表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/185

3-5 死にたがりの姫、火竜に会う


 アマミクは気がつくと溶岩地帯の岩の上にいた。


「なんでこんなところにいるんだっけ?」


 地下の洞窟内なのだろう。天井は岩で覆われていて、燃える溶岩に赤く照らされている。ミクは溶岩の海に突き出ている岩の上に立ち、途方にくれた。


「どこ、ここ……?」


 剣を出していると言うことは、何かと戦っていたということか? しかし手に持っている大剣の刃をしばらく見つめてみたが何も思い出せない。すると背後からポテポテと奇妙な足音がした。振り返ると、青い謎の生物がついて来ていた。

 ミクは岩から飛んでもふもふの前に下りる。


「アンタ、砂漠で寝ていたヤツね。起きたの?」

『イケナイ、ソッチニ行ってはイケナイヨ』


 もふもふは必死な様子で警告を発した。


『そっちって、どっちよ……』


 ミクは右に一歩進む。


『イケナイヨ、イケナイヨ!』


 ミクの動きに驚いたもふもふは、ぐるぐると回り、あわてふためいた。

 試しにミクは左に歩いてみる。

 今度はもふもふは何も言わない。後ろも前も無反応だった。


「どうやら、あんたが嫌がる方に竜がいるみたいね」

『イケナイヨ、イケナイヨ!』


 長い耳がパタパタ揺れる。ミクは青いもふもふを捕まえて腕に抱いた。ミクはその警告を道しるべに、洞窟を下に、下にと下りて行った。


 溶岩の海をジャンプで飛び越え、岩が道を阻めば剣で切り崩し、とにかくもふもふが嫌がる方に前進する。

 ミクはその光景を見て懐かしさを感じた。


 ……この道……小さいとき来たことある


 溶岩の燃えたぎる赤い道……。

 外まではパパとふたりだった。でも、赤い道は一人で歩いた。


「なんで一人だったのかな? パパは私を生まれた場所に捨てに来たのかな……」


 ミクは食糧として魔物の村に持ち込まれた。それが、どう料理しようと食べられなかったから、村長だったパパはミクをもてあましてここに捨てに来た。


「でも私、なんでまた村に戻ったのかしら?」


 ミクは七才の頃の自分を思い出そうとするが、殆ど思い出せなかった。


 道なき道を進み、行き止まれば切り開き、歩みの遅いもふもふを胸に抱き寄せ、ミクと火竜の端末は火竜の巣にたどり着いた。

 そこは、洞窟内なのに明るく、広々としていて、地面にはどこまでも続く溶岩の海が見えた。


「おーい! 私、来たよー!」


 滝のように上から流れ落ちる溶岩のカーテンをくぐりぬけ、ミクは怒鳴る。


「あんたを、ころしにきたよー!」


 溶岩の海の中心に浮かぶ岩が、静かにアマミクを見ていた。



 一面の溶岩の海に浮かぶ、大きな黒い岩。この光景をミクは良く知っていた。それは今の記憶ではない、遥か昔、まだこの国にヒトが沢山いたときの記憶だ。岩はヒトが苦手で、いつも大地の奥底で眠っていた。


 ……そうだ。思い出した。


 私はこの岩に起こされたんだ。

 小さかった私をこいつはパパに渡し、パパは私をここに戻したんだ。なのに私をこいつはまた捨てた。王に親はいないっていうけど、私を起こしたのは確かにこいつなのに……。


 産まれてすぐに捨てて、七才のときにもう一度捨てたんだ! こいつは、ヒトが嫌いだから!


 ミクは怒りと哀しみで全身が燃え上がった。




 ◇◇



「ミクさん、やめてー」


 上層部にひとり残された私は、透明なキューブ端末に向けて情けない声をあげた。


 ふたりに置いていかれた私は、溶岩の中にはついていけないので、辺りを探索して、もふもふが触っていた浮かぶ箱を思い出した。


 ……ここは聖地みたいな場所だから、もしかして、あのパソコンみたいな箱で遠見が出来るかも!


 そう思った私は、四角い箱を覗きつつ、フレイがしていたように自分の心のなかを覗き込んだ。すると端末から私の見たい情景が送られてくるので、箱に体を寄せて注意深くふたりを追いかけた。


 どうやら端末は王の視点を拾うようで、ミクさん視点で風景が流れる。だから、フレイの夢と同じで、ミク自体は一部しか見えない。


 ミクが見た火竜は、全身が溶岩の鎧でおおわれていて、温度の高いところは赤く燃え、低いところは黒かった。火竜はゴツゴツした岩が体に貼り付いた、巨大な溶岩竜だった。


「……って、ミクさん、火竜にはその剣も炎攻撃も通じないよ。殺すとか無理だよー?」


 こちらの声はもちろんミクには届かない。私の声は周囲の空気を揺らして消えるだけだ。


「これじゃあ、昔とおなじだな。無力で幽霊で、見てるだけのフレイだ……」


 私は自分の無力さにため息をついていた。そんなことは知らずにミクは大剣を振りかぶり、火竜に襲いかかった。


 ガン、ガン、ガツン!


 姫は火竜の背中に飛び乗り、大剣で岩を斬り付けた。三の姫の剣が火竜にあたるたびに、剣が弾かれて火花が飛び散るが、火竜はびくともしない。やはり火竜の宝具では火竜を傷つけられないようだ。


「……チッ」


 ミクは舌打ちして足場を探し飛び移る、いくらミクでも深さの分からない溶岩の海に飛び込む気は無いようで、慎重に足場を選んでいた。

 火竜は全く動じてなかったが、片目をうっすら開けてあくびをした。


『お主、何しに戻ってきたんだ? ワレの背を掻いてくれるためか? 酔狂な王だな。暇なのか?』


 火竜にそんな気はないんだろうが、どうとってもミクを挑発していた。


「……こいつ、むかつくー」


 ミクは剣を頭の上でぶんぶん振り回して、悔しさをアピールした。


「こらもふもふ、なんかないの? あいつを倒して、私も死ぬ方法!」


 端末は遠くの岩場でぼそっという。


『アルヨ』

『こら南の。なんでそんなことを教えるんだ』

『……主に聞かれたから』

『コラッ! お前の主はワレだろう』

『アルジのアルジはオオアルジだよ』

『ぐぬぬ……』


 端末の反乱に、火竜は顔を溶岩につけて悔しがった。


『姫よ、お主は赤子の時も勝手に外に飛び出ていったが、小鬼に連れ戻された時も三日で飽きた、腹が減ったと泣き叫び、ワレの棲みかを破壊しまくっただろう? 覚えているか?』


 火竜はミクに問いかけた。


「なにそれ、しらないわ」


 ミクは本当に知らないのか、首を傾げていた。


 まあそうだろう。魔物の村でも村は村だ。

 集団の中で過ごしていたのに、この溶岩しかない場所に放置されたら、すぐに帰りたくなるだろう。


 ……私だって、一人旅はさみしい。ミクがいてくれて、本当に良かった。


「……あっ!」


 ミクは少し思い出したようで、気まずそうに目を細めながらチラリと火竜を見た。


「だって、食べ物ないなんてお腹すくから!」


 火竜は溶岩の中に顔をつけて、ポコポコと息を吐いた。そして、少しだけ顔を出した。


『ワレがお主を捨てたんじゃないぞ、何時だって、姫が勝手に出ていったんだぞ? 小鬼の長が姫を返しに来たときも、ワレはちゃんとその剣をあげたしな!』

「う、う、うん?」


 ミクはたじたじになり、しばらくうめいていた。私はそんなふたりを見て、竜が死ぬ方法がわかった気がした。


 南を守るシステムとしての火竜。その存在意義は国家の維持だ。なのに今現在ここに国は無く、唯一の民がアマミクになる。

 異世界でNo.5、6が私と信と菊子さんの記憶に依存した存在であったように、今火竜の命はアマミクが握っているんだ。

 アマミクが火竜との契約を解除したとき、全ての信仰を失った火竜は消滅し、火竜に預けていた不死が解かれて、ミクの命もつきるんだ。


 ……竜と王は一蓮托生だもんね。


 私は仲が良かったセシルとファリナ王を思い出した。


 火竜は溶岩からゆっくりと地面にあがり、ミクに向かって頭を垂れた。小さな家くらいの大きさの岩が、体から溶岩落としながら女王の前に立つ。

 巨体には突き出た岩のような小さな顔がついていて、ミクと同じ金色の瞳が主を優しく見ていた。


『この、人が全くいない地でよくぞここまで成長した。お主は立派な、ワレの主だ……』

「……うっ」


 ミクは困って何も言えなかった。たじろぐ主をよそに、火竜はそわそわとあたりを見回した。


『姫を育ててくれた小鬼の長にも礼をいわねばな? どこだ? 上に来ておるのか?』


 火竜は人が嫌いで三百年引きこもっていると書庫のジーンが言っていたが、そわそわと落ち着かない様子の火竜を見ていると、そうとは思えない。火竜はもしかしたら、ずっと寂しかったのかもしれない。


 火竜は完全に岸にあがると、体を振って溶岩を落とした。


『姫よ、上の果樹園や畑を見たか? 過去を悔いて、今度は食糧を育ててみたぞ? それを奴らに褒美としてあたえるがよい』

『……植物だけじゃナイヨ、鳥も卵も羊もアルヨ』


 おもてなし好きなのか、端末までそわしわしはじめた。

 ミクは下を向いて立ち尽くしていたが、やがてポタポタと大粒の涙を流した。涙の粒が溶岩に触れて一瞬で蒸発する。


「……んじやった」


 最初は小声だったが、声は段々大きくなる。


「しんじゃった……! パパも、年端のいかない小さな弟も、礼儀にうるさかったばーちゃんも、生意気なちびも、沢山のママもみんな、みんな殺されちゃった!」

『……姫』

「うわああああ……」


 ミクは子どものように口を開けて、大声で泣きわめいた。ミクはガンガンと、拳で火竜の頭を叩く。


「王って何よ! 王様なんて言われたってこの国には私しかいないわ!」


 洞窟内に姫の鳴き声が響き渡った。

 火竜は怪力の姫に殴られてもびくともしなかったが、姫の涙に困惑して、キョロキョロと姫と端末を交互に見ていた。

 世界で最も強く美しい剣士が、寂しい、哀しいと、わあわあ泣きわめく。その声を聞いていると、私もつられて悲しくなり涙ぐんだ。


『お主がでかくなったのは見かけだけだな……』


 火竜は主の号泣におののき、炎まじりのため息をついた。


『民が欲しいなら黒竜を探せ』

『……ソウダネ、戻ってキテルヨウダネ』


 黒竜と聞いて、私が反応した。


 ……えっ、アレク? どこにいるの? やっぱり聖地? ああすぐにでも会いたい!


 私は思っただけだったが、火竜は反応した。


『あいつの目的は黒竜だったか。あいかわらずけたたましいのお、頭いたいわ……南の、なんとかしてくれ』

『本体でさえ出来ないノニムリダヨ』

『……むう』


 火竜は私から避けるように、顔を溶岩につっこんだ。


『あれほどだれもいれるなといったのに……』


 火竜は溶岩からブクブクと泡を出して、ぶつくさ文句を言う。

 どうやら私の思考は竜に筒抜けのようだ。そういえば、日本ではアレクもレアナもそう言っていた。私が怪我をするとアレクも痛がっていた。


 ……うるさいって、声の事じゃ無かったんだな。気持ちだ。心の声ってやつだ。さすがに何も考えないのは無理。


「あ、コウのこと忘れてた。生きてるかな?」


 あらまあと顔の前で手のひらを広げるミクに、端末が『イキテルヨーうるさいよー』と答える。


 ……ミクさん、いまごろきがついたんですか、よっぽどバーサークしてたんですね? 我を忘れて下に行ったんですね?


 私はキューブの前ではああ……、とため息をついた。


「あー、コウいたから国民はふたりだった」

『アレハ数に入れてはダメだよ』

『魔女はどこの国にも属さないぞ』


 それを聞いたミクはふくれて地面を踏んだ。


「私も国民ほしい! ちやほやされたりご飯つくってほしい! 甘やかされたい!」


 じたんだを踏んで言う姫を、火竜はじっと見つめた。


『……正直いうともう人間を増やすのはイヤだな』

「なんで?」

『あいつら弱いし忘れやすいし裏切るからな』

「ああ、世界で初、国民から除籍された竜だっけ、あんた」


 歯に衣着せぬミクに、火竜は肩を落とした。


『正直わからん、ワレが何をしたというのか? ただ聖地の調整にはまって、ここの不在期間が多かっただけじゃないか、ここにいるのと聖地にいるのと、民と顔を合わさないのに変わりはないのに』


 火竜は「竜の仕事なんて日の出の時に国にいればよいのじゃ!」とふんぞり返る。そうだったのか、実は守護竜ってヒマ?


『マジ消滅寸前だったし、もう人間とかマジ勘弁だし』


 火竜は巨体をを震わせて怖がった。


「ああ、思い出したわ。あのバカが死んだだけじゃなく、西の王と風竜が心中したときこれはヤバイと思って、私がいなくてもあんたが自立できるようにしたんだった」


 ……バカって誰なんだろう? そんな王様いるのかな?


「国消滅の余波が及ばないよう、最初の国民、この私の結晶を、この地に凍結して自ら体を埋めたんだったわね」


 ……うわ、三の姫って自殺というか、自ら結晶に戻ったんだね。フレイが死んでから次々と三人の王が結晶になっちゃったんだ。

 この辺、書庫のデータからは分からなかった。百聞は一見に如かずだな。


 私は箱の前でウンウンと頷いて、地下の様子を伺った。


『溶岩の中に氷とか、その維持がどんだけ難しいか考えたか? この熱い場所に、北の海から空間を切り取って置かなきゃならんかった。ある意味最高難易度の暇潰しにはなったけどな』


 火竜はミクに向かってゴオオと火を吐いた。


『再生指令が来たときは本気で喜んだんだ、もう凍結に頭を悩ませないでよいとか、これからはここにいなくてもいいとか』

「……アハハ、大変だったねー」

『しかし目覚めた三の姫は腹が減って、すぐにここを飛び出していってしまった。しかし小鬼と楽しそうに暮らしているからいいか、と、つれもどさんかった』

『……ご、めーん』


 ミクはばつが悪そうな顔をして火竜を見た。


『しかしな、最近地図から小鬼の村が消えて、さすがに迎えにいかんとと動いたのだが、何故かこの地に蓋がされていてな、代わりに南の端末を動かしていたのじゃ……』

『……ミツケタけど、コロスって言ってるからマヨッタヨ』

「あーははは……」


 ミクは気まずさに苦笑して、足元のもふもふを拾う。


「なによう、蓋って?」

『お主も見ただろう、大地の瘴気を。アレハ魔女の呪いではない。つい最近までは無かったのじゃ。あれは、何なんだろうなぁ……』


 半分溶岩につかりながら、目を閉じる火竜は、温泉に浸かっているおじさんみたいだった。


『ショウタイフメイだね、サーの魔力とは系統の違うモノだよ。サーの力を封じ込めるよ』


 淡々と説明する端末を、ミクはそっと撫でた。


「私ここに来たことを覚えてないのよ、寝てた?」

『倒れたので、マジョとボクが連れてきたよ』

「ありがとうね、助かったわ」


 ミクが端末の頬にキスをする。端末は嬉しそうに目を細めた。


『……うぬぅ。姫を心配して端末を派遣したのはワレだというのに』


 火竜は溶岩の中からふたりの様子を見て、ブツクサ文句を言った。ミクは火竜に向かって微笑んだ。


「心配してくれてたんだ」

『……まあな』

「食べ物、育ててくれてたんだ」

『……また来るかもしれんと思ってな』


 へへへ……と、ミクは照れて笑った。


『だが殺しに来るとか、姫も巻き添えで死ぬのかとおののいたのだ。ずっと来るのをまっていたのに、会うのを断固拒否したいくらいにびびった……』

「ゴメンねー、なんか全部忘れてたの! あんたをパパのかたきかとおもっちゃったくらいよ」


 詫びつつもミクの笑い声は止まらない。


『だからヒトは苦手なのだ……』


 火竜は大きくため息をついた。火竜の息は火炎となりあたたかな光を灯して消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ