3-4 死にたがりの姫と呪われた大地
長く砂漠を旅して来たが、遠くに岩山が見えるようになったので、ふたりは象亀から降りた。
ふたりは動かないもふもふを腕に抱えて、歩きでアスラに向かった。
一行は砂漠地帯を抜けて、サボテンのようなものが生えた荒れ地を進む。荒れ地は岩だらけだったが、砂漠よりも歩きやすかった。
不思議な事に、アスラ廃墟に近づけば近づくほど魔物は出なくなった。辺りは薄暗く煙り、空気はどんどん悪くなって行く。
「なにこの匂い……気持ち悪い……」
都会の空気の悪さや、火山の硫黄の匂いとも違う、生臭さのする紫っぽい色みの霧が辺りに立ち込めていた。
あまりにも空気が悪すぎるので、私はネックウォーマーで鼻と口を覆った。暑さ寒さも日差しも気にしないミクさえも、口に布を当てていた。
視界が煙でふさがり、前に進めなくなったときは、ミクが大剣で周囲の瘴気を焼き払う。そうやって、なんとか先に進んだ。
「おっかしいなぁ? 前に来たときこんな瘴気でてなかったよー? 前は単なる廃墟だったんだけどなー」
ミクはひらけた先を見て、うーんと唸っていた。
ミクの炎に巻き込まれると危ないので、もふもふと一緒に離れていたが、霧が消えたところを選んでミクの後をついていく。
「前って、いつくらい前?」
「うーん、七年くらい前かな……パパとふたりで来たことあるんだ。よく考えたら、何しにここにきたんだっけ?」
剣をふるいながら、うーんと考えるミクから視線を外し、私は足下の紫色の水溜まりを見た。水溜まりの中心になにか刺さってる。
よく見ると、それはなにかの骨で、紫色の泡立つ水に溶けて、骨だけになっていた。
……毒沼とか、ゲームじゃないんだから。
背筋にゾクッと寒気が走った、私は水溜まりを避けながら、恐る恐る下がる。
毒で足が溶けてないか心配になって、私は自分の足を確認した。ミレイに貰ったブーツはとても頑丈で溶けてはいなかった。
よく見ると、ブーツは爪先に金属がついてた。
「工事とかで見る安全靴ッポイ……」
どうりで岩場でカンカン鳴るわけだ。
私が靴を見るために地面に置かれたもふもふは、パチパチと何度か瞬きをして、ムクリと起き上がった。
『…♪%+&+%_』
もふもふはくるくると回りながら何かを言っていたが、私には聞き取れなかった。
「あっ、そういえばミクはサンダルだった! 大丈夫?」
私はミクのズボンをまくって足を見る。サンダルなので隙間から紫の水が入り、足に付着しているが、溶けたりただれたりする様子はない。
「……よかった、大丈夫みたい」
安心してそう伝えるが、ミクの顔は蒼白で、燃えた剣が地面に落ちた。火事になるかと私は剣を見ていたが、剣が発する炎はおさまり、剣ごとふっとかき消えた。
「……消えた?」
私の足元が陰り、嫌な予感がして振り向くと、ミクがグラリとバランスを崩して私に覆い被さった。私はあわててミクをかかえる。
「お、重いーっ!」
私はとっさにリュックを肩からずり落とし、ミクの腕の下に潜り込んだ。そして背負うように足を踏ん張った。でもこれじゃあ地面についちゃう。毒沼に! でも、ミクさんが重くてあんまり耐えられそうもない!
私とミクの周りをグルグル回っていたもふもふは、崩れて落ちるミクをキャッチした。
「もふちゃん!」
パッと見、ミクを頭に乗せているだけなのだが、長い耳が腕のようにミクの胴体に巻き付き、器用にミクを持ち上げていた。ミクの足と髪の毛が地面についてるけど、体部分はちゃんと持ち上げている。すごい。
「もふちゃん怪力!」
私は思わず拍手をして称えた。もふもふはしばらく止まっていたが、突然動きだした。
『コッチ』
ミクを頭に乗せたもふもふは、ミクが大剣で切り開いた空間を戻っていく。私はリュックを拾って、あわててふたりを追いかけた。
象亀と別れたオアシスに行くのかと思ったら、瘴気が薄くなったあたりで、もふもふは右に折れた。
シーソーみたいに絶妙なバランスで、ミクを頭の上に乗せながら、もふもふは岩場に向かう。そして、岩の隙間に入っていった。
「か、懐中電灯……」
灯りをつけると、しゃがめばなんとか通れる岩の隙間があった。もふもふはどんどん奥にいくので、私もリュックを引きずりながら付いていく。
隙間は下り坂で、奥にいけば行くほど広くなり、やがて開けた場所にたどり着いた。
「明るい……」
そこは洞窟の中なのになぜか太陽がでていて、林や小川のある農園のような場所だった。
もふもふは水辺のそばの草の上にミクをおろした。私はミクの体勢を楽なように動かして、具合はどうか、呼吸に耳をすます。
すーはー、すーはー。
呼吸は正常。熱も無いみたい。
私はミクの足を見た。サンダルに紫のものが付着しているので脱がすが、足にはついていなかった。
もふもふは少し隆起した丘のような場所に行き、そこにある光る箱のような浮いたガラスを見ていた。
『・!#♪ヽ-:』
もふもふはしきりに何かを言っていたが、私には全く聞き取れなかった。もふもふは箱から離れて、私の所まで来ると、じっと私の手を見た。
「ミクの靴が欲しいの?」
私がミクのサンダルを渡すと、もふもふは靴底をヘラのようなもので拭って、付着したものをガラスのような透明な箱に入れ、靴を放り投げた。
斜めに傾き、ふわふわ浮いている透明な箱は、フォンフォン……と聞いたことの無い音をだしている。私は興味深く箱を覗いた。五分くらいしたら音もやんで、箱の中心に文字が表示された。
『外の瘴気は、サーの結晶を無効化するヨウダネ』
「無効? 破壊とかじゃなくて?」
『ソウダネ、一時的に押さえて眠らせるだけのようだ』
「だから、サーの結晶がない私は平気なのね」
『ソウダネ』
もふもふは視線を箱に固定したまま、上の空で答えた。私は地面に手をついて画面を覗く。
「便利な箱なのねこれ、パソコンみたい……」
『パソコン、分からない、ハツゲンゴ』
もふもふはとまどって、耳を左右に揺らした。
「パソコンはね、計算したり、解析したり、仮想上の世界を一定の条件で動かしたりできる箱なの」
『世界の仕組みミタイナものだね、ソレハ』
「ほんと、そうだね」
パソコンの世界は、この世界の仕組みと似ている気がする。私は小さな聖地みたいなこの場所を興味深く眺めた。
「ここは何? どうして洞窟の中なのに太陽が、あって、木も草も生えてるの?」
『ここは、火竜の実験場』
「火竜の?」
『そう。火竜は三百年間暇をモテアマシテ、こうやって外部探索端子を作ったり、地下栽培をして遊んでイる』
「外部探索端子ってのがあなたなのね」
……ニューアイテムってのは、名前でも何でも無かったようだ。っていうか、何でそこだけ英語なんだ?
『端子はアスラに五ひきイルヨ』
「五人兄弟!」
『ここは、火竜当人の管轄だから初めて来たけど、外気があんなことになっているとは知らなかったヨ。ショクムタイマンもハナハダシイよね』
火竜は南の地の守護竜なのに、自分のねぐらの真上の事を何も知らないんだ。
『マア、そとに出たトコロで、瘴気のせいで火竜は寝ちゃうんだろうケドネ』
「あっ、ミクみたいになるのか……」
『守護竜はサーの結晶からデキテルカラネ』
「君は違うんだね」
『外皮だけチガウヨ』
……外の瘴気が火竜を閉じ込めるためにあるのなら、誰が、何のためにそんなことしてるんだろう? この国に人は殆どいないのに。
「もふちゃん、私たち、火竜に会いたいんだけど……」
『ムリだよ。彼は誰にも会いたくない』
「なんで? 私はともかく三の姫もダメなの? 姫は火竜の主人なのでしょう?」
もふもふはしばし考えて答えた。
『ダメだよ』
「さっき、暇していると言ってたのに……」
私は納得できずに地面の草をつまむ。日本でもよくみる単子葉類で、芝のようにあちこちに生えていた。
「……ここって、神殿みたいね」
ちいさな擬似太陽と水源、木々と外部端末。ここは見れば見るほどフレイが住んでいた東の神殿に似ている。
『神殿のカンリは火竜がしてたし、四竜以降のNo.を作ったのも火竜だからだね』
「No.って、黒竜と白竜のこと?」
『そうだね、あとは七と八もイタ』
「……えっ?」
私は赤いもふもふを捕まえた。
「六竜以外に竜がいるの?」
『いたよ。八は作られてすぐにハカイされたし、七は使われずに神殿にアルヨ』
「ハカイって、いつおきたの? どこで?」
『セダンの街で、三百年前」
私の脳裏に、フレイの最後の時のが浮かんだ。セダンの民と一の王と、魔女の処刑……。
『ソウ、ソレダヨ』
そうって、考えただけの事に返事をされた。心に返事をするのは、調子が狂うからやめてほしい。
「ねぇ、フレイは八番目の竜だったの?」
『そうだね、七と八はタワムレに作られた神の入れ物だよ』
……神の入れ物。それを使っていたフレイは、神様だったのかな?
『フレイはサーではナイよ、緑の魔女ダヨ。火竜は緑の魔女が嫌いナンダ。ダッテうるさいからね、だから絶対会わないヨ』
「もー、意地悪! 火竜前では一言も発言しないから、旅の扉だけでも貸して! そしたら三の姫もセダンに連れていくから!」
私はもふもふを捕まえて抱き上げる。もふもふは逃げようともがくが、私にがっちり捕まって動けない。端末は非力な模様。
『イヤダよ。あと君の言語発言が煩いワケデハナイシ』
「じゃあ何がうるさいの?」
『……ソレハ』
「……さい」
答えを聞く前に、ミクの声が邪魔をした。私は驚いてもふもふを持つ手を緩ませる。その隙にもふもふは地面に飛び下りた。
「うるさーい! 人が寝てるのにうるさーいっ!」
すやすやと寝ていたミクが、いきなりかばっと立ち上がる。
『!%?:_!!!』
もふもふはあわてふためいて、尻尾を追いかける犬のようにその場でくるくると回る。ミクの髪の毛は赤く燃え上がり、周りの気温がぐっと上がった。
「ミク、ミク、おちついて。ここ外じゃないから、狭いから、燃やすのやめてー」
私はあわてふためくもふもふを捕獲し、胸に抱きしめ、なるべく隅に移動した。
「だれあんた、うるさーい!」
「わああああ!」
ミクが口から炎を吹いたので、私はもふもふを抱えて大きく後ろによけた。
「誰って……コウだよ! ここまで一緒に来たことを忘れているの?」
「しらーん!」
「ひどいよ!」
……ミクさんもしかしてバーサーカー化してる? 世界最強の剣士が頭おかしいとか何それ怖い!
寝起きを害されて怒り狂うミクは、背中から燃える大剣を取り出し、地面にぶっさした。
「……ひっ!」
炎は土の融点を越えたようで、地面はマグマのように溶け、穴があいて下層に流れ出す。ミクはためらいなくその穴に飛び込んだ。
「どこへいくのー?」
私があっけにとられて立ち尽くすと、端末は私の腕から抜け出しミクを追った。残された私はどうしようかと穴を覗くが、地面は赤く焼けていて、もくもくと黒い煙をはいていた。
「追いかける以前の問題で、煙に巻かれて死ぬなこれ……」
私はリュックを持って、入り口付近に避難した。そこから水辺に行き、落ちていた木製のバケツのようなもので穴に水をかけた。
冷えると穴は固まり、煙もおさまった。私はホッと息を吐いて、恐る恐る穴を覗いて見た。ミクの火力で下の層も焦げて焼けただれ、人が下りられるようには見えなかった。
私は追跡を諦めて、外気が入ってくる場所でおとなしく待っている事にした。




