合わせて、アマツチやアマミクを再生させたんだ。それなのにどうしてファリナだけ王が欠けているのだろう?
私は書庫で見たサーのデータを思い出す。
ファリナの女王メグミクは、四王の中で唯一結婚し、子を残し、人のように老衰して死んだ王らしい。フレイの死後の話なので、書庫の情報でしか知らないのだけど。
王は結晶から成る仕組みを変えて、人同様に結婚をして結晶を子に受け継ぎ、新たな肉体と、新たな心にメグミクの持っていた知識とサーの力を渡していった。
初代メグミクは女王だったが、王の結晶の継承者は男が多く、ファリナは短期間で数名の王が王座に座った。
しかし水竜が最終的に選んだのは、メグミクの結晶を持たざる英雄だった。
簒奪王アイロス。
多分、シェレン姫の父上だ。
前に研究所でジーンさんが話してくれた寝物語、ファリナ王の英雄譚。今のファリナ王は水竜を氷山に幽閉したかつてのメグミク王を討ち取った人だ。
消えたメグミクの結晶は雪山から飛び散り、メグミクの願いの力で国民に吸収されたので、ファリナの誰に王の力が発現するのかは不明と言われているらしい。
「シェレン姫は、四の姫の記憶はないの? ミクの産まれた年を考えると、姫に発現しそうなんだけど……」
私が呟くように尋ねる。
「わたくしも、お兄様も違うと城の顧問魔術師がおっしゃっておりました。多分、末の弟がそうだったのだと思います」
シェレン姫がためらいがちに言った。
「姫には、弟君がいるの?」
「ええ、おりました母のお腹の中に……しかし、身重の母はセダンの魔女の森に出向き、魔物に喰われて死んでしまいました……」
「えっ? セダン王の妹さんって、魔女の森で死んでいたの?」
「……はい」
姫の体が小刻みに震え、頬に涙が流れ落ちた。
「……どうして、お母様は、わたくしも一緒につれていってくれなかったのでしょう」
そう言って姫は手で顔を覆った。そんな姫をアマミクがそっと抱き寄せて慰めていた。
……セダン王の妹君、エレノア姫はフレイが消散したあの森で死んだんだ。
私は森の話をしていたときのセダン王の寂しげな顔を思い出した。セダン王は妹さんの事を知りたがっていた。それは姫と同じように、死んだという事だけを聞かされていて、どう死んだのかのか、理由が分からないからかも?
セシルなら全部知っているんだろうな。セシルは太古からずっとファリナ王家を見ていたもの。
……セシル……私いま、とてもあなたに会いたい
「……あの、シェレン姫? 姫はどうやってここにきたの? 私、ファリナに行く方法が知りたい」
姫はミクの胸から顔を上げて、涙を拭って私を見る。
「水竜の巣から扉で来ましたわ。しかしなぜあなたがわたくしの国に?」
「信じて貰えるかわからないんだけど、私は緑の魔女の記憶を辿れるの。緑の魔女は水竜ととても仲が良かったから、どうしても彼女に会いたいの……」
「……緑の魔女はコウさんのおばあさまだと言われていましたのに?」
姫はよくわからないと首を傾げる。
「私だってそれは分からないよ。でもね、夢でフレイがセシルに約束していたの。必ず戻って来るって。セシルに会いに行くって。フレイは私の体を使えるでしょ? だから私はフレイの約束を果たしたい。フレイをセシルに合わせたいの!」
私の勢いに押されて、姫は後ろに下がる。姫はアマミクにぶつかり抱き止められた。
「水竜の前なら女神が現れるのですか?」
「うん、絶対来るよ! セシルはフレイの親友だからね!」
姫は私の手を押して、アマミクからも距離を置く。
「不可能です……申し訳ありません」
「どうして? セシルは元気なんでしょう?」
「ごめんなさい、あなたがそんな水竜に近い方なんて思いもしませんでした。 外部の方はもちろん、自国の民にも公表されていないことなのですが……」
姫は息を吐ききって、真っ直ぐに私を見た。
「水竜はここ数年、体調不良により聖地に籠っております」
「……えっ?」
それを聞いて私は青くなりカタカタと震えた。
「体調不良なんて嘘よ? 守護竜は死なないわ! そんなことありえない!」
錯乱する私を姫は冷ややかな目で見た。
「事実ですわ。聖地に赴いたのはわたくしが城を出た後でしたが、最後にお会いしたときも、とても具合が悪そうでした」
……ああ、なんてこと
『アイニキテ、ワタシのイトシイコ……』
私の頭にセシルの声が響く。
セダンの地下牢で会った時に、フレイはセシルに約束をしたんだ。壊してしまったアスラを取り戻して、泣いているあの子を助けるって、必ず戻って来て、セシルに会うって。
とても大切な事なのに、どうしていままで忘れていたんだろう。
フレイは生まれ変わると言っていた。私たちの世界にサーの結晶は無いから、生まれ変わるとしたら私だ。フレイは私として生まれ変わったんだ。私がそれに気が付かなかっただけ……。
「コウ、大丈夫?」
ミクが心配して背中を擦ってくれる。私はミクにすがりつき、泣いた。