4-8、(番外編)とある王の討伐依頼・上
これから3話分番外編
モノローグの俺はアマツチ、私はアマミクです
長雨の降る季節も終わり、空はからりと晴れている。青々とした麦畑の続く道を、赤い巻き毛を風になびかせて歩く少女がいた。
「あー、食べた! お腹いっぱい!」
少女は機嫌が良いらしく、足取りも軽く、口調が明るい。その髪は燃えるように赤く、日の光を受けて輝いて見えた。
その少女の後ろを、俺はのんびりと歩いていた。
「腹いっぱいだからって気を抜くなよ、一応魔物退治に行くんだから」
「ほーい」
聞いているのかいないのか、赤毛の少女アマミクは上の空で答える。俺はそんなアマミクをじっと見た。
アマミクは女にしては背丈は高い。赤い巻き毛を頭頂でくくり、背中に流しているので、後ろから見ると、くるくる巻く髪の毛しか見えない。
体は引き締まっているが、出ているところは出ているので、とてもプロポーションは良い。
その体に纏うのは、体型がよく分かる、ピッタリとしたドレスだ。
普段は髪の毛で隠れているが、背中部分はむき出しで、肩も露出している。服の前側は金の首輪で固定されていて、腰には太い皮のベルトをつけていた。
ドレスの裾は長いが、歩きにくい為か、側面に大胆にスリットが入っている。今はその下にズボンを履いているが、履いていないときは太ももがよく見えていた。
うちの国じゃ肌を露出する女性はいないから、城ではアマミクを盗み見る男か多かった。というか、女性も二度見していた。それくらい彼女は目立つ。
……まあ、見せてくれるなら見ます。ありがとうございます。
前を歩く少女に、俺は手のひらと拳を合わせて一礼した。
俺らはこれから魔物退治に行くと言うのに、アマミクの腰には申し訳程度の刃渡りの小刀だけ。俺の装備は普段着ている服に軽い革の胸当てと短剣だ。それと申し訳程度の薬と水。今日は依頼場所が近いので食料も無し。
依頼内容は、穀倉区の村に現れる、小鬼と鳥の魔物を調査または討伐せよというもの。内容的には俺ひとりでもなんとかなりそうだが、アマミクの暇潰しになるかと連れてきた。そんな感じだ。
アマミクは突然振り向いて、俺に歩調を合わせ、ニッコリと微笑んだ。
「ねえアマツチ、狩り場って遠いの? ちょっとお昼寝をしたいんだけど」
「狩り場は無いよ。農村に湧いた魔物を倒すだけだ」
「徒歩で?」
「俺らの足で半刻くらいだし問題無いだろ?」
顔色変えずに答える俺に、アマミクは不満げに頬を膨らませる。
「ある! 亀なら仮眠取れた!」
「亀って何だ? なら引き返して竜か荷車借りてくるか? もう目の前まで来ているけど」
「えっ、どこ?」
ミクは目を凝らして道の先を見る。
「村は見えないけど、なんか燃やしているわね、ご飯つくっているのかな? 美味しいかな?」
「さっき城下でたらふく食べたのに、もう腹が減ってんの?」
俺は呆れてアマミクを見る。俺はそのミクの言葉にひっかかりを覚えた。
「……焦げ臭い?」
俺は道の先を凝視した。そして、ミクを置いて駆け出した。
「置いてくな! ばかつち!」
「一本道だから、追いかけてきて!」
俺はそう告げると、全速力で農道を駆け抜けた。
俺が向かおうとしていたのは、この辺では大規模なの穀物の貯蔵庫のある村だった。
最近そこに人型の魔物が現れ、倉庫の一つが襲われた。さらに、鳥の羽を持つ大きな犬が出たとかで、村の人は眠れぬ夜を過ごしていた。
俺は軍に掛け合って、アマミクとふたりで討伐に申し出た。軍は援軍を申し出てくれたが、見境のない範囲攻撃をする、アマミクの炎に部隊を巻き込みかねないので、丁重に断った。
村は遠目からでも分かるほどに、大きな火の手が上がっていた。
「……援軍を連れてくればよかった。俺らじゃ消火は出来ない」
俺は駆けながら、空に手を伸ばして光の玉を出す。その玉を宙に浮かせて、有事に備えた。
俺は魔物避けの壁を飛び越え、高台にのぼる。そこから村の全貌が見渡せた。
村はまだ昼間だと言うのに、夜動く小さな人型の魔物がいた。魔物は手にナイフや弓を持ち、村人を襲っている。
その魔物は小鬼と呼ばれ、人の子どもよりも小柄なので、武器がなくとも農具で倒せるほど弱い。しかし集団で襲ってくるので村人の手には余る。俺の眼下にも魔物や人が数人倒れていた。
俺は村の中に入り、物影に佇み地面に手を当てて気がついた。普段ならすぐに城にいる地竜にコンタクトを取れるのに、何の手応えも無かった。俺は地面から手を離し、自分の手をじっと見る。
……そうだ。地竜は巣に隠れているんだった。爺さん経由で援軍を頼むのは無理だ。
「キャア!」
俺の目の前にある建物の脇で、女性が転んで倒れた。その女性は肩に矢が刺さっていて、小鬼がナイフを持って襲いかかっていた。
俺は瞬時に光の玉を下ろし、矢に変えて小鬼の頭を貫く。頭に穴を開けた小鬼は倒れ、女性に覆い被さった。
「イヤアアア!」
魔物が死んでいる事に気がつかない女性は、泣きながら小鬼を押し退ける。俺は小鬼の首根っこをつかんで、女性から引き剥がした。
「大丈夫、小鬼は殺したよ」
「一の王? 城から助けが来たの?」
「それがゴメン、俺だけなんだ。もう一人来るけど、炎を消す力は無いんだ」
俺は女性に布を噛ませて、矢を引き抜いた。幸い傷口は浅く、命に別状は無いようだった。
「状況を教えてくれる?」
「鳥の羽を持つ仮面の魔物が、小鬼を率いて村に押し寄せました、夫は戦ってますが、私に逃げろと……」
説明しつつ、女性の目に涙が浮かぶので、俺は「情報ありがとうと」、消毒用の酒を渡す。その他薬の入ったバッグごと女性に渡した。
「今援軍を頼む手段が無いから、怪我人を集めて火の手が及ばない場所で隠れていてくれ。出来れば村の外。水のあるところね。村の魔物は俺ともう一人でなんとかなるから安心して」
俺はそこでジャンプし、建物の二階から飛び下りてきた老人男性を空中で受け止めた。俺は老人を女性のそばに下ろす。
「長老! ご無事で!」
女性は老人に駆け寄った。老人は女性に支えて貰って俺を見た。
「一の王、お助けください、鳥頭の魔物は炎の魔法を使うのだ、倉庫が燃えたら村はやっていけぬ」
「……よりによって火とか、火に火をぶつけても倍燃え上がるだけだろ」
俺は炎の使い手であるミクを連れて来たことを後悔したが顔には出さず、極上の笑顔で長老に話し掛ける。
「倉庫は守ります。あれは国にとっても大切な食料なので。問題は火を消す手段なのですが、何かありませんか?」
「井戸は各広場に、中央広場には洗い場がある。川は村の端を流れておる。ただ、消火する男共が魔物の相手を……」
俺は空に浮かべた光の玉の視点から、建物の配置や人の動きを確認する。
「魔物は俺が倒すから、動けるものは消火に回ってくれ。動けないものは城側の道へ。援軍……というか、赤い髪の狂暴な女がくるんで、魔物の討伐はそいつに任せていいから」
「はい、分かりました」
女性は長老を連れて、俺が来た方向に逃げていく。そのふたりを追う小鬼を殺し、俺は中央広場に向かった。
俺は目につく小鬼の頭を手当たり次第光の矢で貫いていく。俺のたどった道には点々と小鬼の死骸が転がった。
中央広場では大きな家から火の手が上がり、その周りで男たちが鍬や鋤を持って小鬼と戦っていた。俺は空に浮かせた光属性の宝具で正確に小鬼を貫きながら、火をどうやって消すかを考えていた。
負傷して小鬼に殺されそうな男を担ぎ、小鬼を蹴って矢で頭を潰す。
「一の王! 来ていたのか!」
「えーっと……俺ひとりなんだ、だれか元気なものを城に向かわせてくれ。あと、火を消すアイデアも募集中」
俺は火の手から離れ、男を村の端に連れて行った。そこには避難した村人が手に農具や武器を持って集まっていた。
俺は村人に負傷した男を預けると、隣の屋根の上に飛び乗り、燃えている屋敷を見る。
「一の王、建物を壊して火を消す手もあります」
「火の手が上がっている大きな家は、壊してもいいのか?」
「おう、壊していいぞ! 前の襲撃時に、ぬすまれて困るものは町の隅の家や地下倉庫に移動しているんだ、建物はまたたてればいい」
「……オッケー」
俺は振り向いて、壊すべきものを確認した。
「あ、長老は城側の入り口です。後からくる赤毛の女は味方だから、俺より強いから入れてやって。頼めば魔物を駆除してくれるからね。頼めばね、これ大事だよ! 平伏する気持ちで頼み込んで!」
「……平伏?」
聞いた村人はなんだ? と顔を見合わせる。
俺は言うだけ言うと、屋根を渡り村の中央に向かった。火は村の中央にある屋敷と、その周辺の家々から出ているようだ。
「……風下の建物も壊した方が燃え広がらなくていいか。問題は人を移動させないと」
広場では小鬼が二十匹はいるだろうか。小鬼は群れでは怖いが単体はそうでもない。数匹は殺されて地面に転がっていた。
「小鬼は夜行性だ。さらに指導者がいないと町を襲うことは無い臆病な魔物。どこかに指令を出しているやつがいる……」
俺は光を細かく割って、周囲に飛ばした。それを目の代わりにして村の情報を拾う。屋根に佇み、送られて来た映像を見ていると、小鬼が共通して見る方向があった。
「北の礼拝堂……」
俺は屋根を駆けて礼拝堂に急ぐ。途中目につく小鬼の頭を潰して行くと、村人も屋根の上を走る俺の存在に気がついた。
「一の王! 若い女や老人は教会におります、助けてやってください!」
「分かった!」
その人に襲いかかる小鬼に光の矢を放ち、俺は教会に向かった。
教会の鐘付き塔ははかなり高い造りになっている。外からでは鐘までは飛べない。俺は物影に隠れてまた光の粒を飛ばした。小さな粒なので建物の隙間から潜入させることが出来る。
教会の礼拝堂には、捕まった女性と老人が隅に集められて震えていた。
俺の光を礼拝堂の祭壇に向けると、色とりどりの鳥の羽で頭を飾った、鳥の面を被った魔術師がいた。いや、人ではないかもしれない。肌が一切出ていないので正体は分からない。
……これが司令塔だろう。女と老人は人質で、入り口から入って来たら人質に目を奪われ、そっちを見ている間に攻撃される。
「これが魔物の考える事なのだろうか」
今まで魔物は意思疏通のとれない動物のようなものだった。これだけ知性のある種族もいるのだ。と、俺は動揺を隠せずにいた。
……迂闊に潜入すると人質が危ない。一度城に戻って、爺さんを叩き起こすべきだろうか。
爺さん、もとい、セダンの守護竜がいたら大地の力を使える。足元の拘束、地震、亀裂を入れることも、岩に挟むことさえ可能だ。でもいない。今明らかに線が切れている。
「アホ爺さん……あんなちいさな子どもに怯えて隠れるなんて」
俺は一人、建物の影で爪を噛んだ。