4-8、(番外編)とある王の討伐依頼・中
村長と戦えない女たちは一の王の言うように、村の入り口に向かい、そこから川辺に避難するところだった。
しかし村の出口で数匹の小鬼に襲われて、逃げられなかった。
怪我人が多かったのでなすすべもなく、小鬼とにらみ合いながら壁まで追い詰められる。小鬼が奇声を上げて襲ってきた瞬間、小鬼が消えた。
「……えっ?」
村長は驚いて辺りを見回す。女性が屋根の上を指すので顔を上げると、赤髪の少女が小鬼を脇に抱えて屋根の上に立っていた。
「一の王が言ってた助け手って、あの娘か?」
皆分からないと首を横に振る。
その少女は手ぶらで、鎧もマントもつけてない。それどころか、肩や背中がむき出しの高そうな服を着ている。
少女は今まで見たことが無いくらいに美しい容姿とプロポーションをしていて、その姿は人をたぶらかす魔物のようだった。
「おーい、お主は一の王の知り合いか?」
「魔物を倒せるのー?」
村人が声を掛けると、少女は屋根の上にしゃがんで声のした方をじろじろと見た。
屋根の上にいる少女は村人を無視して、小脇に抱えた小鬼に話し掛けた。魔物の言葉はヒトとは違うが、少女は小鬼の使う言葉を知っていた。
『あんたら、村を襲ってるの? そんなに強く無いのになにやってんの?』
『知らない、住みかに鳥がやってきて、手伝わないと殺すと脅されている』
『ふーん……何かに命令されてるんだ。ちなみに小鬼の長はどいつ?』
『そんなことを、はじめて見た人族に教えるほどおろかではない!』
膝に抱えた小鬼がえへんと胸を反るので、少女はその額を指ではじいた。
『フグゥ!!』
小鬼は瞬時に意識を失った。
『あ、強すぎた。ゴメンゴメン』
少女は気絶した小鬼を抱えたまま、騒がしいほうに移動した。
無視された村人は、お互いの顔を見合っていた。
「指一本で小鬼をやっつけた……」
「小鬼と話してた」
「美人だったな……」
「こんな非常時に!?」
女たちは関係ない事を言った村長をギロリとにらんだ。
◇◇
アマミクは魔物に襲撃されている村を走っていた。
アマツチに置いていかれた時は引きかえそうと思ったが、城に行っても居場所は無いので前進した。すると、村は結構悲惨な事になっていた。
炎はあちこちの家から出ていて、夜に動く小鬼が村を我が物顔で走っている。私はその姿を見て、つい最近失った魔物の村と家族同然に過ごして来た小鬼を思い出した。
小鬼は体が小さく弱いので、臆病で自ら戦闘には参加しない。なのにこの村にいる小鬼は虫の羽で作った槍や剣を持って、人間と戦っている。
……これは、戦わないと死ぬより怖い目に合うんだろうな。
どこかに指導者がいるはずだ、なのに、ざっと見回しても小鬼しか見えなかった。
私はひとまず村の壁から屋根に飛び移り、女や老人を襲っている小鬼を一匹捕獲した。
そいつから指導者や事情を聞こうかと思ったが、教えてくれないのでどついたら気を失った。
私はその小鬼を小脇に抱いて、村の中心に向かって駆け出した。
炎を気にせず走り、広場につくと、中央にある大きな家が燃えていた。広場には人や小鬼が倒れている。燃えている大きな家の周辺に歯、数人の男が集まっていた。
私は脇に抱えた小鬼を家の影に置いて、人混みをかき分ける。そこには火災で崩れた建物に、老人が下敷きになっていた。
私は見物人を飛び越えて、燃えている建物の真ん前に立った。そして力の強そうな男の手を引いて命令する。
「私が乗っているものをどかすから、人を引き抜いて頂戴」
「へっ?」
男が驚くまもなく、私は燃えて崩れている屋根を両手で落ちあげた。背後から驚きの声が上がる。熱くはないのかよりも、男数人でもびくともしなかった屋根を、女ひとりが軽々と持ち上げていることに驚いているようだ。
「何ボーッとしてんの? 早くどかしなさいよ!」
私に威圧された男が叱責に慌てて老人を引き抜いた。私は人が抜けたのを確認すると、そっと屋根を下ろした。
下敷きになっていた老人が息も絶え絶えに言う。
「隣の家の二階に嫁が……」
上を見ると、燃えている家のベランダから女がこっちを見ていた。
「分かった、任せて」
「おいっ! あんた服燃えてるぞ!」
「……ん」
私はその場で服をたくしあげ、燃えているズボンを破り捨てた。まわりにいた男たちは驚いて目を丸くした。
……なんか見られているな。なんだっけ? 私が三の姫だから? いや、そういえば名乗って無かった。じゃああれか、コウが言っていた、私が美しいから視線を集めているのかな?
この非常時にのんきだなぁ。と、呆れていると、中年の男がじっと私の手足を見た。
「……アンタ、火傷はしねーのか? 燃えている木をつかんでいただろ?」
成る程、生き物は炎に触れると肉が変質するんだった。見ていたのはそのせいだ。
「火竜の加護で私は燃えぬ」
どうだスゴイだろうと高飛車に言うと、数名の男は手を重ねて頭を下げた。察しの悪い者は周囲をキョロキョロと見ている。
用事の無い民に構っている時間は無いので、私は燃えている建物を踏み越えて、隣の建物に飛び移った。
建物はかなり燃え広がっていて、崩れる直前に思えた。私は視界の端に小鬼がいるのを見て、それをまた脇にかかえる。
燃え崩れる柱を素早く避けて、先ほど確認したベランダまで走ると、火から逃れていた女を見つけた。私は驚く女と小鬼を両脇に抱えて、二階から勢いよく飛び降りた。
「キャアアアア!」「ボブワァ!」
女性と小鬼が悲鳴を挙げるが、私は気にせず着地する。駆け寄る男たちに女性を投げ渡すと、私は村の入り口で拾った小鬼を連れて、他の燃えている家に向かって走った。
小鬼はまだたくさんいる。私は軽傷の小鬼を見つけては拾っていった。五匹ほど集めると適当な小屋を見つけて、そいつらと一緒に入る。
『ゴブゴブ?(お前、魔物か?)』
『ゴブ!(味方か!)』
集めたのは子どもの小鬼だ、私は五匹とも壁に追い込んだ。ざっと見、重傷の者はいなかった。私はしゃがんで小鬼の頭を撫でる。
『何で村や穀物倉庫を襲うの? あんたたちそんなの食べないでしょ? 料理しないんだから』
『鳥頭が必要だって』『食べ物を持って南に行くんだ』『言うことを聞かないと殺される』
大人と違って警戒心の薄い小鬼はペラペラと事情を話してくれた。
『お前話せる、味方?』
目を輝かす小鬼に私は頭を項垂れた。
『味方じゃないよ。人を襲ったらダメ。とくに町や村はダメ。人は集団で行動するから、誰か独りでも生き残ったら、今度は群を成して襲われるよ』
『助けてくれたのに!』『俺らを殺すの?』
半泣きで怯えている小鬼を私は抱きしめた。
『殺したくない……でもあんたらが村を、人を襲ってしまったら、私は裁かないといけないの』
『そんな……』『どっちの言うことを聞いても殺されるんだ』
私はしくしくと泣いている小鬼の額に額をつけた。小鬼の村ではよくやっていた信愛のしぐさだ。
『鳥が悪くて、君らが脅されているだけと分かればアイツは見逃してくれるかもしれない。それまでここで隠れていられる?』
小鬼たちはコクコクと頷いた。
『なんかもっと見つからない場所……じゃあ地下室で待っていてね、必ず迎えにくるからそれまでは出てこないでね』
私は地下に小鬼を押し込むと、地下への扉を閉める。そしてまた騒がしいほうに向かった。
◇◇
――教会に魔物の司令塔と、村の人質がいる。
その情報を聞いて、アマツチは屋根を走った。
助走をつけ教会の壁にとりつき、高い鐘楼を登った。途中の開いた窓から教会に入る。
さすがにこの状況で鐘楼に上る人はおらず、教会は静まり返っている。
俺は長い階段を足音を立てずに下りた。下の階には見張りの小鬼がいたので、背後から近寄り口を押さえて頭を潰した。そうして静かに一階まで降りる。
俺は通路に所々に蔦が生えているのが気になった。
……なんで石の建物の内側に蔦が? 外には生えていなかったのに。
一階の礼拝堂への扉が見えた。ここを開けると確実に司令塔に気が付かれる。俺は扉に背をつけて、光の粒を飛ばして押し入る機会を伺った。
礼拝堂の入り口付近には、中年女性や老人が寄り添い動けずにいた。さっき俺が気になった蔦が彼らの足元にも生え、人質が動けないように絡み付いていた。
……これだと司令塔とその周りにいる雑魚を一気に殺すしか助けられないな。
俺は、何でもいいから敵の気がそれないか、扉の前で息を潜めていた。
その時突然、礼拝堂の大扉が勢いよく開かれた。
「えっ?」
俺の光の粒は、侵入者がアマミクであることを確認した。
「……鳥、どこー?」
ミクは周りも見ずに、真っ直ぐに祭壇に向かって歩いていく。
『バカな! 真っ直ぐに入ってくるとか! 燃えろ! 消し炭になれ!』
鳥は人間語ではなく、魔物がよく使う言葉で告げた。あらかじめ魔方陣を用意していたのだろう、鳥の杖が光り、三つの火の玉がミクを襲った。
……ヤバい、あれ、姫がくらっても避けても被害が出る!
俺は慌てて礼拝堂に押し入る。
アマミクは表情ひとつ変えずに、向かってくる炎の玉を、右手にふたつ、左手にひとつ受け取った。
「えっ?」
魔物も人もその場にいた誰もが目を疑った。
少女の手には燃えている火の玉が握られているのに、少女はそれが石ころであるかのようにつかんで平然としている。
『……キェ!』
鳥は奇声を発して杖を地面に突き立てた。鳥の足元に次の魔方陣が展開され、ミクの足元にうねうねと蔦が生える。蔦はミクの体に触れると燃えて灰になった。ミクは気に止めず前進する。
『小鬼ども、あやつを止めろ、引き倒せ!』
鳥の合図に従って、椅子の下に隠れていた六匹の小鬼がミクに襲いかかった。ミクの半分の身長の小鬼は、必死にミクの足にしがみつき、その足に短剣を刺すが、ミクの動きは止まらなかった。
ミクは持っていた火の玉を握り潰した。カラになった手で、怯える鳥頭の額を握る。
『ここにいるすべての生き物に告げる……』
ミクは人の言葉でも、魔物の言葉でもない、心象をその場にいる者の心に直接流し込んだ。
『私はアスラの女王、アマミク……動くものは灰にする。生きたいなら私に服従しなさい……』
アマミクの髪の毛が燃え上がり、暗い礼拝堂を熱く赤く照らした。送られてきた灰にされるイメージに怯えて、小鬼も人もへたり込み怯えた。
……ナイス、さすが暴君。
俺は短剣を手に、部屋の隅を人質に向かって走る。するとミクの手が動き、空中を火球が走った。火球は間一髪で回避され、俺のいた壁が燃えて溶けた。
俺は命からがら人質の間に滑り込んだ。
「アンタも動くな」
……阿呆
俺は思うが、人質に攻撃されると困るので、口を閉じてじっとしていた。
『私は私に服従するものだけを守る。小鬼は武器を置いて祭壇の奥に固まるように』
ミクが顎で促して、足元にいる小鬼をにらむと、小鬼はビクッと飛びあがり、武器を捨て祭壇の奥に移動した。
ミクは心話で鳥の魔物に聞いた。
『無力な小鬼に人を襲わせたのはお前?』
頭をつかまれ持ち上げられた鳥の魔術師は、なすすべもなく震えていた。
『何故人の村を襲う?』
答えない鳥の羽をミクは右手でもいだ。礼拝堂の天井に鳥の悲鳴が響く。ミクは優美に笑って鳥に話し掛けた。
『目的は?』
『……邪神に捧げる。我々は穀物を持たぬ、仲間になるのに必要なのだ』
「あら、邪神とかいるのね、魔神王なら昔倒したことあるのだけれど」
アマミクは頬を染めて悠然と微笑んだ。
『何処に行けば邪神に会えるの? 冥土の土産に教えて頂戴』
アマミクは答えない鳥の額を持つ手に力を入れる。鳥の面は熱で溶けて、鳥はドサリと床に落ちた。仮面の中から銀色のくちばしをもつ鳥の魔物の顔が見えた。
溶けた面が顔にあたってジュウジュウと煙を出している。鳥の魔術師は怯えて動けずにいた。
『アスラだ、あの地の守護竜は王の代わりに邪神を庇護している、そこにわしらの楽園を作るのだ。それに、わしらが死んだからといって安心するなよ』
鳥が笑いながら言うのがムカついて、アマミクは話途中で手から火炎を出した。
『……さよなら』
アマミクが笑うと、魔術師は瞬時に燃えて灰になった。
その場にいた全員が、その圧倒的な力と火力に怯えて動けないでいた。ミクは手についた灰を払うと、人質にまぎれている俺に向かって叫んだ。
「見てたでしょ? 鳥が主犯、小鬼は巻き込まれただけ。大事な事だから覚えとけ!」
「……ハイハイ」
俺は人質に巻きつく蔦を切りながらため息をつく。
アマミクは軽い足取りで祭壇に向かった。そこで固まって震えている小鬼の前にしゃがむ。アマミクは端からポンポンと小鬼の頭に触れると、ニッと笑う。そして慣れ親しんだ小鬼の言葉で話し掛けた。
『アスラの小鬼は全滅しちゃったの。セダンに種族の生き残りがいて良かった』
小鬼はお互いの顔を見回して困っていた。
『俺らを殺さないのか?』『味方?』
『交渉しだい!』
キョトンとする小鬼を置いて、アマミクは立ちあがり、人の群れに向かって歩いた。
人質を縛る蔦はあらかた俺が切り落としたので、蜘蛛の子を散らすように人がアマミクを避ける。
俺はふてくされて座り、膝に頬杖をついていた。
アマミクは俺に話し掛ける。
「アンタ、小鬼も全部殺さないと解決にならない? 見逃してくれない?」
「ダメ。見逃してもまた同じことが起こるだろ? 人を襲う魔物は全て駆除するのがセダンの掟」
アマミクは口をへの字にして、うーんと唸っていた。
「私があの子たちをアスラに送ってくるから、国外追放、そして二度とセダンに入らないってのはどう?」
俺はため息をついて立ち上がった。
「ここの住人次第だな……それに鳥頭がなんか言っていたのも気になるし……」
「あ、アスラの邪……」
その時、外で悲鳴と轟音が聞こえた。
二人は慌てて外を見ると、教会前広場には羽の生えた大きな犬のような魔物がいた。口には人の残骸をくわえている。
空には先程燃やしたタイプの鳥の魔物が六匹飛んでいて、ギャアギャアと不快な鳴き声が聞こえた。
「うわぁ……あれが真のボス? さっきのは雑魚だったのねぇ……ウフフ」
アマミクは手を目の上にかざして、楽しげに状況を見ている。その美しい横顔を、俺はげんなりとして見ていた。
「死人が出ているんだ、ニヤケ顔はやめろ」
「あら、笑ってた? 敵は強いほど笑っちゃうの、この顔はなおらないわよ」
俺はどうしようもねーな。と、苦笑いをした。
「ね、いいこと考えた!」
ミクは目をキラキラと輝かせて言う。
「……言って?」
「私があの犬と鳥を殺したら、村人は小鬼を許してくれないかしら!」
嬉しそうなミクの顔を、俺はげんなりと見つめていた。
「……なんで鳥には厳しいのに、小鬼には優しいの?」
「ん? だって私、小鬼の村で育った」
「ああ……」
俺は困って室内にいる村人を見た。ミクが「どう?」と笑って村人を見ると、村人は怯えてどうぞどうぞと頷き合った。
「私があの犬を倒したら、小鬼をアスラに送ってくるわ! これで決定ね!」
「……ハイハイ、俺に出来ることあります?」
「無いわ!」
アマミクは笑顔で振り返ると、ポニーテールをたなびかせて、手ぶらで広場に出ていった。
教会に残された村人は窓や扉から外を覗く。村の女性が不安げに俺を見た。
「一の王、あの女の子、一人で大丈夫なんですか? 手ぶらなんですけど……」
「戦力的には問題ないかな? 広場だから大丈夫だと思うけど、彼女は歩く火炎凶器なので、火を消す準備がいるかなー」
「一の王は参戦しないの?」
言われて俺は苦笑した。
「先程の通り、彼女は動くものは見境無く焼くよ。共闘とか向いていないんだ。俺が行った所で焼かれるのがオチ」
「はー……、世の中には、とんでもない少女がいるんですねぇ」
「あんな怖くてキレイな人、この世界に一人しかいないから」
俺は眩しさに目を細めて、赤髪の少女を見た。
俺は床に落ちている蔦を拾い、祭壇で怯えている小鬼の手を縛った。彼らはゴブゴブと話し掛けてくるが、俺には何を言っているか理解できなかった。
俺は仕草でここにいるようにと小鬼に命じる。アマミクがあの調子だから、守らないと後々面倒なことになりそうだし。
俺は小さな小鬼を一匹抱っこして、礼拝堂の外に腰かけて観戦することにした。




