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4-7、アマツチ

 

「コウ、開けて、開けて……」


 エレノア姫の部屋の扉の前で、アマミクは戸を叩き声をあげた。部屋のなかは静まりかえり、なんの応答もない。



 私は先日、地竜がくれた世界樹の結晶を耳につけた。その結晶の効果で、感覚を竜に伝えてしまう力を封じた。

 しかしそのピアスをつけていても、意識しなくてもわかる痛みや、程度を越えた感情、嫌悪、憎悪、悲しみや怒りなどは通過してしまうらしい。


 ピアスであけた耳の穴が痛くなくなるまで、もう少し隔離部屋にいてくれ。と、アマツチ越しに地竜に言われたので、私はセダンから出ていく日をさきのばしにしていた。


 そしてアマミクは……。

 ピアスの日から私はミクと顔を合わせることが出来なくなった。理由は恥ずかしくて合わせる顔がないからだ。


 私はミクが散歩で部屋を出た隙に、部屋の中から鍵を掛けて閉じ籠った。そのミクが外から帰って来たところだ。


「コーウー? いるでしょ? あーけーてー」


 ドンドンドン……ズガン!


 セダンのお姫様の部屋は完全に外の音を防ぐが、直接扉を叩かれると効果はない。

 だんだんと強くなるノックの音に、私は冷や汗をかく。このままでは扉を破壊されそうだ。

 私は扉に手をくっつけて、大きな声で返答した。


「ミクさんはここにいなくてもいいんだから、他にお部屋を貸して貰って欲しい! ヨシナさんに聞いてみて?」

「やだー、ここがいい! 開けて!」

「ムリっ!」


 そのまま私は、息をひそめて反応を待った。


「ふーんだ、こんな扉すぐに破壊できるんだから」


 ……あ、ダメだ、これは壊される。


 私はそっと鍵を開けて、扉の隙間からミクの様子を伺った。


 アマミクは綺麗な足を高く一直線に上げていた。とても美しいアイ字バランスだが、この足を扉に振り下ろされるのは困る。

 扉を開けて、謝罪しようと決心する間に、アマツチが走って来て、ミクを抱き上げた。


「うちの城を壊したらアスラに叩き返すよ」


 朗らかな表情と正反対な事を言うアマツチに、ミクは頬をふくらましてふて腐れた。


「だって、コウとゴロゴロしたいんだもん」

「姫はもうちょっと、自分のしたことを考えなさい」

「……ムリ!」


 即答してそっぽを向くアマミクを、アマツチは床に下ろした。


「あー、寂しい、寂しいよお、つっちー」


 ミクはアマツチにしがみついた。


「つっちーはやめろ、あと重い」

「ふーんだ。コウが遊んでくれないのなら、コウがいうよーに、あまっちーと仲良くしちゃおうかしら。仲良くしろってコウがいうもんだから、しょーがないわよねー」


 泣き言を言いながら、背中にのし掛かってくるミクを、アマツチはひょいと背中におぶった。


「コウちゃん、姫は連れていくからね。飯を扉の前に置いておくから食べなよ。あと、痛みがひいたら出てきていいんだからね、待ってるよ」

「コウ、コウ、私さらわれる、助けてー!」


 アマツチはミクを背負って階段を下りる。ミクが助けを求めて叫ぶが私は返事をしなかった。


「……やっと諦めてくれた」


 私は扉の前にしゃがみこんで、上気した頭を押さえて丸まっていた。



◇◇


 本日は暦上の休日、週の中日なので、城勤めの者もどこかのんびりしている。

 アマツチはミクを背負ったまま、人気のない通路をゆっくりと歩いた。


「……怒らせちゃった」


 アマツチの頭に顎をのせて、ミクはしょんぼりとうなだれた。


「姫は自分勝手な振る舞いを反省しなさいね」


 アマツチが言うので、ミクはふてて、アマツチの頭に顎をグリグリ押し付ける。


「痛いそれ、折角食事の出来る場所に行こうとしてんのに……」

「……肉? 辛い?」

「そーゆーのは城下に行かないと無いなぁ」


 アマミクはビシッと、指を前に指した。

 

「行こう城下! ちなみに私は金銭を全く所持してないからね!」

「……なら城の厨房でいいだろ。俺だってそんな金無いし」


 アマツチの背中でミクのお腹がグルル……と鳴る。ミクは上からアマツチの頭を抱えて、その顔を覗いた。


「狩りに行く? そしたらお金かからないよ?」

「なら、軍に掛け合って魔物討伐依頼の前金を貰おう。その金で城下で飲み食い、あとはちゃんと仕事をこなす」

「ほうほう、この辺の魔物おいしい?」


 上から顔を覗いているミクの頭を、アマツチはペシリとはたく。


「……食べないからね、魔物」

 

 アマツチはミクを廊下に下ろして、魔物狩りの準備をした。その間ミクはテラスから平和な城下町を見て楽しんでいた。



◇◇


 私は姫の部屋の扉に耳をつけて、廊下の音を聞いていた。

 廊下からアマツチとアマミクの気配が完全に消えるまで待って、私はそっと扉を開けた。そして廊下においてあるお重をとって、すぐに扉を閉める。

 誰にも会わなかった事に一安心して、私は椅子に座った。そして両膝を抱えて顔を伏せた。


「……ああ、もう……なにやったんだろう、私……」


 昨日の朝、ミクの半裸騒ぎがおき、アマツチに体当たりされて気を失った。それだけだったらよかったのだけど、その後に目を覚ました私は、ふたりに説教をしたらしい。


 フレイの夢を見た後のように、じわじわと思い出す自分の言動に恥じて、私は頭を抱えた。


「うわ……人様に説教とか信みたいなことした。恥ずかしい。私、なんであんなに怒ってたんだろう……」


 昨日の自分はまともではなかった。今思い出してみても、本当に自分がやったことなのか疑いたくなる。特に自分が言ったミクさん賛美。


『世界一の美を定義された』


 とか私が思うはずもない。あれは作った側の気持ちだ。


「自分が作った世界の住人が思うように動いてくれないから、フレイが怒っていたんだ……」


 体がやけに重いのは、フレイが私の体を使った後遺症だろう。過去に何度かフレイが出ていた時があったけど、その後寝込んでいたし。


「……体を使うなら、ヒトコト相談してくれたらいいのに」


 フレイには聞きたいことが多々あるのに、私からフレイに話し掛ける事は出来なくてもどかしかった。



 フレイの行動で次に思い出すのはアマミクの強烈なキスだ。なんでピアスをつける流れで、突然キスをされたのか、私には全く理解できなかった。


「キスなんて家では挨拶たったけど、マウストゥマウスなんて嫌いな父がふざけてやってくるくらいだ……」


 そこまで呟いて、私ははたと思い止まった。

 アマミクのキスと似たような経験は何度かある。


「パンダ公園と研究所の書庫……」


 公園のヤツは実験的な意味もあったので、私のダメージは少ないが、書庫のとアマミク相手のはかなり様子が違う。というか、書庫も昨日もどちらも私は倒れている。それくらい刺激的な経験だったと言うことだ。


「……うわあああ」


 私はベッドに寝転んで、じたばたと手足を動かした。

 その感触を思い出しただけで脳ミソ沸騰する。胸が苦しくて、心臓がバクバクする。


「こんな妙な気持ちを地竜にばれたら死ねる!」


 私はベッドの上で枕をかかえて沈黙した。


「気持ちが落ち着くまで、寝てよ……」


 私はアマツチが持ってきてくれたお重の事など忘れて、そのまま二度寝した。




◇◇


 目を覚ますと、姫の部屋の天蓋が見えた。暗い中、かすかに人の気配がする。見ると、机の脇に誰かが座っていた。


「……誰?」


 私は寝ぼけまなこをこすって、重い体を引きずりベッドを這う。


「怒らないでね、ちゃんとノックはしたんだよ」


 アマツチが手を動かすと、丸い光の玉が浮かび、室内を淡く照らした。


「君が長い間、あまりにも静かだから、死んでいるんじゃないか確かめろって、王が部屋の鍵を貸してくれたんだ」

「ごめんなさい、ちょっと混乱してたから寝ていたの……」


 私は明かりを付けようと移動したが、立ちくらみかおきそうだったので、慌ててベッドに戻った。

 アマツチは壁に設置してあるライトの魔法を起動し、その足でお重をあけてそっと閉めた。


 ……ご飯食べるの忘れてた。


「ごめんなさい、おなかすいてなくて……今からちゃんと食べます」


 貴重な食料を、アマツチの親切を台無しにしてしまった……麦もお肉も育てるのも食べられるように加工するのも大変なのに、どうしよう。


 ベッドに座ったまま、オロオロとアマツチの様子を見ていると、アマツチはフゥとため息をついた。


「俺は何か君の不興を買ったんだろうか……」


 この人の真顔はかなりレアだ。

 私のせいで、クヨクヨも反省も無縁な太陽王がしおれている。それもこれも、フレイの暴走のせい。でも体は同じなのだから、フレイのせいには出来ない。私の責任だ。


「そんなことないです! ここまで送ってくれたし、食べ物も、寝るところも、着る物も、色々親切にしていただいて、感謝しかないです!」


 私は飛び起きてお礼を言うが、貧血になり、床にヘナリと崩れた。


「……おっと」


 私が床に激突するまえにアマツチが動き、私をかかえあげてベッドに座らせる。私は自分が情けなくなって顔を手で覆った。


「ごめんなさい、ごめんなさい……おふたりにはお世話になっているのに、あんなことを言ってごめんなさい」

「あんなこと?」

「なんか、上から目線でおふたりに説教を……」

「……っ!」


 アマツチは軽く吹き出し、口を手で押さえた。


「砂漠で死にそうな私を助けてくれたミクにも、森で助けてくれたあなたにも、本当にえらそーなことをいったような気がするんです……」


 アマツチは微笑んで私を見ていた。

 

「おふたりの喧嘩は本当にびっくりするんですが、あんなことを私は思っていないです。あんな、えらそーに、私、なんてことを……」


 あと、説教後のチューがトラウマレベルで恥ずかしい。でもこの人には言いたくない。


「……っは、ははは」


 私が顔を上げると、アマツチが隣で爆笑していた。


「……ミ、ミクはキスして怒らせたと偉くしょげていたけど、こっちはこっちでひとり反省会してるとか、君たちは本当に面白いな!」

「キ、キスの話はしていません! うちの家ではフツーにキスするんで、特に、なんとも思ってないので忘れてください!」


 ……いや、あんなねちっこいのは家ではしませんけど、人生二度目のカルチャーショックをうけましたけど! そこは、野生生物のようなミクさん相手だし、気にしないことに!


 アマツチは笑うのをやめて私を見る。


「へー、あれ、普通なんだ」

「いや、挨拶のキスは頬やおでことかです。口はあんまり無いです!」

「へー、挨拶でキスするんだ……うちでは手を組んで頭を下げるだけだけど」

「手を組む?」

「こう」


 アマツチは左手を握り、それに右手のひらを合わせて頭を下げた。それがセダンの挨拶らしい。私も真似をしてみた。

 

「キスの挨拶は、朝起きた時とか、いってらっしゃいとか、久しぶりとかで、ハグして頬にキスをしますよ」

「ハグって?」

「こう」


 私はぼふん! と枕を抱きしめる。アマツチは驚いて聞き返した。


「……え、挨拶? それが?」

「親しい人限定ですけどね、相手は家族とか親戚とかかです」


 あたたかくてふんわりしているママのハグを思い出すと、鼻の奥がツンとする。ママの匂い、体温、柔さかさは全て覚えている。

 失ったものを思い出し、鼻をすすっていると、アマツチが両手を広げて微笑んだ。


「はい」


 アマツチはしばらく笑顔のまま、両手を広げていた。私は目を瞬く。


「……えっ?」


 困惑する私に、アマツチは笑い掛ける。


「おはよう」

「しないよ? 君とはハグしないよ?」

「なんで?」

「そんな不思議な顔をしてこっちを見られても困るよ! ダメなものはダメでしょ」

「……ん?」


 アマツチは蓄音機を聴く犬のように、首を傾げていた。


 そういえば異性とふたりになるなと書庫のジーンさんが言っていたなぁ。一の王には近付くなみたいなことも。それには何か理由があるのだろう。


 ……いや、でも私はこの部屋から出たらダメなんだけど。


「挨拶のキスは、親しい人限定だからしません」

「ミクは良くて、俺がダメとか不公平じゃない?」

「ミクさんはずーっと旅をしてきたから仲良しさんだし、命の恩人だし、第一女性だから!」


 ミクさんとはお風呂で裸だって見たし、毎日巻き付いて寝ているし、親密度合いで言えば、信も差し置いてぶっちぎりで仲良しな気がする。今はキスを思い出しちゃうから会いたくは無いけど。


 私は頬の熱を逃すように、ハーッとため息をつく。アマツチはあきらめたようで、腕を下げた。


「俺だとどう問題なの? 姫とは名前だって二文字しか違わないのに」

「暴論だよ。名前関係ないし……」


 何だろう、何で伝わらないんだろうと私は悩む。

 あ、もしかして、アマツチにとって私は女性というカテゴリに入ってないのかもしれない。犬とか子どもとか、そーゆーカテゴリなのかな? 私は小さいし、多分それだ。


「アマツチ、君はアマミクの事が好きじゃないの? 好きな相手がいる人は、他人とハグはしないほうがいいよ?」


 私がそう言うと、アマツチはキョトンとする。


「いや別に? あの猛……姫の相手が出来る耐久値のある人間が俺しかいないだけ」

「アマミクの事は好きじゃ無いの?」

「特に何とも」


 アマツチは素直に頷く。元から裏表の無い人だし、その顔には全く後ろめたい事は無いようだ。


「……嘘を教えられていたの? 何で?」


 私は俯いてワナワナと震えた。アマツチは慰めるように、私の頭をポンポンと叩く。


「誰がそんなことを言ったの? セダン王?」

「違います」


 思い出すのは夏至の夜、大きなほうの信の顔だ。

 夏至祭の夜、彼は書庫にいたときとは違って、中学校の時のように髪を短くしていた。お別れの時にわざわざ言うのだからよっぽど伝えたい事だったんだろうと思う。でもその内容が嘘なのは何故?


「私の……好きな人が言いました……」

「好きな人? 誰?」


 頭を撫でていたアマツチの手が止まる。


「いや、そんな嘘とかつく人じゃ無いので、何か意味があると思うのですけど……」

「俺は誰かと聞いたんだよ? それは異世界の人なのかい?」

「あ、はい。そうです」

「どんな人?」

「へっ? あ、普通の人間です。黒目で黒髪で、中肉中背のごくふつーの日本人」

「ニホンジン?」


 アマツチが首を傾げるので、私は慌てる。


「私が住んでいた国の名前です。その国に住む人は、背が低くて目と髪がみんな黒いの」

「コウちゃんは、その人の事が好きなんだ」

「……えっ?」


 改めて聞かれて私は真っ赤になる。


「す、好きかどうかと聞かれると……えと、多分そうだと思うんですが、そーゆーことはよくわからないからそこはどうでもいいのです!」

「いいんだ」


 うろたえる私を見て、アマツチはクスクス笑う。私はアマツチから一歩離れて座り直し、ボソボソと話した。


「私、人を探していると言いましたよね? その人が言った事なのです……」

「その人はどこではぐれたの?」

「えっと、最後に見たのは異世界です。その人は去年の秋に、双竜と一緒に異世界からこっちに来ている筈です。男の子です」

「異世界人なんだ」


 アマツチは、へえ。と、目を輝かす。


「その人は聖地にいるらしいと聞きました」


 ……未来の本人から


 私は真っ直ぐにアマツチを見て言う。


「だから私は聖地に行きたいんです」


 アマツチは少しかがんで、ニヤリと笑った。


「好きなんだね、そいつが」

「いや、好きかどうかといわれるとその……やっぱ……その」

「……最初に好きなやつだといっていたのに?」

「うわぁ」


 私は下を向いていたが、顔がどんどん紅潮してくる。そんな私を見て、アマツチはニヤついた。


「へー、小さいのにそんな相手がねー」

「言わないでくださいよ、他の人には言わないでくださいよ?」

「ミクにも?」

「あ、ミクさんならいいです、別に」


 アマツチはすっと立ち上がり扉に向かう。


「見てみたいなー、そいつ……」

「えっ?」

「君みたいな女の子が、どんな人を好きになったのかを知りたい」

「べ、べつにふつーのひとですよ! 火とか出しませんし、魔法も剣も持ってない、切ると血が出るか弱い人間ですよ!」

「オーケーオーケー、西の学舎から聖地に行けばいいんだろ? 何度もいったことあるし、二の王とも友達だから、色々協力出来ると思うよ、人探し」


 私は恐縮して、アマツチを見上げる。


「あの、お仕事は? 一の王が旅に出てセダンは平気なんですか?」

「俺、遊び人だって言われてたでしょ? 昼間に城の周辺の魔物は狩ったし、今のところ急用はないよ。王からも命じられたしね」

「……ど、どんな命令を?」

「ああ、護衛しろって。同時に姫のおもりもするから安心して、もう襲わせないから」

「キャアア!」


 突然キスの話を持ち出すので、ミクとのキスを思い出して、頭がのぼせた。せめて思い出しても動揺しないくらいの期間はここに隠れていたい。

 私は動揺を散らそうと、頬をペチペチ叩いた。


「……ううう、じゃあ、よろしくお願いします」


 私はアマツチにペコリと頭を下げた。アマツチはニコリと笑って右手を差し出す。

 

「旅でハグしてくれるくらい仲良くなろう」

「それはない」


 私は差し出された手を無視して、自分の両手を合わせるセダン式の挨拶でごまかした。アマツチは右手をヒラヒラさせて笑っていた。


 ……このナンパな感じは苦手かもしれない。


 私は嫌いな父親を思い出して、身を震わせた。

コウがアマミクに落とされたので一回休み


次は一の王と三の姫の討伐編挟みます

(二万字くらいある)

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